630話 そんなこと言わない
水天宮千城は静かになった後方が気になり振り返る。追い回してきた三人が居ない。
直前の出来事、松原遁美との挟み撃ちに失敗して、作戦を立て直しているのだろうか。トンビの手を鉄化させて盾を下ろさせ撃破したのは、彼らの想定を超えたと考えられる。
チシロは、してやったぞという気分になった。
「ソゾロ脱落!?」
『やるねぇヒカリちゃん』
チシロを追っていた三人は、八王子漫芦が一ノ宮耀に撃破された通知に驚いた。
各地に虫を飛ばせてその視界を一望できる“ノーツ”を持つソゾロは空間認識能力に長けており、どれだけ追っても見つからないはず。だから追うのは諦めていた矢先に聞こえたアナウンス。
彼を撃破したヒカリに、チームメイトの小竹燈夜は端末越しにナイスと伝えた。
『ということは……』
これで全滅したソゾロのチームの得点はストップ。逆転一位まであと十二点。相手の誰かが脱落すれば生存点二人分で二点、自分たちで脱落させれば撃破点として追加で二点で、残り選手は七人。
つまりトウヤとヒカリ、二人残ったまま五人全員が脱落すれば良い。そうなるには最後に残った相手を撃破するわけで、必然的に撃破点が二点入るから、それまでは撃破しにいかなくても問題ない。
『隠れててい』
『大変! 残り全員倒さないと一位になれないよ!』
トウヤは撃破されないよう立ち回る作戦を提案したかったが、北参道天羽が彼のフリをして真逆の指示を出した。
トウヤの耳元に蝶を忍ばせて、アゲハは声を彼の声色で蝶から発したのだ。
「なんてこと言うのさ」
「だって逆転されたら悔しいもの」
学校は違えど一緒にチシロを追っていた仲なのに、なぜ邪魔をしたのかとトウヤは不満をぶつける。対してアゲハは、残りの競技を鑑みて、体育祭総合優勝を渡すまいと考えて、ヒカリを脱落へ誘導させるつもりだと明かす。
「次に話したら撃つからな」
「分かったって」
アゲハの妨害だとヒカリに知らせようものなら、チシロ狙いの協定は崩壊させると氷川柩岐が圧をかける。
トウヤは素直に従い、以降ヒカリに連絡をしないことにした。とはいえ彼女も点数を見ればアゲハの話が嘘だと気づくはずだと信じ、心の奥では逆転勝利を望んでいた。
「一ノ宮を潰すのよ」
「そうね。一位には行かせない」
渋谷祈里は再び両国命里と遭遇し、勝負せず結託してヒカリ狙いに切り替えた。菜の花原高校の一位を阻止する、共通の目的が二人を繋いだ。
二人が目指す先はジャングルジム。高台は探すのにうってつけで、反面狙われやすいが二人の“ノーツ”は守りが堅い。
二人で登り、見渡す。だが見当たらない。
「居た?」
「ううん。後はSLの中かも」
塀の陰や木の上とか、見えていない場所はあるが、最もあり得そうなのは、この交通公園のシンボル、SLの中。走る機関車に乗って隠れていると予想した。
さっそく乗り込みに向かう。
「……考えることは同じみたい」
SLの前でヒツギ、アゲハ、そしてチシロの三人と遭遇した。皆もヒカリがここに潜んでいると踏んだのだろう。
「……待って、菜の花二人とも居ないわ!?」
「え? トウヤならここに……」
ヒツギは振り返ったが、そこにトウヤの姿はない。代わりにいつ来たか分からないチシロがいる。
「……チシロに化けてる!」
トウヤが“ノーツ”で変装していた。そう捉え、ヒツギは銃を向ける。姿は真似できても声は本人のままだから、黙っているのは怪しい。だからボールを撃ち出した。
チシロは盾で防ぎ、四人の中央に出る。そして次の発砲に合わせて狐に化けた。
体が小さくなるのでボールは当たらない。メイリが撃ったボールが、正面にいたイノリに当たった。
これで大薔薇高校も全滅。五十八点でストップとなった。
「やってくれたわね!」
結果的にイノリを裏切ることになったメイリは、激昂してトウヤを追う。その彼女を、背後からヒツギが撃った。
イノリの脱落で、彼の高校は三位に届きそうに思えて、点を稼ぎに動いたのだ。
「よし、これであと二点」
ヒツギの所属する軽音高校は五十七点になったから、あと二人脱落まで生き残るか自分で一人撃破すれば、大薔薇を抜く。
チシロ一人が残っているチームは五十三点で暫定四位。彼女を倒せば、三位は確実。その計算が彼の原動力だ。
「そんなことより追わないと。合流されちゃうわ」
ソロゆえに上位争いとは無縁。暫定八位タイのアゲハは、ヒカリとトウヤが揃うことを危惧した。残りが減って、タッグを組まれると崩せなくなる。
「でもこの中に一ノ宮がいるかも」
「そうね。だから渋谷たちも来たのだろうし」
トウヤはヒカリの場所を知っているはず。逃げた先にいると思わせてSLから脱出させる狙いと疑い、探しに走る。
すると蹲っているヒカリを発見した。
ヒツギとアゲハは迷わず撃つ。盾を捨てていたヒカリは一発撃って相殺し、もう一発は銃身で弾いた。その後も絶え間なく撃たれるが、走って避け続けた。
「一回凌がれたら駄目か」
「手札が多いのがアンタの強みでしょ」
一度起こった事象を繰り返すヒカリを相手に、一度のミスは永続する。だが手を変え品を変えれば話は変わる。脱落者のゴーストを生み出せるヒツギなら、その人数分チャンスがある。
一気にゴーストを出してその人の“ノーツ”で攻撃する。しかしヒカリも逃げる策として窓や天井に向かって乱射した。跳ね返る無数のボールがバリケードと化す。
その中で二筋の破壊の光線がボールの巣を貫通し、連結器を渡るヒカリの背中に直撃した。衝撃で転倒し、外へと放り出される。
轟音が聞こえたチシロが駆けつけると、うつ伏せのヒカリを目撃した。狙い目と見て銃を構える。彼女に対しヒツギは、撃破点を渡してはいけないと考えた。
ボールの気配を察知したチシロは跳んで回避する。
「結局私狙いなのね」
ヒカリかトウヤの撃破を優先に路線変更したのではなかったと捉えたチシロは、ヒカリの対処を後回しにした。
チシロ視点で相手は残り四人。全員撃破してしまえばいいと割り切った。
今のうちにヒカリを、と思ったアゲハは、こっそり向かってくるトウヤに気づいた。そして彼の首に蝶を飛ばし、連携をとる。
『チシロ、おいで。愛してる』
トウヤはチシロの兄に化けて、アゲハが彼の声を首から発した。彼女はまるでそこに兄が現れたように錯覚した。
「ワタルー!」
普段の兄ならハグさせてくれないし愛しているなんて言わないから、チシロは衝動的に欲のままに動く。“ノーツ”で全身を鉄化させ、跳んだ。
しかしうつ伏せに倒れた。本物の兄なので磁力は発せない。鉄化した体は引きつけられることなく、ただ倒れた。
間抜けな決着に熱が冷めたヒツギは、無心で引き金を引く。これでチシロを撃破。“同期”三人で残るには、あと倒すべき相手は、そこで倒れているヒカリだけ。
しかしトウヤが、ヒカリを守るように立っている。チームメイトだから別におかしいことではない。
「約束と違うぞ、トウヤ」
「そうよ。“同期”で最後の三人になるって」
チームが異なる三人だが、お互い争わず、残り続ける計画を立てていた。最後には勝負しなくてはならないものの、最後の体育祭の思い出としては十分だ。
そしてヒカリを撃破すれば願いが叶う。なのに味方を守りチームで勝つことを選ぶのかと、トウヤに問い詰める。
「トウヤ? 違うな」
この競技において逆転一位が見えてきたなか、見過ごす気はない。その決意表明として、トウヤは化けた。同級生の、かつて同じBランクだった三門玲司に。
「五人目のメンバー、三門玲司だ」
声はトウヤのまま、容姿だけがレイジと瓜二つ。けれどもヒカリはレイジの名前が聞こえ目を開ける。ぼんやりと映るトウヤの姿をレイジと錯覚した。
「見た目だけだろ」
トウヤの化けは容姿を真似るだけ。レイジ本人が持つ“ノーツ”はコピーできないから、脅威ではない。
ヒツギはトウヤに構わずヒカリを倒しにいく。彼を足止めするために、二体のゴーストを出した。
そのゴーストはトウヤたちのチームメイト。小岩詩奈と淡路小通。シイナは悪夢を浄化する剣を、コミチは周囲を夜に変えるエネルギーを持つ。
コミチがトウヤを夜に包んで視界を奪い、シイナが斬りかかる。しかし彼は暗闇でも目が見えて、その連携も本人たちの動きで見たことがあるから、盾を使ってガードした。
そして盾をゴーストにぶつけ消滅させる。夜のエネルギーが切れ、解放されたトウヤがヒツギの目に映った。
コミチのゴーストが消え夜も消えるまでの一瞬にトウヤはヒツギに照準を合わせており、気づいたときにはもうボールが迫っていた。
だが割り込んだアゲハが盾でヒツギを守る。
「相手は俺だ」
トウヤは自分を捨てている。一人称も口調も、レイジを意識している。容姿が彼そっくりなものだから、ヒカリにとって彼はレイジそのものに映った。
「そこでじっとしてろ」
トウヤはヒカリに背を向けたまま言い放つ。この場面、レイジならそう言うだろうと想像して。
言われたヒカリが反抗心を燃やすところまで読んで。
「またできるから」
二人を相手に勝負しているのに、何もしないわけにいかない。その気持ちがヒカリを立ち上がらせた。
「それでこそ俺のパートナー」
「……レイジはそんなこと言わない」
人に化けて演じるために観察しているだけであり、演技力は“ノーツ”で強化できない。だからこうして本人らしくないボロを出すことはある。
「そりゃあボクは、偽物だから」
けれどもトウヤとしては、ヒカリに立つ力を与えられたら目的を果たせたわけで、元の姿に戻った。
そしてトウヤとして、“同期”二人と勝負を決意した。その目が本気だと察したヒツギは取り乱した。
「裏切るのか!?」
「いや元々相手だし」
約束を破る気なのか聞くと、その約束自体がチームのためには間違っていたと言い返す。
そう思うのは決して自分一人ではないとトウヤは見抜いていた。
「それにアゲハちゃんだって、本当は自分が最後まで残ろうとしているんじゃない?」
「まあね。ソロで最後まで生き残ったらカッコいいもの」
アゲハも裏では自分が勝ち残る気でいた。それを達成できさえすれば、“同期”三人で残らなくてもいい。
「嫌だ……俺は三人で勝つんだ」
味方がいなくなったヒツギは、自分だけでも願いを叶えに走る。
「チームを……勝ち負けを超えた思い出を残すんだ!」
ヒツギが構えた銃に、トウヤがボールをぶつけ手元を揺らす。その影響でヒカリの横を素通りした。
続けてアゲハがヒツギを撃って、脱落させた。
「あと四点。それは、アゲハちゃんを倒すことの十分条件だ」
過程がどうであれアゲハを撃破すれば、生存点と撃破点で合計四点獲得。すると一位になるから、彼女に勝つことだけを考えればいい。
トウヤは鬼火を撒いて、数十体の影分身を生み出す。実体を持たないそっくりさんでアゲハを囲み、本物を分からなくさせる。
対してアゲハは蝶を無数に生み出し、周囲を飛び回らせる。実体を持つ蝶で、あらゆる方向から飛んでくるボールを弾く。
『伏せて!』
「嘘だね」
アゲハはヒカリの声を真似て蝶から発した。勘違いしたトウヤが足を止めるのを狙ったが、そんな作戦はお見通しであり動きを止めない。
影分身の包囲網が徐々に狭まってくる。近距離ではボールの勢いを打ち消せないから、アゲハは追い詰められている。
警戒心を強めるアゲハ。そのとき気づいた。ヒカリが盾を持っていないことに。
彼女はすかさず引き金を引く。影分身を貫いて、無防備なヒカリにボールが迫る。
直撃した。が、ヒカリは転送されず消滅した。
「嘘!?」
あれはトウヤが出したヒカリの影分身だった。意表を突かれ動揺するアゲハの背後をとった彼が銃を向ける。
撃ってくるのが、その後方にヒカリもいるのが見えたアゲハは盾を構える。すると彼は発砲と同時に狐に化けた。
小動物に化けて生まれたスペースから、ヒカリが撃ったボールが迫る。結果、二方向から同時に飛んできたボールを一つの盾では防ぎきれず、アゲハはヒカリに撃たれ、脱落した。
決着。高校ごとの順位、トップ3は以下の通りだ。
一位 菜の花原75点
二位 花段井74点
三位 軽音60点




