525話 余計な対抗心
千葉春菜の家を後にした三門玲司。駅へと向かう途中の道で、二人の知り合いと遭遇した。
「こんな所で何しているの?」
「今から帰るところ」
目的は果たしたので、後は帰るだけだということを最初に伝えた。
「さっきまでハルナとお話をしてきた」
「ハルナと? そうなんだ」
一人はハルナの同級生、二重橋千夏。彼女は二人のことをよく知っているので、その一言で受け入れた。
変に誤解されないようにレイジは言葉を選んでいた。呼ばれたとか会いにいってきたとか話してしまうと、誤解されかねない。言葉選びの結果、そうならなかったことに彼はひとまず安堵する。
言い回しと表情から、深刻な話題だと察しがつく。二人の仲を冷やかすつもりはなく、わざわざ遠出してまで直接相談しにいったのだと思うとレイジのことが心配になる。
同時になぜ自分には何も言ってこなかったことに憤慨する。
「どうして私を頼らないの」
「“同期”の問題だから」
ハルナの家まで行けたのだから、距離を理由に選ばれなかったことにはならない。単純に彼女の方が信頼に値すると判断されたと思い込むチナツに対し、人間性ではなく立ち位置を理由に選んだと説明する。
特殊な力“ノーツ”が目覚めた時期が近い”同期”、それがレイジとハルナ、そして彼の元交際相手、一ノ宮耀の繋がりだ。
「なら仕方ないわね」
“同期”の関係はどう足掻いても変えられない。チナツはレイジの説得を受け入れたが、それはそれとして負けたくない気持ちが宿っている。
あくまで最初の相手はハルナだったという事実を受け入れたに過ぎない。
「じゃあ次は私たちね」
チナツとレイジの腕を引いて自撮りした。
「借りるねって送ろっ」
駅まで見送ることもなく一人で帰させたのが運の尽きだと嘲笑うかのように、チナツは得意げに画像を送信した。
見られたからといって気にする点はないと思っているレイジは流されるままだった。
「季節の鐘を鳴らすのならば魂の産声を我に聞かせよ」
言ってくれれば抱えて飛んでいったのに、という意味合いのセリフが飛んでくる。チナツと居合わせていたのは上原千聖。レイジの同級生だ。
レイジがハルナの家まで向かうには電車で往復四時間以上かかる。交通費にして往復三千円だ。そんな労力をかけて来るのなら、一緒に空を飛んでくればよかった。事前に連絡があれば抱えて連れていったと伝えた。
セインの“ノーツ”は翼の生えた衣装へ変身して二つの属性いずれかを会得するというもの。白い天使なら炎、黒い悪魔なら雷だ。どちらにしても空は飛べ、大柄なレイジを持ち上げて高速で走れるだけの力はある。
さすがに電車に追いつけはしないが、迂回することも停車することもないわけで、結果的には早く着ける。
「みっともないだろ?」
セインの案は時間、費用ともに利点があるが、絵面が情けないという大きなデメリットがあり、それが決め手で彼女の手を借りられないとレイジは反論に出る。
「人に見つかると変な噂をされて困るし、それにヒカリに嫌な思いをさせたくない」
レイジは自分のプライドだけを言い訳にせず、その距離感からセインにとっても迷惑な噂が出回りかねないことも理由に挙げた。そして決め手はヒカリの存在。
かつて付き合っていたヒカリの耳に他の女子との密着の話が行き渡ると不快な思いを与えてしまうという気遣いも忘れていないのだとレイジはアピールしてみせた。
「あー、別れた今でも他の子に牽制してる感じ?」
「まあそんなところ。誰が言ったのかな?」
レイジの呟きにチナツは思わず口に手を当てる。だがもう手遅れ、心が読める彼には犯人はお見通しだ。
レイジはチナツにもヒカリとのいざこざを言い触らしたとして、彼女のかつての同級生の秋葉原秋杜に静かに怒りを向けた。
「別れたのだからこの子にも構ってあげてよ。クラス替えしても友達が」
「チナツ」
“同期”になってもうじき二年の仲とはいえ、頻繁に会うには距離が遠過ぎる。毎回来るセインの負担を減らすためにも身近な友達を作ってほしいと願うチナツに対し、当事者セインは突き刺す声で名前を呟いて、余計なお世話だと釘を刺す。
「そんなこと言って、セインが来なくなったら寂しいくせに」
「何言ってるの。嬉しいに決まっているじゃない」
強がるチナツに対し、試したい気になったレイジはセインにアイコンタクトを送る。彼の意図を瞬時に理解した彼女は変身して翼を広げ、レイジだけを抱えて飛び上がった。
まるでわざとチナツを孤立させるために。
瞬く間に置き去りにされたチナツは、こうなった理由が分からずパニックになって二人を呼び止める。置いていかないでと叫ぶ彼女に、しばらくそのままにしてから戻ってあげようと余裕ぶるセイン。
だが今度は彼女にとっても想定外の叫びが耳に突き刺さった。
「下ろして! 助けて!」
他の誰でもなく、叫んでいるのはレイジだった。慣れているとはいえ、飛ぶときに体に負担をかける持ち上げ方をしてしまったのかと不安になるセインだったが、いきなり手離すわけにもいかないので急いで、けれども冷静に地上へ舞い戻った。
「怪我した? 大丈夫!?」
「……いや、平気だ」
レイジはまだ混乱している様子だが体に痛みはないので、セインの心配している症状ではないとだけ先に告げる。
本当の原因にはまだ気づいていない。
「チナツ、何したの!?」
「いや、私なにも……」
疑いが残るセインはチナツの仕業だと考えてかかる。しかし彼女に心当たりはなく、そればかりかレイジの身に何が起きたのかさえ分かっていない。
それもそのはずで、彼の異変は体外からの影響ではない。
「……どこにも異変はないわね」
「そんなはずは……あの慌てようで何もないわけ」
周りを見渡したりレイジの体を調査したりしても、手がかりは掴めない。強いていえば、体の震えが止まらなくなっているくらいだ。
レイジが落ち着かないうえに状況証拠は見えてこないので、二人は出来事を順を追って考え直してみる。
「私が持ち上げたときに、下ろしてって叫んだんだ」
「下ろして……まあ、急に高く持ち上げられたら怖がる人もいるよね」
飛行機やジェットコースターに乗った人が、地上からの距離に恐怖を感じて取り乱すことはあり得る。だがレイジに限ってそんなことはあるのかと疑問が湧く。
普通は怖がることでも、心が読めるイコール過剰な心配がいらないの理屈で平然とやってのける彼が、こんなにおおっぴらにパニックになるのは奇妙に思えてならない。
「そうかもしれん」
だがその話を受けて、当の本人はその線を真面目に受け止めていた。まさかの告白にセインたちは驚いた。
「うそ、本当に?」
「怖い物知らずだと思っていたけど……」
確かにレイジも人と比べて度胸があると自覚していた。幼い頃から兄と自作飛行機を研究して、失敗して墜落して怪我をするのも慣れていた。この島に来たきっかけだって、拉致されて逃げるために、どこへ流れ着くかも分からないままヘリコプターから海へと飛び降りたというものだ。
そんなレイジが高所に恐怖の感情を抱くような出来事がつい先日もあったことを思い出す。当時自覚はなかったが、今になってあれが前兆だったと受け止める。
「ああ、ついこの間まではな」
「一体何が」
流れ的に話さざるを得なくなったレイジは、数日前の高校での出来事を語り出した。
「校舎内でヒカリから逃げるために、階段から飛び降りて足を痛めた」
「なんで逃げたの」
「その後に窓から降りようとしたけど、足が震えてできなかった」
レイジは逃げた理由を説明するのを後回しにして、この時点で落ちることへの恐怖に負けたと語る。
「ヒカリに言われた。前に比べて度胸がなくなったって。あのときは何言ってるんだコイツって思って聞き流していたけど、そういう意味だったのか」
「じゃあ気づいていたのね」
「そもそもなんで逃げたのさ」
レイジの変化にいち早く気づいていたのはヒカリだった。だが彼女も確信していたわけではなく、直感でそう捉えていたに過ぎず、ただの気のせいと受け取っていたレイジは相手にしていなかった。
だがそれは勘違いではなく現実となった。認められない、そんな思いを宿しつつも、まずはそんな目に遭った経緯を語る。
「兄貴に電話をするために外に出たんだ。疑ってついてきたもんだから、振り切ってやりたくて」
「もう、そんな余計な対抗心見せるから」
くだらない理由に自業自得だとチナツは呆れる。しかしセインは違った。尾行したヒカリが原因を作ったと解釈し彼女を責める。
「どうしてついていくの? ただ電話しにいっただけでしょう」
「電話とは伝えなかったんだ。俺が何も言わず出て、そして走ったから」
レイジはセインの疑いを晴らすために自分の責任だと信じてもらおうとする。それを受けて彼女は多少彼に落ち度はあると認めつつも、やはり後を追うというヒカリの行動がなければこの事態を迎えることはなかったと思えてならない。
「だいたい別れたのに付き纏うのが変なの」
「それは俺が、まだヒカリのことが好きだって伝えたから」
「……でも応える気はないのでしょう」
「まだ信じてもらえないだけで」
必死にヒカリを庇うレイジに、セインは心を揺らされることはない。彼女としては、仲間の彼の長所を奪われた怒りの感情が大きい。
「これ以上仲間の力を奪うのなら、もう関わらないでほしいものだ」
「分かった、気持ちは分かるけど、ヒカリを責めるようなことは」
セインはレイジ、そしてヒカリの同級生だ。休み明け、学校で会う機会は簡単に作れる。けれども高所恐怖症になった話に言及はしないでほしいとレイジはセインたちに訴えかけた。
「ううん、空が怖くなったって話も、誰にも言わないでほしい」
「私は言う通りにするけど……」
チナツは言われるまでもなく誰かに言い触らすつもりはなかった。だがセインの態度を見るに彼女は違うだろうとこっそり視線を向ける。
現に彼女の意思はまだ変わっていない。
「じゃあ治してみよう」
セインはレイジの訴えを受けて、一つだけチャンスを与えた。それはレイジに課されたもので、今日これから高い所への恐怖を克服してもらうというもので、できない場合はヒカリに物申すと決めている。
それは単なるヒカリへの恨みではなく、被害を被ったレイジのために自分ができることを考えた結果だ。
「こんな感じで、何歩かに分けて下まで降りた」
「踏み外したら怪我するよ、こんなの」
克服のために原因の状況を再現した。街中の階段の上に立ち、途中の段まで大股で飛んで、その繰り返しで下まで降りたと語る。
一回で一番下まで降りるよりは足への負担は軽くて済むが、途中で着地に失敗すると足を滑らせより大きな怪我をしてしまいそうな危うさがある。
「……もう一回できるの?」
レイジは階段の前に両足着いて立っているだけだ。まだ開始の合図は出ていないのに、すでに彼の足が震えているのが分かる。もうこの段階で限界であり、克服どころか再現もままならないのではと不安視された。
結局レイジは飛べなかった。
「きっと一時的なものだ。すぐに治る」
「まあこのままでもいいんじゃない? 普通の人の感覚になっただけだし」
すぐには治せないが経過観察すれば改善の兆しはあると弁明するレイジ。チナツも彼に味方し、なんならこのまま恐怖症が残っている方が安全に生きていけそうだと好意的な意見を挙げる。
それを受けてセインも、いつまでもレイジを疑るわけにいかなくなって折れた。
「今回は、それでいいわ」
だが今度似た出来事が起こったら、今度こそヒカリに一言ビシッと言いにいく。そう宣言し、セインは落ち着いた。争い事にならなかったことで安堵する一方で、本当にこのままでいいのかとレイジは自分に疑問を投げた。




