635話 早く動いたのは
「一位いけそうですね。全員倒しましょう」
汐留零華は現時点の点数を計算した。自分たちは三位で、一位を抜くにはあと二十点必要。次に東戸寿々絵を撃破すれば、全滅により一位の得点はストップ、あと十六点になる。
次に西千葉心朱を撃破して、二位の得点もストップさせる。そこから残り三人全員撃破すれば、生存点込みで合計二十点追加される。
「まずは東戸さんを」
レイカはチームメイトの月島希望に作戦を伝える。最初にスズエを自分たちの手で撃破しないと破綻してしまう。
「……やってくれたわね」
レイカたち東核備田の逆転の道筋が残ったのは、直前に小村井珠陽が脱落したためだ。
その計算にスバルが気づいていたはず。競技を盛り上げるためにわざと倒されたのだとスズエは考えた。
そしてやられた味方を恨む余裕がなくなる。レイカとノゾミ、さらにココアが迫ってくる。
スズエはノゾミを最も警戒する。彼女は昇格したばかりで、Aランクとしての情報が少ない。
「見せてくださいノゾミさん。Aランクに上がったあなたの力を!」
レイカが合図を出す。スズエは身構える。ノゾミは銃をしまい、親指と人差し指で両手にリングを作る。そのまま両手を挙げて指を離しながら下ろし、また指をくっつけ、最後に両手のリングを重ねる。
片手で月を表す手話を、両手を重ねることで二つの月を重ねる表現をした。それがノゾミの持つ“ノーツ”を発動させる合図。
それは闇を払う能力。日中では意味がない。だが昇格したノゾミは新たな力を宿した。重ねた指のリングから光が放たれ、真っ直ぐに伸びる。
スズエは光を浴びる。何ともないが、念のため軌道から外れるよう移動した。
「茂みに道が……」
千葉春菜はノゾミの放った光が公園の茂みを照らし、光を受けた部分に穴が空いたのが見えた。指で作った月を重ねた先に道ができる。それがノゾミの新たな力だ。
こうなると背後に障害物があるからといって奇襲を受けない保証がない。スズエはノゾミを見失わないことを意識し、レイカとココアの対処に動く。
レイカから撃たれたボールを避けると、二人の頭上を交互に見て呟いた。
「あっ、日数が入れ替わった」
レイカとココアの指が止まる。スズエの発言の意味が気になった。
スズエは人の頭にその人が失恋するまでの日数が見える。二人もそれを知っているから、日数が指しているものが分かった。
そしてその日数は、大抵の場合、誰かのが変わっても他人には影響しない。影響があるとすればそれは、同じ相手が好きなときだ。
「……それどういうこと」
ココアはレイカを睨む。しかし心当たりがない彼女は困惑する。
「いえ、何のことだか……」
「二人の勝った方が、ということよ」
スズエが会話に割り込んで追い討ちをかける。結託を崩壊させる策のために、想像の余地を残す言い回しをする。
置き去りになったノゾミは、一人でスズエを倒しにいくべきか悩み、その隙に逃げられてしまった。
スズエはハルナに向かって走る。ハルナはノーツ”で花粉を撒いて足止めを図ると、スズエは体操服を捲り鼻と口を押さえた。シャツの下から腹部の肌が見え、残り選手の黒一点の浜金谷飛影は咄嗟に目を逸らす。
花粉を耐えたスズエはハルナにボールを撃つも、盾で弾かれる。正面突破は動揺を誘えると思っていたスズエだったが、冷静に対処されたので、次は美南哀月を狙う。
アイリはスズエを見て、踏み込んでクモの巣を広げ身動きを封じにかかる。スズエは前方の地面にボールを連射し、巣に触れて粘着させた。そして巣が寄せてくるところをジャンプして躱し、ボールの上に足を着く。そこからボールを足場に跳び、アイリに詰め寄った。
するとアイリは口からクモの巣を吐き出した。スズエにぶつけ粘つかせた隙にボールを撃ち、命中、脱落させた。そのときアイリの頭上の数字が見えなくなった。
「あっ取られた……」
スズエの撃破を他校に取られた。これでノゾミのチームは一位に届かなくなった。ココアにレイカが絡まれたせいだ。
などと思っているとヒエイとハルナに挟み撃ちにされた。ノゾミは盾で防いだり避けたりして逃げるも二人は追ってくる。
ノゾミは“ノーツ”の発動に両手が必要。だから盾を構えていると使えない。だが一度使っておいたのが役に立った。彼女はさっき作った茂みを中の道を通り抜けた。
けれども通れるのは皆も同じ。一度作って仕舞えば塞げないから、ヒエイもその道に入る。
すると彼の、“ノーツ”を無効化する“ノーツ”が発動し元の茂みに戻る。ヒエイは茂みに挟まった。
戸惑うハルナ。早く動いたのはノゾミ。ヒエイの動きが止まった隙に引き金を引き、撃破した。そして元の茂みに戻ったから、ハルナが通れる道が消えた。
ココアは闇雲に指を噛み、血で作る刀を増やしレイカに斬りかかる。スズエの言葉に変な不安を抱いて、競技に対する気持ちでないものが前面に出ている。
レイカは盾で刀を消したり銃弾で折ったりしながら凌ぐも、ココアを説得するチャンスが訪れない。
「ハルナさん! 西千葉を止めてください!」
ノゾミを追う道が塞がって様子を窺っているハルナに、レイカはココアの鎮圧を頼んだ。彼女の“ノーツ”で花粉を浴びせたら、暴走は鎮まると考えて。
「……分かったわ」
「ありがとうございますっ」
ハルナは花粉を撒いてココアに浴びせる。くしゃみをして足が止まった隙に撃ってしまおうと銃を向けたが、撃つ前にレイカに撃たれ脱落した。
「あれは嘘です! 西千葉を惑わすための!」
レイカは訴えかけた。ココアが思っているような、競技の勝敗で恋路が乱れることはないと。スズエがそう言っていたのは、思い込みで狂わせるための策略に過ぎないと。
「……本当に?」
「取ったりしませんよ。ですから」
レイカはココアの意中の人を知っている。その人に迫ったり、彼女の悪口を吹き込んだりなんてしない。だから安心して、真剣勝負をしたいと告げる。
「これで決着をつけましょう」
レイカは銃を向ける。ココアが構えるまで引き金は引かない。
逃げ切ったノゾミはレイカとの合流を目指すも、先にアイリと遭遇した。残り三校四人。争わず二校でココアを狙う手もあるので、まずは彼女の反応を見る。
だがアイリはクモの巣を伸ばしてきた。どう逃げるか迷っている間に足が捕まってしまった。
なまじ生き延びるために隠密に徹していたノゾミは、盾をクモの糸に触れさせて打ち消すという攻略法を知らない。為す術なくボールを当てられ、これで残り三人となった。
脱落間際に通信で聞こえた、ノゾミからゴメンとの声。レイカは残った方がアイリだと理解し、方針を定めた。
方針は、アイリとココア、順番は関係ないが二人とも自分で撃破すること。二位のココアのチームとの得点差は四点。ココアを後回しにしても最終的には一点差で勝つ。
レイカはココアと牽制し合いながら、二位争いに食い込めたことに喜びを感じる。体育祭が始まる前は、ビリにならないよう頑張ろうと思っていた。だからココアのチームが一位になったら、その過程に加担できたらいいと思っていた。
競技直前になってノゾミがAランクに昇格してチームメイトが二人に増えて、他校の二人チームと三位争いができるようになった。
それでも上がりたてで不慣れだろうから、なるべく隠れて生存点を稼いでもらうようにしたら、残り四人になるまで粘ってくれた。
そのおかげで三人チームにさえ勝って二位を掴める位置にいる。欲を言えば一位も狙えたが、それは高望みだった。
ノゾミはきっちり役目を果たしてくれた。最後に道を開くのは自分の役目。
レイカはココアに、一位になってほしいとは思わなくなった。今の彼女は、自分たちが上に立つために倒すべき相手。
そしてそろそろ決着が見えた。ココアの動きが鈍る。刀を作るために自分の血を使う。作っては銃弾で折られていくから、どんどん血を費やす。するといずれ、限界がくる。
ふらついたココアに、レイカは銃を向けボールを放つ。盾を支えるその手は震え、ボールに弾き飛ばされノーガードになった。
「チェックメイトです」
そう宣言したレイカは、引き金を引く前飛び退いた。あのまま撃っていたらアイリに捕まってやられてしまう。目的はココア撃破ではなく、二人の撃破だ。目先の標的に勝つだけでは駄目だ。
満身創痍のココアは後回しでいい。レイカはアイリを相手することにした。そして事前にクモの糸対策に、スズエのやり方に倣って、ボールを撃ちまくり地面に足場を増やした。
ボールの上を跳び回れば、足が捕まることはない。
「私倒していいの?」
「四点差ですから」
「四点差……」
アイリはレイカに問いかける。アイリは一人のチームだから、後回しにしても上位争いには無縁。むしろ先に倒したことでココアに生存点が加算されて追い抜けなくなるのでは、と。
余計なお世話でしかないが、ちゃんと計算したうえで倒しにいっているとレイカは答える。そのやりとりが聞こえたココアは、端末で点数を確認し、一位と四点差という現実を知った。
つまり残る二人を自分で撃破すれば逆転できる。ココアは力を振り絞り、もう一度指を噛んだ。
アイリはクモの巣を広げる。レイカはジャンプし、散らばったボールの上に片足で着地し、次のボールへ飛び移る。だが踏み外し、転んで背中が地面に着く。その地面にはもうクモの糸が張られており、背中がくっついて離れない。
失敗して当たり前、とアイリは見下ろす。スズエは”ノーツ“に頼らずできていたが、それは地元で練習していたがゆえで、付け焼き刃で真似できる芸当ではないと理解しているから。
ココアが刀で糸を斬りながら足場を広げて迫り、レイカにボールを当てた。
明らかにアイリの手柄だったが、トドメを刺す前に飛び込んできたココアに撃破点が入る。彼女はすぐさまアイリに狙いを定め、引き金を引く。
それは命中した。盾を手離し守る手段のないアイリの体にボールが当たった。彼女はニッと笑い、脱落した。
呆気ない決着。最後のアイリの脱落は、先に脱落し退場門からモニターで見る選手たちの一部からは、わざとやられたように映っていた。
「わざと負けたな。俺たちを二位に落とすために」
スバルはいち早くアイリの意図に気づく。彼女は得点を稼ぐことより、対抗心を向けている二千代高校に高順位を渡さないことを優先した。
ココアのチームが逆転できるように相手チームに対処しつつ、得点の機会を譲った。
「ああ、だから……」
スズエは呟いた。彼女はアイリに倒された、二千代の最後のメンバー。
決着。高校ごとの順位、トップ3は以下の通りだ。
一位 菜の花原53点
二位 二千代51点
三位 東核備田43点




