524話 仕組まれた運命
“同期”が揃って二年が経つ。その記念に四人全員で集まろうと計画していたが、一部の人間関係の悪化から中止となってしまった。
その反省会に呼ばれた三門玲司は一人で千葉春菜の家に向かった。
「久しぶりだな」
「ええ。相変わらずね」
学校が違うのでなかなか会えない。それでも島の中で四人だけの繋がりは強く、お互いによく覚えている。というより春休みに会って半月も経っていないのでそこまで久しぶり感はない。
本当はあと二人、一ノ宮耀と八積雅火も来るはずだったが、ハルナの今のテンションは完全レイジ一人を見据えての落ち着きようだ。
「もう二年経つんだな。俺たちが“同期”になって」
「早いものよね。高校もあと一年で卒業だし」
レイジたちは高校入学した四月に”ノーツ“持ちと測定された。”同期“となって一年経つたびに進級をする。周年を祝うと高校生活の終わりに大きな一歩を踏み出す、喜ばしくも寂しい時期に選ばれてしまった。
「会話が弾まないわね」
「聞きたいこと全部分かっているからな」
家に一人なのか、着くまで何をしていたのか。三年生になってどんな気持ちか、会話の種はいくらでもある。
だがレイジは尋ねずとも返答が分かってしまう。彼の”ノーツ“は人の心を読むことなので、わざわざ声に出して聞く必要はない。
「本当に?」
レイジは受信ができる一方で思っていることを心の声で伝えることができない。ハルナからの質問に対しては、口に出さないと届かない。
ではなぜ彼は話さないのか。それはハルナが、一つの質問に対する答えを先に言いたいと思っているからだ。
そしてその答えは、レイジから質問しなくてはならない。歯切れの悪いやりとりに終止符を打つのは彼の役目だ。
それを分かっているなら早く膠着状態から抜け出せと心で訴えかけている。
「どうして俺には聞いてこないんだ?」
ここで無関係の話に出たら叱られると読んでいるレイジは、機嫌取り用の誕生日プレゼントを隠して望み通りの質問をする。
「ヒカリ絡みの話が尽く重いからよ」
”同期“の中でもレイジとヒカリはクラスメイト。四人の中では一際距離が近い。じきに付き合い始めた二人だが、主に彼の環境と言動が原因で別れてしまった。
ハルナがレイジの学校生活を聞くことに躊躇いがあるのは、彼以外から流れてくる二人に関する情報が、胃もたれするような噂ばかりのせいなのだ。
彼の日常を聞くとドロドロした関係が想像できるような話が流れ込んでくる。聞かない理由は聞くのが怖いからだ。
「アキトとかから相談が来るのよ」
「まああいつが、困ったらハルナに聞けばいいって言ったからな」
聞くのが嫌なら黙っていればいいという単純な話ではない。ヒカリがレイジと別れて新しい男子の誘いを受けてから、彼女の扱いに頭を悩ませる同学年から次々と相談を受けている。それがハルナが、重たい話を聞かされる理由だ。“同期”としてよく知っているだけに、好みや人柄について聞かれることがある。
発端はハルナの元同級生の秋葉原秋杜だ。アキトはヒカリと付き合い始めた男子の知り合いで家も近いことから休日ときどき会っている。
そしてレイジとも同じSランクで付き合いも長いことからヒカリに誘惑されている。ヒカリの狙いは度が過ぎた距離感を見せつけてレイジにストップをかけさせることだが、彼からは放置されているので現状前進まっしぐら。
そこでアキトはハルナの手を借りた。以降同じように困った人に、彼女を頼るといいと伝達していた。
「余計なことを……」
「それだけ信頼されているんだ」
ハルナはアキトに一言、なんでもかんでも聞けばいいと言いふらさないよう忠告しようと思ったが、レイジは好意的に捉えた見方もあると告げる。
「ヒカリの奴、また同じクラスのせいで監視の目が強くてさ」
「廊下で追い回されたんでしょ? ソゾロ君から聞いたわ」
レイジは話しやすい雰囲気になったところでハルナに悩みを打ち明けた。もっぱらヒカリ絡みの相談。彼女の目が光っているせいで、気が休まらないというものだ。
この前も兄に電話をするために教室を出たところヒカリに尾行され、走って逃げたら追いかけられた。一度見失ったヒカリは彼の位置と動きを把握するべく八王子漫芦に電話して彼の“ノーツ”を利用した。
そのとき協力してよかったのかと後に相談を受けたハルナは、ヒカリの味方をするのは悪いことではないとしか答えられなかった。
「多分今日二人で会っていることもバレてるわね」
「それは大丈夫。ソゾロが嘘ついてくれているから」
学校ではヒカリのすぐ後ろにいるレイジだが、校外、休日でも彼女から警戒されている。数時間おきにソゾロにメッセージを送り、今レイジは何をしているかを聞いている。
だがソゾロは時折嘘をつく。それはレイジに不利になる嘘ではない。
「出掛けていても家に居るって言ってくれるし」
「そうなの? まあその方がいいか」
ヒカリがレイジを見張るのは、別れた後に他の女子と仲を深めていないか疑っているためだ。その警戒を晴らすためなら、休日もどこにも出かけていないと伝え続けるのがベスト。
ソゾロが適当なことを言ったとしても、心を読めるレイジは何を伝えていたか分かる。聞いた話と本人の話に食い違いが出ることにはならず、嘘がバレる心配もない。
「だからハルナも頼むぞ。俺と会ったことは内緒だ」
「分かったわよ。私も巻き込まれたくないし」
ハルナはヒカリとの仲まで拗れることを嫌い、彼女の神経を逆撫でする真似は避けたいと思っている。たとえレイジを家に招いたのは指導をするためであるとしても、本当に下心はないと納得させるのは難しいだろう。
だったら事実を隠し、落ち着くのを待つのが賢明と判断し、レイジと口裏を合わせることにした。
「地獄に落ちるときは一緒だからな」
「嫌! ちゃんと隠してよね!?」
これで共犯、バレた暁には二人揃ってヒカリに頭を下げる覚悟をしようとするレイジに、うっかりバレるのだけはやめてほしいと切実に訴えた。
「クラスの話に戻るけどさ」
「ああ、いいぜ」
ハルナは用意していた二つのサイコロを机の上に出し、適当に振ってみた。出目は異なった。
「ばらける確率の方が高いのに、三年間も同じになるなんてね」
「意図的に組まされているわけでもないし」
年に一度、クラス替えがある。学力や相性などの多角的な観点から、教員が相談して割り振っている。レイジとヒカリはセットにするとは考えられておらず、気づけばセットになって決定されていた。その話はオフレコだが、心が読めるレイジには筒抜けだ。
「一度起こったことを繰り返せるヒカリなら、不思議ではないけど」
「願ってはいたけど、実現させる気はなかった。結果的に叶っただけで、あいつが支配していたわけじゃない」
ハルナが降ったサイコロだって、ヒカリの手にかかれば同じ目を出し続けることができる。それが彼女の“ノーツ”であり、応用すれば何年でもクラスメイトでいられる。
だが腐れ縁はヒカリが意図して繋げているものではないとレイジは答える。ハルナも疑っているわけではないが、最初の関係が今ほど近くなければ、こんな事象が続くこともなかったのではと考える。
「でも……出会い方が違っていたら、こうはならなかったかもね」
レイジとヒカリ、二人がただのクラスメイトだったら、二年目で別々のクラスになり、関係はそこで終わっていたのではないか。そんな仮説を立ててみた。
仮説はあくまで仮説。たらればを語っても過去は変えられない。だがこれは現実を見直すための議論。単なるクラスメイトで終わらせなかったのはレイジの意思なのだと振り返るための話だ。
「ヒカリ、本当は一つ前の“同期”に入れたんでしょ?」
「ああ。俺と同じで、三月のうちに測定することができた」
“ノーツ”は島のあちこちにある測定器で液晶に顔を近づければランクと“ノーツ”の性質が確認できる。
だがその力が芽生えたかは感覚で分かる。そして二人の場合は、自覚してから測定まで期間を空けていた。
身体測定の一環で、生徒児童は始業式後に全員測定を行う。ヒカリは高校入学後の測定をもって“ノーツ”持ちに加わるつもりでいて、高校デビューを果たすべく春休みに測定は受けなかった。
それを知っていたレイジは、島に漂着して数週間は測定を受けず、ヒカリと同様、高校入学後に判定を受けた。
結果、二人は同じ日に“ノーツ”持ちと診断され“同期”となった。加えて二人はクラスメイトであり、座席も誕生日が近いため前後の関係になっていた。
何も知らないヒカリからすれば、運命の相手との出会いと錯覚してしまうわけだ。
実態はレイジが、ヒカリと関係を深めるためにタイミングを合わせた、半分仕組まれた運命。クラスが同じだったのはただの運だが、それ以外は彼が狙ってやったこと。
「例えばさ、ヒカリに三月中に測定してみないか言っておくこともできたわけでしょ?」
そうしておけばよかった、という意味合いではない。ハルナがそのように言った理由はレイジに本心と向き合わせるため。そうするには質問を繰り返し、答えを認めていくのがベターだ。
「そうしたらヒカリ、今以上にシヨン君と仲良くなれたかもね。Bランク同士で誕生日も近い。学校が違うのは仕方ないけど」
ソゾロの同級生の九重晋世。一瞬だけヒカリと付き合っていた男子だ。別れた理由は、ヒカリが愛想を尽かされたくないからと身を削って努力させているのを心配し、背伸びしなくていい今までの関係に戻ろうという話が挙がったためだ。
それはヒカリの性格の問題なので、彼女が測定を早めてシヨンと“同期”になっていたら解消されていたかというと、おそらくノーだ。
「それは関係ないな。結局見栄っ張りなのは同じで、長続きしないだろう」
「じゃあどうすれば長続きするかな?」
長続き、例えば一年、ヒカリと恋人関係を続けられるのはどういう条件が必要か、ハルナは問いかける。過去の自分が答えだと分かっているレイジに迷いはない。
「背伸びする必要がない相手だ。裏で無茶してもお見通しだって割り切れば、気張る必要がない」
「うんうん。それは誰が適任かな」
「ソゾロだな」
他人の名前を出した瞬間、ハルナの心から怒りの感情を受信した。だがレイジとしてもふざけて言ったわけではないので納得してもらえるよう理由を話す。
「ほら、学校が違ってもいつでも見えるわけだし」
「あれだけ運命を操作して責任とる気はないの!?」
ハルナが言いたいことは、ヒカリの運命に干渉した以上、持つべき責任を放置するなということだ。他に適任者がいくらいても、レイジが丸投げしていい理由にはならない。
「じゃあ、今の田浦君とは長続きしないと思うのね?」
「それは大丈夫だ」
レイジがソゾロを挙げた理由は、彼を交際相手に選んだときに限っての話ではない。彼が協力していれば、ヒカリが選んだ相手なら誰でも心配ない。レイジはそう思っている。
「ソゾロが見ていれば、ヒカリは無理しないから」
ヒカリが田浦夕雅に見えないところで彼に見限られないための無茶をやったとしても、ソゾロ経由で彼の耳へ届く。その先入観から彼女は自分らしくいられている。
ユウガの方から別れを切り出さない限り安泰で、そうなる理由も特にないことから、関係性に心配は要らない。レイジはとことん自分が関わらないことがベストだと主張している。
「……こんなことになるんだったら、“同期”にならない方が良かったのかもしれないな」
主張するほどに、レイジは過去の自分を恨んだ。だがハルナは同意しない。
「もしそうだったら、このアルバムは無かったわ」
ハルナはスマホに残した“同期”の思い出をレイジに見せた。そこから一人でも居なくなっていたら、まったく別のものになっていただろう。
「今年度も増やせたらいいね」
「考えておく、計画を」
中途半端なところで終わらせられない。レイジはヒカリと別れた今でも全員で楽しめそうな計画を、自力で立て始めた。




