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オートセーブは深夜0時に+  作者: 夕凪の鐘
Episode103 堕ちる痛み
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528話 誰かは知らない

 学校帰りの電車、一ノ宮(いちのみや)耀(ヒカリ)は住所の都合上、友達とは違う一つ手前の駅で降りる。しかし今日は一人ではなかった。坂上(さかうえ)未来(ミライ)が、買い物をするからという理由でヒカリと一緒に改札を出た。


「何買うの?」

「特に決めてない」


 返答次第では自分も一緒に買いに行こうと思ってヒカリは尋ねたみたものの、ミライの答えは適当極まりないものだった。


「そうなんだ。じゃあね」


 しかし現地に行ってみて欲しい物が見つかるかもしれないという気持ちは分かるので、ヒカリは疑問に思わなかった。だが共感はしないので、ついていこうとは思わなかった。真っ直ぐ帰宅するために、ここで別れようとする。


 やけに素っ気ない言い方だとミライは気になったが、今日は学校で揉めたばかりだ。無意識に態度に出てしまっているのだと受け入れる。それにヒカリに悪意がないことは、彼女の鼓動が正直に答えている。


「私がレイジと何を話していたか……今なら話してあげるわよ」


 ミライは学校での揉め事に決着をつけようと思った。今なら周りに人はいない。お互いに言いたいことが言える。彼女がヒカリについていったのはそれが理由。

 だが話すことだけが目的ではない。ヒカリが拒否してきたら、何も告げず去るつもりでいる。



「いいよ、大した話じゃないでしょ?」


 ほんの五分程度、ミライは三門(みかど)玲司(レイジ)と屋上に続く階段で会話をしていた。人目につかない場所を狙っていたのだろうが、見られないことはない。


 ヒカリは八王子(はちおうじ)漫芦(ソゾロ)に監視を依頼して、彼が見た二人の様子を聞いている。

 話の内容は聞こえなかったものの特に怪しい素振りはなく、時間も短かったので、疑ってかかるような話はしていない。そう推測する彼女は、ミライの話に興味がなかった。


 何も知らないヒカリがそう解釈するのは不思議なことではない。お互いに感情を表に出すことはなく、疾しい気持ちは求めていただけで言動に出ていなかったのだから。


 それでもミライは、ヒカリがレイジの夢を奪ったことを知らないまま、彼に何の懺悔もなく過ごしていくと考えると、やるせない気持ちが湧いていく。


 夢を奪ったといっても、ヒカリから逃げるために階段から飛び降りたレイジが足を痛めた衝撃で高所恐怖症を自覚し、自作飛行機で空を飛ぶという夢が叶えられなくなったかもしれないという、言いがかりなうえに推測で成り立っている話だ。


 そこに責任を求められてもヒカリからすれば納得できるものではない。そもそもきっかけを作ったのはレイジの方だ。彼が逃げずに、兄に電話をかけにいくと一言言っておけば防げた話だろう。


 だからレイジは、この疑惑をヒカリには話さないでと言っていた。ただのとばっちりだし、恐怖症なんてすぐに克服できる。そうなれば今まで通りの自分に戻れるから、不安な気持ちにさせるだけの話を伝える意味はない。そもそも恐怖症などなかったことにしてしまうのが、最も穏便に解決するのだ。



「だからって、知らないままでいいの? 相手のためを思って内緒にされて」


 事実であっても伝えない方がその人のため、そんな思想が故郷に根付いているとレイジは言っていた。そのせいで彼は兄が亡くなったことを長らく知らされておらず、一人で夢を追いかけていた。

 そのとき味わった苦しみから、レイジはその思想を破壊したいと言っていた。けれども彼がヒカリにやっていることは、彼が壊そうとしている思想とまったく同じことだ。余計に気負わせないために、問題をなかったことにしようとしている。それで失敗してバレてしまったとき、どうしてもっと早く言ってくれなかったのかと問い詰められることになったら、彼はなんと言い訳をするつもりなのだろうか。


 きっとレイジは、今抱えている問題は些細なことだと思っているのだろう。しかし兄が落下して命を落とした事実を知って、高い所へ恐怖の感情を抱くのはあり得る話だし、兄を慕う彼が特に強く怯えるようになるのはおかしくない。


 だからミライは、ちょっとやそっとで解決する問題ではないと考えた。ヒカリに話してしまう方が、結果的に彼らのためになる。そんな予感がした。


「……やっぱり、何でもないわ。言わないって約束したもの」

「約束?」


 だがミライは理屈や感情よりレイジとの約束を優先し、ブレーキをかけた。ヒカリがどれだけ聞いてきたとしても、この話題は彼女に秘密にしてくれと頼まれている。


 その約束を守りたいという思いが、ギリギリのところでミライを止めた。


 だがその約束というフレーズがヒカリの神経を逆撫でした。自分の知らない約束があることに苛立ち、それを破らせてしまおうと企んだ。



「聞かせてよ、今言おうとしていたこと」

「ごめんなさい、やっぱり言えないわ」

「言って」

「……じゃあ、他の人に聞いて」


 迷った末にミライは他人に押しつけた。だがそれは悪意ではない。自分より正確に事情を伝えられそうな人がいるから、その人たちに聞くのが確実だと思っての提案だ。


「他の人って?」

「レイジが週末に会っていた人」


 誰かは知らないが、レイジは一人で遠くへ出掛けて人に会っていた。そのとき高所恐怖症を自覚して、隠していることにミライが気づいた。


 だからその場にいた人に、彼の状態について聞いてみる方が確かな情報を得られるというわけだ。その人達が誰かというのはレイジ本人に聞いてみないと分からない。


 だがヒカリは、週末に人と会ったこと自体、信じていなかった。


「それは嘘だよ。レイジ、誰にも会っていないもの」


 ヒカリは分かりきっているかのように堂々と答える。まるで根拠があるかのような落ち着きにミライは違和感を覚えた。


「どこ情報?」

「ソゾロが言ってた。レイジのこと監視してもらってるから」


 ヒカリは他校の生徒に依頼して、学校の内外問わずレイジの動向を追ってもらっている。八王子(はちおうじ)漫芦(ソゾロ)はあまり負担ではないから問題ないと承諾し、都度ヒカリに報告している。今週末も、彼は海岸沿いを散歩しただけで誰にも会っていないと聞いている。


 だからミライの言っていることは嘘だと反論してきたのだ。



「それ騙されているわよ。私の“ノーツ”知ってるでしょ?」

「知ってるよ」


 それを受けてミライはソゾロが嘘つきだと言い放つ。どういう理由があるのかは知らないが、彼が告げたことは事実ではない。見ていないで適当を言っているのか、あるいは見ていたうえでレイジを庇っているのか、どちらにしても彼はヒカリに間違った情報を流している。


 ミライは鼓動が聞こえる“ノーツ”を持っている。レイジの本当の動きを追えることを知っているヒカリなら、自分のことを信じてくれると期待した。


「それで騙そうとしているんでしょ?」

「は? 私が嘘つきって言いたいわけ?」


 ヒカリはミライが、“ノーツ”を持っているのを逆手に取って騙そうとしていると疑っている。それを知ったミライは冷たい視線をぶつける。


「だって前科があるじゃん。さっき買い物するって言ってたけど、あれ私と話す口実でしょ?」

「それは……そうよ」


 ミライは何も言い返せなかった。だがこのままヒカリに勘違いさせたままにしておけない。まだ引き下がれない彼女は、どうすればヒカリを説得できるか考える。


「もう一つ聞くけど、じゃあ誰と会っていたの?」


 これもミライは十分な答えを出せなかった。鼓動が聞こえても、それが誰のかは分からない。レイジは普段から近くで聞いており意識して聞き分けようともしているので動向を追うことはできる。

 だが彼が遠くへ出掛けて他校の人と会っていると、それが誰なのかは特定できない。誰かとそばにいる止まりの情報しか得られないのだ。


 それがソゾロと違う、曖昧な情報であり、ヒカリの信用を掴めない要因となる。



「あなた周りに興味ないものね。その点ソゾロは頼もしいわ」

「でも大体の予測はつく! 季曲更(きみさら)の人たちだった」


 レイジの場所から地域を特定すると、反対側の海に面した街で、そこに住む人の可能性が高い。


「きみさら? じゃあハルナかな」


 ヒカリはミライの話から、レイジが会いにいきそうな人を推測した。最初に候補に挙がったのは千葉(ちば)春菜(ハルナ)。自分とレイジの“同期”であり、“ノーツ”覚醒から二年経ったのを理由に打ち合わせにでも行ったのかと考えられた。


「アキトも帰ってそうだけど、彼は私と居たし違うか」


 次に思いあたったのが秋葉原(あきはばら)秋杜(アキト)。レイジと同じSランクで以前に仲が良い男子と挙げていたので根拠は十分だが、ヒカリはアキトと直接会っており、彼の話は聞いていないので無関係だと考えた。


「会ってたの?」

「うん。やっぱり周りに興味ないんだね」


 レイジの動きは追っているのに、彼よりずっと前に知り合った友達の自分のことは聞いていないのかとヒカリはため息をつく。


「なんで会ったのよ」

「私ユウガと付き合ってるし、家近いから普通に来るのよね」


 ミライはヒカリが他校の異性と会っていると聞いて不安になったが、彼女は淡々と答える。恋人の男友達として出会っているだけで、何も不自然ではないと余裕の態度だ。



「そういうの、やめた方がいいわ」

「うん、だからレイジに止めてもらうのを待ってる」


 危ない橋を渡っている自覚はある。男子の群れに一人で突っ込んで、不安にならないはずがない。だがヒカリは悪いことにならないと信じている。人の心が読めるレイジが悪しき心を読み取って、手遅れになる前に救ってくれる。


 どこにいても気づいてくれると信頼しているからこそ堂々とできる。同時にレイジの覚悟を試してもいる。


「私のこと襲おうとしてくる人がいても、そうなる前に助けてくれるから」

「……このビッチが」

「キスもまだですー。レイジと一年付き合ってたのにね」


 汚れたのは心だけで、だがまだ清い躰をヒカリは誇りには思わなかった。


「止めてもらうのを、ね……」


 ミライは自分もヒカリと同じ立場になれることを利用しようと考えた。もしも今から言おうとしていることがレイジにとって都合が悪いのなら、分かっていて放っておくはずがない。


 逆に止めてこないのなら、それは話してもいいということになる。言わないと約束したことなので、それを破っておいて、止めなかった彼のせいかというとそれは間違いなのだが。



「ヒカリ、やっぱり……」


 話さないと約束したものの、騙されているヒカリの目を覚ますためにも黙っていられなくなったミライは、意を決して告白しようとした。だがそのとき、電話がかかってきて言葉が詰まった。


 見なくても分かる。かけてきたのはレイジだ。約束を破ろうとしたことを察知し、釘を刺しにきた。


 だが今さら引き下がれない。約束を破ろうと決意した時点で、仮に未遂に留めてもレイジを裏切った事実は変わらない。


 もう手遅れなら、堕ちるだけ堕ちよう、そう決めた。


「レイジは、あなたのこと気にする余裕はない。今、大変な問題を抱えているの」


 危ない道を進んでも踏み外す前に止めてくれる。そう信じていることさえ間違いだと告げたうえで、ミライは本題に踏み込んだ。


「問題?」

「レイジ、高い所が怖くなったって。多分、お兄さんの死が原因で」


 ヒカリはレイジの兄の話を聞いている。彼がずっと、どこかで生きていると思っていた兄は何年も前に飛行機の墜落事故で命を落としている。最近になって彼もその事実を知ったが、高い所に恐怖を感じるというのは初耳だった。


「そんなの、聞いてない」

「私だって聞いてなかった。今日、何か隠している様子だったから聞いてみたら、休みの間に」


 ヒカリは困惑した。一人で出掛けていただけのレイジになぜ、そんな変化が訪れたのか。ソゾロも何も言わなかったのか。


 その答えをミライは知っている。


「誰かに会って、そこで自覚したの」


 その瞬間、ヒカリは嘘を教えられていたことを理解した。

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