622話 虐げられる未来
日が暮れて目が覚めた三門玲司は、地元の中学校に向かい、非接触“ノーツ”測定器の前に立った。測定結果はSランク。三年前、この島に来たときと同じ結果だ。
前日まではBランクだったが、帰省中に赤い光を目に浴びて悪夢の瞳を再取得した。それに伴い、特殊能力“ノーツ”持ちとしての評価が上がったのだ。
するとレイジはスマホを取り出し、先月加入した同学年のBランクのグループチャットにメッセージを送った。Sに戻ったので退出すると告げて、直後にグループを抜けた。
これでは反応を読むことができない。だがメッセージを見られないだけで反応は窺える。レイジには心を読む力もあり、今のメッセージを読んだ人が何を思ったかを読み取れる。だから目で確かめる必要はなく、送信してすぐ退出sても問題ないというわけだ。
「……入れてもらうには俺から声をかけないと」
しかしレイジは人の心を読めても、逆に自分の心を相手に読めせることはできない。あくまでもインプット専門だ。だから彼は思っていることを直接伝えなくてはならない。
同学年Sランクのグループに復帰するには、誰かに言って招待してもらわなくてはならないというわけだ。
不特定多数が利用するSNSに、独り言のように投稿すれば、誰かが察して招待してくれると期待できる。だが誰もが誰かが動くと考え結果誰も動かないという事故も起こり得るわけで、それはレイジは避けたいと思っている。
だから自分からお願いすると決めた。文章ではなく声で。さっきの呟きは、そのための発声練習だ。
『今宵の月に祝福を』
『こんばんはセイン。一つ頼みがある』
実声ではなく思っている声を重視して、上原千聖と通話を開始した。
『この前抜けたグループに招待してくれ。たった今Sに戻った』
セインは同級生で同じSランク。レイジの一言で彼女は状況を把握した。そしてやる事は分かっている。フレンドの彼を、そのグループに招待すれば、後は彼が参加を選択するだけ。
『覆われた世界に闇射したのか!?』
『そう。帰省したときに』
だが通話は終わらない。セインはレイジに、どうして瞳に力が蘇ったのかを尋ねた。そこに彼は、帰省中の出来事を語った。
『偶然か天の定か』
『あの力、父上が作ったものだったんだ』
悪夢の瞳を宿す機械を作ったのは彼の父親であること。その力は世界を夢という名の欲望で溢れないようにするためのものだということ。
悪夢の瞳はその機械から放出する赤い光を浴びた人に宿る。その光は無差別に放たれており、レイジには適性があった。適性がなかった人は悪夢に魘されているが、彼には支障がない。
『その禁忌、眠りにつかせていたのか』
『いや、なんか分からなかった。兄貴のことみたいに』
そんな背景を知ったのは、つい昨日のこと。機械自体は、レイジが力を宿した十年前からある。心が読めるといっても万能ではない。心に鍵をかける力を持つ人がいれば、情報は筒抜けにならない。
ロックがかかっていると、レイジ自身で秘密を暴かない限り、知ることはできない。
それは悪夢の瞳の真実に限った話ではない。レイジの兄は九年前に飛行機の墜落事故で死亡しているが、彼はそれを去年まで知らないままだった。
『黄金のゼロと指針重なりし刹那は』
『うん。兄貴とは会わなかった』
死を知らなかったのは、兄の姿をした別人をレイジは本物だと思い込んでいたため。去年帰省したときに直接会っており、心の声に偽りもなかった。
だがそのからくりは、他人に変装する能力を持った人と、心を読まれなくする能力を持った人が結託して生み出した、兄の幻影。
幻影だと分かったからか、今年は偽物は姿を見せなかった。
『幽界の戯れに酔いし日の再来、は免れたの?』
『ああ。無事に帰ってこられたよ』
兄の死とは無関係だとレイジは思っているが、彼の持つ瞳は、故郷では忌まわしき力と見做され敵意や殺意を向けられている。彼が瞳の力を使い果たしてようやく狙われなくなったわけであり、力を取り戻せばまた命が危ない。
だから瞳の力が蘇ってもそれは秘密にしておく。レイジはその約束を守り、力の復活は誰にもバレることなく、帰省を終えて島に到着した。セインが心配しているような事態は起こっていないと告げて不安を払拭させる。
『……承知。同胞の帰還に祝砲を』
『じゃあ、よろしく』
聞きたいことにすべて答え終わったレイジは、本題であるグループチャットの招待を依頼して通話を終えた。
「……おかえり」
セインはそう呟いて、レイジをメンバーに招いた。
セインの迅速な対応により、レイジはチャットに復帰した。“ノーツ”の序列が元の位置に戻ったことも、じわじわと認識されていった。情報は他のランクの知り合いにも広まる。
失った力を取り戻したと言えば聞こえはいいが、その力はある種の呪いの力。レイジは悪夢の瞳を持っているばかりに命を狙われ、その魔の手は知り合いにも及んだ。それが先月の文化祭で起こった通称、例の事件。
知り合い全員殺されると危惧された事件が再来するのか、そんな不安が一斉にレイジに向けられた。
事件が鎮まったのは彼が許されたからではない。標的である力を失った結果だから、その力を取り戻したのを機に再燃するのはおかしな話ではない。
だがそうなるのは仕方がない。実現したらまた皆で協力して乗り越えるだけ。
皆が懸念していることは、また事件が起こりそうなことをレイジが隠していないかだ。
レイジは瞳の力の復活を口外していないと言っているが、それは誤りだ。少なくとも父親は知っている。だがその事実を話すとややこしくなると彼は考え、父親が暴露しなければ誰も知らないのと同義だから、そういうことにしていいと思い込んでいる。
瞳の力が復活した理由もセインに言った事実と違い、時間が経ったら目に降り注いできたからと嘘をついている。これも同じで、瞳の力の開発に父親が絡んでいると話すのを面倒に感じたから。
そういった嘘を隠していないかを疑われているわけだが、レイジはごまかしを貫き通す。力の復活が故郷の連中に知られることはないから、心配するだけ無駄だと割り切っているからだ。
だからレイジはどんな質問にも、大丈夫、心配要らないの一点張りで返す。
そんなやりとりが続くこと数時間。何を聞いても情報を吐かないと諦めムードになり、騒ぎは鎮まった。
そのタイミングでレイジは火種を投下した。帰省に一ノ宮耀を同行させて、彼女が銃撃されたと投稿し、また騒ぎになった。
レイジの目的は二つある。一つはヒカリの執着を終わらせること。彼は高校卒業後、島を出て故郷の大学へ進学する予定でいる。心を読む力があるから、不合格の心配はない。問題は彼女がついてくると迷惑なことだ。
だから故郷はヒカリにとって危険な世界だと示し、皆に引き留めさせる。
もう一つの目的は、皆に嫌われ慣れておくこと。故郷でレイジは生き延びるために多くの被害を撒いてきた。瞳の力で人の夢や願いを叶わなくさせ、幾多の人の夢や心、命を奪ってきた。
そんな過去は消えないから、瞳の力を手離した後も、虐げられる未来が待っている。そんな扱いをされていない、凶悪な力でも個性として受け入れられているこの島の寛容な世界に慣れていると、そのギャップに苦しめられる。
ヒカリを痛い目に遭わせたと言えば、非難されることになる。そうやって人に嫌われることに慣れておき、進学後の精神を安定させるための策だ。
暴露してからはレイジは黙秘を貫いた。投稿した内容がすべてだ。補足する話はない。足りない分はどれだけ想像されようと構わない。人の数だけ解釈があり、そのうちの最悪なケースと疑われても構わない。
嫌われることが目的なのだから。
「なんで出てくれないの!?」
一方でセインは問い合わせの嵐で大パニックになっていた。レイジをチャットに招待したばかりに何らかの事情を知っていると捉えられ、彼と連絡がつかなければ彼女の元へ連絡が来る。
そのあまりにも大きいボリュームに、セインは焦っていた。
「えっと、瞳のことは敵に知られてないそうです……」
「こっちは、一ノ宮さんのことは聞いていません、と……」
セインはレイジから聞いた話を思い出しながら、一件ずつ返信していく。始末の悪いことに、彼から電話で聞いた内容とその後に彼が投稿した内容に食い違いが生じているように思えている。
ヒカリが銃撃を受けた理由はレイジ狙いの巻き添えではない。元から狙いは彼女だが、そうとセインは聞いていない。だから銃撃イコール、レイジの瞳がバレているという考察に至り、それは彼から聞いた話と矛盾する。
セインは聞いた話を真と捉え、そう説明することを心がけた。
「招待したのは一緒にいたからですか?……」
次の問い合わせにはセインも首を傾げた。一緒に居たわけではない。けれどもレイジは自分に依頼してきた。その意図は聞いていない。同じSランクなら他に二十人以上いる。その中には男子もいる。同級生という括りで見ても、他に候補はいる。
セインはまだ読んでいないが、その候補からは、なぜ私ではなく彼女に招待を頼んだのか問い詰めのチャットも届いている。
セインはレイジの意図を探るべく、インターネットで検索した。異性、個別チャット。そんなワードを連ねて、断片的に情報を集めた。
結果、それは好意のサインかもと気づき、セインは赤面して硬直した。
とはいえ結論付けるにはまだ早い。セインはレイジに直接聞いた。どうして自分を選んだのかを教えてほしいと。
するとすぐに返信が来た。そこには、Sランク脱退を知ったとき一番落ち込んでいたからだと書かれていた。それを読んでセインは安堵した。深い理由なんてない。そうと分かり、肩の力が抜けて、スッキリした気分で質問者に返信した。
降格を惜しんでいた相手にいの一番に報告した件は、セインの見えない場所で話題にされた。レイジが抜けたBランクのグループチャットでも、その話題が飛び出す。
そのやりとりはヒカリの目にも届いた。かつてレイジと付き合っていた彼女にそんな話が入れば嫉妬する。彼女を抜いたグルチャで言うべきだったと内心思う人が現れたものの、もう手遅れ。
ヒカリは二人の話を聞いてイライラした。さっきまではレイジに会いにいくべきか悩んでいたが、この件を問い詰めるためにも彼に話をしにいかなくてはならなくなり、思い切りがついた。
せっかく同じBランクになったのに、また別々のランクになってしまった。ここで共通点が一つ減り、高校を卒業すればクラスメイトという関係も無くなる。誕生日が近くても、一緒に祝うこともなくなる。
そんな風に、時間が経つにつれて距離が離れていくことを、ヒカリは恐れていた。復縁できない現在もつらいが、もっとつらい未来が待っているのなら、今がいつまでも続いてほしいと願う。
そうやって悩んでいることを知っていながら他の女子にアプローチしているレイジを許せない。そう思いヒカリは、明日彼に会いにいくと決めた。




