625話 最後だし
「優勝か……」
今月末に開催される全校一斉体育祭、通称全体祭。学年別に一日かけて実施する、年に一度の学校対抗戦。
最後から二番目の競技はAランク対抗戦。“ノーツ”の評価がAとされる二十一人のバトルロイヤル。
今年のルールを確認しに資料を取りに行った菜の花原高校Aランクの三人は、その競技で一位を取る作戦を相談していた。
「目標は総合優勝だろ? ここでは二位を取れば十分だぜ」
「そうかもしれないけど……」
佐倉満は気難しい顔をする。実際の所、この競技で一位を取ることは相当難しい。だから二位を目標とし、他の競技との合算で優勝を狙うべきと意見した。
「一位はそんなに難しいの?」
「二千代高校がいるからな」
得点形式と出場選手数。これらの観点から、Aランク対抗戦の優勝校は決まりきっているとミチルは考える。去年は“ノーツ”未覚醒だった津田山響に、詳細を語った。
「一人脱落する度に生存者に一点入る。つまり人数が多い高校ほど高得点が入る」
「なら、優先して減らしにいけば……」
「七人もいるんだ」
競技のルールは、二十一人が同時に出場し、条件を満たせば相手を撃破できる。一人減ると、倒した人に二点、残っている全員に一点が加算される。
三人のチームと七人のチームでは、生存点だけでどんどん差が開いてしまう。かといって序盤から倒していこうにも、数的不利で返り討ちにされる可能性が高い。
「他の高校は多くても二人だ。そいつらは二位を狙うわけで、つまり俺たちをターゲットにしてくる」
「去年もそんな感じだったわね」
西千葉心朱は去年の全体祭を思い返す。ヒビキが覚醒する前はミチルと二人で出場し、熾烈な二位争いを繰り広げた。結果、二千代高校はダントツで勝ち上がった。だが総合優勝は別の高校が掴み取った。
「去年と違うのは俺らが三人になったこと。三つ巴とかにならないで、結託して俺らを狙うはず」
「それはありそう。だから二位を取ることを目標にするのね」
欲張って一位を見据えると、他校にハメられ三位、四位と崩れかねない。そうなっては本末転倒だから、二位争いを確実に制することに焦点を当てて作戦を立てた方が良い。
ミチルの言い分を、二人は理解した。
「それにしても七人かぁ……」
「中学のときは九人いたぜ」
自分たちの三人も多い方ではあるが、その倍以上を擁するチームの存在に、ヒビキは不公平だと嘆く。けれども以前と比べたらマシだとミチルは語る。
彼は二人よりずっと前から“ノーツ”が覚醒しており、中学の時点でAランク対抗戦に出場している。この島では私立か最寄りの公立学校に通学することになっており、二千代高校のメンバーは全員、中学も同じだった。
そして“ノーツ”の評価には見直しが入る時期が過去にあり、見直し前にはさらに二人所属していた。もし彼らと競うことになっていたら、今より二人多く相手しなくてはならなかったというわけだ。
「まあでも勝負しなかった。あいつら出場停止だったから」
「そうなの……」
その九人でどれだけ独走したかというと、実は出場していない。全体祭前に校内で革命という名の騒動を起こし、罰を受けたためだ。
当時“ノーツ”未覚醒だったココアやヒビキがよく覚えていないのは無理もない。
「そんときのメンバーの写真ならあるぜ」
ミチルはスマホを取り出し旧Aランクのグループチャットのアルバムを開く。そこから最後の集合写真をダウンロードして二人に見せた。
「これ当時の?」
「そう。中三の九月。ちょうど三年前だな」
十月に見直しが入って六人が降格したので結果的に最後の写真となった一枚。この瞬間も今と同じ二十一人だった。
ココアたちもその写真を覗いてみると、今の面影がある同級生を発見した。
「あっ、コスモさんがいる」
「だな。あと坂上もいるぜ」
現同級生二人が当時Aランクに在籍していたとミチルは説明する。
「二人とも今はSランク以上だけど、情報収集するのもアリだな」
後々の覚醒によって昇格というかたちで脱退したが、当時の経験を聞いてみると攻略のヒントを得られるかもしれないとミチルは提案する。
「ま、とにかく前はもっとヤバかったってだけ。七人程度で僻むんじゃねえよ」
話の着地点を見失いかけていたが、言いたいことは、人数の多さに文句を言うのは今更なことで、それを飲み込んだうえでどうするか考えるべきだということだ。
「そうね。あそこは無視して、二位を絶対取りにいくわよ」
「は、はいっ」
初出場のヒビキは緊張しているが、やる気はある。ココアの熱意に応えるべく、力強く返事した。
「簡単に作戦を考えるけど、俺は味方を巻き込んじまうから一人で敵陣に突っ込む」
「そうね。反応間に合わないし」
ミチルの“ノーツ”は野生化してフィジカルを上げるもの。ただし判断力が下がり敵味方の区別がつかなくなるので、周囲に敵しかいない方が真価を発揮する。
ヒビキは未来を読めるが、それで回避が間に合うほど彼の動きは鈍くない。だから離れておくのが最適解だ。
「私とヒビキは合流するわ。未来を見て危険を避けながら、一人ずつ潰していく」
「それでいい」
競技のルールはBランク対抗戦と同じ。貸与された端末で通信し、合流する。ヒビキの“ノーツ”で未来の出来事を知り、不利になるような出来事であれば行動を変えて未然に防ぐ。
常に優位な状況で攻めに出て、血を剣に変えるココアの“ノーツ”で撃破するという算段だ。
三人を一と二に分け、それぞれのやりやすい状況を作り点を稼ぐ。それが大まかな計画で、狙う相手やタイミングは臨機応変に決める。
「とにかく良い結果を残して、最後の競技に繋ぐんだ」
「了解」
「はいっ」
そして全員祭最終競技に出場する仲間に、最高の形でバトンを渡す。そのバトンを受け取るメンバーは、別の教室で競技の資料を読んでいた。
「最後だし優勝したいわね」
去年合併して“ノーツ”持ちの戦力は首位争いに喰らいつけるようになったものの、二千代や開幕に負けてしまっている。今年こそは総合優勝をしたいと意気込んで、ただ一人を除いて真剣に作戦会議をするSランク以上の面々。
「そのためには相手の思い通りにならないことが重要」
辰巳息吹はそう言うと、三門玲司に目を向ける。
「司令塔のあんたがどれだけ生き残れるかに懸かっているわ。いつものことだけど」
「よく分かってる。今年で三度目だし」
脱落したら端末を失うので通信ができなくなる。そして状況把握は読心術を持つレイジに託されている。彼が前線に出て早々に離脱するなんて事態が訪れたら、相手の行動が読めなくなり、ペースを掴まれ負けに繋がり得る。
だから彼には極力最後まで残ってもらいたい。それは無理難題なんかではなく、現にレイジは過去二年、終盤まで生存してきた。
「最後だからってはっちゃけないでよ?」
けれどもイブキは心配している。今年で最後だからといって、レイジが好き勝手に立ち回らないかと。
「疑い過ぎよイブキ」
「でもこの前さ……」
余計な心配だと咎める新宿香李だが、イブキの考えは変わらない。
心が読めるばかりに相手の想定を超えたがり、奇を衒う必要はないのに不可解な言動をとって、敵も味方も自分自身さえ混乱させる、逆張りの癖がレイジにあるのは今になっての話ではないが、そこに新たな不安要素が追加された。
それが夏休み中のレイジのSNSへの投稿。読心術は失っていないが、あるものとして思わないでほしいという、わけの分からない宣言。
経緯は彼から連絡を送ってほしいのに反応がない。心が読めるのにどうしてか考えると、彼の身に何かあったのではないかという疑いから騒ぎになり、だが真相は何事もなく、あえて無視していただけ。
心配させたことを謝らないばかりか、読心術がある前提で考えないでもらいたいという何の意図があるか分からない意見を発信した。
そのせいでイブキはレイジへの信頼度が下がっていた。
「あれのせいでなんか信用ならないのよね」
「あれは俺が居なくなっても困らないようにと……」
迷子が出たらレイジに探してもらえばいい。告白して成功するかは彼に脈を見てもらえばいい。なんでもかんでも彼に頼ればいいと思っていると、彼が居なくなったときにどうすればいいか困ってしまう。
居なくなってから考えるのではなく居るうちから対応できるようになるために、居る内から居ないかのように振る舞う、というのがレイジの言い分だ。
「それは分かるけどね、やるタイミングを間違えないかが不安なわけ」
その主張を貫いて、体育祭でレイジが機能しなければ優勝は夢の話。イブキが言いたいことは、彼の意地は競技にまで持ち込まないでほしいということ。
状況把握のために彼と通信して、修羅場でもないのに連絡がつかない、なんて事態にならないかが、いまいち信用できないのだ。
「そこは心配するな」
「……本当に?」
イブキは坂上未来に視線を移す。答えをレイジにではなくミライに求めた。
「本当よ」
鼓動を聞く“ノーツ”を持つミライは、人が嘘をついているか聞き分けられる。だから彼女の同意で担保を得られる。
口裏を合わせられたらそれまでではあるが、イブキは彼女の言葉を疑わなかった。
「ならいいわ。さっそく話し合いましょう」
元生徒会長として会議の進行を卒なくこなすイブキ。彼女には二年前に世話になっており、その礼も兼ねて、レイジは他校の作戦をすべて暴露し、こちらの計画の材料にした。
作戦会議が終わり、各自教室へと戻る。その途中、レイジはミライに呼び止められて人気のない廊下で話を聞いた。
「作戦会議、真面目に言ってたけど気持ちがこもってなかったわよ」
嘘のついでに感情までミライにはお見通しだ。レイジは正しい情報こそ告げていたものの、感情が込められていなかった。勝とうと負けようと、どうでもいいと暗に示していた。
そうと気づいていながら、ミライは誰にも言わなかった。レイジの狙いを邪魔したくなかったから。その結果優勝を逃しても後悔はないと思ってしまったあたり、自分も勝ちへの執念が弱いと自覚する。
だが今はレイジの気持ちを知ることが先だから、ミライは自分のことを棚に上げて尋ねた。
「そのやる気の無さ、ヒカリと同じね」
別の教室から聞こえたヒカリの鼓動。それは気分が下がっているときのもので、彼女もレイジ同様、勝負に燃えていない。抵抗というよりも、無関心が近い。
二人のテンションから、そう感じ取った。
「どういうつもり?」
「嫌われてこの島を出たい」
それは認めたくないが、本音だった。ミライは嘘だと言えない自分の“ノーツ”を恨んだ。
レイジは卒業後に島を出る。行く先は故郷。彼に宿った悪夢の瞳を憎み、彼を苦しめた人がいる街だ。その環境に適応するために、今のうちから嫌われ慣れをする。
夏休み中にそんなことを呟いていたから、体育祭への向き合い方は分からなくもない。間違っているとは思うが、ミライは口出ししない。
どうせ何を言っても曲げないだろうから。
「その気持ちが本番までに変わると願っておくわ」
だから今は何も言わない。体育祭の熱に感化され、余計な迷いを捨て、いつも通りのレイジに戻ってくれると信じて、教室へと戻っていった。




