523話 双子の男女
「お兄さんに化けていたこと?」
「そう、レイジのお兄さんに、春休みの間」
また次の休み時間、一ノ宮耀は他クラスの小竹燈夜を呼びにいくと廊下で質問をした。
トウヤの“ノーツ”は他人や動物に化けたり、実体の無い分身を作り出すというもの。ヒカリは彼がイタズラをして三門玲司を騙していたのではないかと考えた。
もしそうならば、死んだはずの兄に会ったというレイジの話の真相が見えてくる。
「違うよ。そもそも顔を知らないし」
しかしトウヤは無関係だと否定する。仮に兄に化けてと頼まれても、容姿を知らないので再現ができない。
「私も絵や写真でしか見たことない」
ヒカリも本人に会ったことはないと告げた。
「じゃあ実は、ボクたちには見えなかったりして」
「やだ怖いこと言わないで」
トウヤは茶化してみたが、ヒカリが想像以上に良い反応をしたので少し気分が良くなった。
「それに声は真似できない。身内ならバレちゃうよ」
「……声なら仲間と組めばできるじゃん」
トウヤは他人に化けても声は自身のままだ。黙っていれば佇まいで欺くことができても、話し声で見破られてしまう。
化けていたとしてもバレずに貫き通すことは難しいと説明する。だがヒカリは知り合いの手を借りればその欠点を補えると指摘した。
「それもそうだね」
「まあ無関係なら、この話は終わりかな」
どれだけ可能性があっても本人が否定した時点で疑っても意味はない。ヒカリは教室に戻ろうと思ったが、トウヤは彼女の変化が気になった。
「だいぶ変わったねヒカリちゃん。今まで一人でボクに話し掛けてくることなかったのに」
「そう?」
ヒカリは戻る足を止めて、トウヤの話に付き合うことにした。
「そうだよ。ボクたち入学してから同じランクの同級生だったのに」
「うん、まあ……なんか抵抗あって」
クラスは違うが、“ノーツ”のランクが同じ。同級生の括りでそれに該当するのは、ヒカリともう一人の女子だけだった。
けれども親睦が深まる機会自体があまりなかった。それはヒカリの方から、交流を広げないで固定された輪に居続けていたからだ。
トウヤもその姿勢は否定しなかったが、二年経った今になってヒカリの印象が変わってきて、これは交流のチャンスかもしれないと期待する。
「ヒカリちゃんとはまだ二人で出掛けたことなかったし、今日あたりどう?」
「いいけど」
ヒカリはよく分からないまま返事をした。このときトウヤに下心はなかったが、アラートを鳴らす着信音が二人を遮った。
「あ、電話……ソゾロ君?」
トウヤは他校のBランク、八王子漫芦からの電話だと気づき、何の用件か見当がつかず首を傾げながらもとりあえず応じる。
呟きが聞こえたヒカリは前の休み時間にソゾロに電話をかけていたので、そのとき絡みのことではないかと思い自分のスマホを確認する。
本当はヒカリに用があり、反応がなかったから居合わせていたトウヤをコールした。“ノーツ”を使って監視ができるソゾロならではの手口だが、ただの思い過ごしだ。
『何の話をしているかって?』
ソゾロはトウヤに話があったので、二人の電話はまだ続いている。トウヤは疑われないようにヒカリにも聞こえる声量で応じている。
相手が同性なので嫉妬させる心配はないが、話している相手を待たせているとは自覚していた。
『君には関係ないだろう』
そう告げて即座に電話を切った。
「良かったの?」
「ああ、まただ……」
ヒカリが心配した通りもう一度電話がかかってきたので、今度は真剣に返すことにした。
『二人でいると怪しまれる? 分かった』
ソゾロからの追伸は、会話の中身を探りはしないが人目を気にした方がいいと忠告をして通話を終えた。
トウヤは一理あると納得し、校内で変な噂が流れないよう対策を講じることにした。
「ほら、こうして話していたら関係を疑われるじゃん?」
「そうかな……でも確かに」
他愛もない話をしているだけだが、見た人がどう捉えるかは未知数だ。二人の関係が誇張された噂が広まるのは良いことではない。
「だからボクは女の子になる」
それは男女二人で会っているからであり、同性で一対一の会話をしていれば友達同士の世間話と見られる。
トウヤは佐倉満の姿に化けた。
化ける能力は服もセットにできる。女子の制服姿になったトウヤは傍から見たら普通の女子高生。これなら話を続けても怪しまれない。
「これでヨシ」
トウヤは念のためスマホに着信がないか、ポケット越しに手を当てて振動がないことを確かめる。ソゾロを納得させられたと解釈し、ヒカリとの会話を再開する。
「ユウガから話は聞いていたけど、随分変わったよ」
「うん、色んな男子に慣れたからかな」
「言い方」
ヒカリがレイジと別れてソゾロの同級生の田浦夕雅の告白を受けたことは彼の口から聞いていた。
そして同級生として、問題を起こさないか彼女のことを気にかけてとも頼まれている。
「それでボクと話すのも平気なんだ」
「そうかも」
トウヤとのコミュニケーションが問題なくできているのも、ユウガやソゾロたちと会う機会が増えた春休みがきっかけで改善されたこと。
けれども女装男子を眼前にしていることにツッコんでほしかったと残念でもあった。
「おいトウヤ!」
「やあミチル」
そこへミチルが飛び込んできた。トウヤへ物申すことがあり、その息は切れていた。
「女装している俺を見たって聞いたが、どういうことだ」
「ああ、この格好?」
トウヤを化けたミチルは女子でなく男子だ。だが顔つきや風貌が女子寄りのため、制服を着ていないと女子と間違われることがある。
体操服や水着に着替えるときは、周囲の男子から視線を逸らされる。そしてトウヤはそれを分かったうえでミチルに化けて女子生徒のフリをしていたのだ。
それをコンプレックスに感じているミチルは、歩き方や口調は男っぽくなるよう意識している。なおこの実態は“ノーツ”とは関係ない。
「仕方なかった。ヒカリちゃんと話していると変な噂流れたら困るし」
「だからってなんで俺を真似て女になる。変えろ!」
トウヤが化けていた理由はミチルにとってはどうでもよく、人に見られる前に姿を変えてほしいと訴えかける。
「違和感ないでしょ?」
「うん、てか普通に女子だと思った」
「なんだと」
トウヤはヒカリを味方につけようとする。彼女はミチルのことをよく知らないためか、化けたときの違和感がなかった。いざ本人が出てきても、彼の格好は気にならない。
「なんか双子の男女って感じ」
「本気で言ってるのか」
ヒカリは思った通りに口にしたが、ミチルは気に入らなかった。彼女が味方になってくれないと、トウヤの説得ができなくて困ってしまう。
「ていうか、声は男のままだから女装男子になりきるのが正しいんだよ」
「うるせえよ。そんなわけねえだろっ」
追い討ちをかけるようにトウヤも言い返す。彼の言い分は、外見が女子でも声色は地声のままなので、普通の女子に化けると逆に不気味だったかもしれないというものだった。
「そもそも二人で何を話していたんだ」
「ヒカリ変わったよねって話。ミチルもそう思わない?」
ミチルは説得と改善を後回しにして、遡ってトウヤとヒカリが何のために二人で集まっていたのか尋ねる。
トウヤは率直に答えつつ彼に感想を求める。
「まあユウガと付き合ったって聞いているが……確かに前と雰囲気違うかも」
ミチルもさほどヒカリと親しい関係ではなかったが、二年前に会ってから持っていたイメージと今はどこか違う感覚はあると答えた。具体的な言葉は出ず、新しい男と交際を始めたという情報を持っていたことによる先入観の影響というのも否めない。
「真面目に話すと、三門君のお兄さんはボクが化けてたんじゃないかって疑われてさ」
「ミチル君も何か知らない?」
レイジに兄がいたことさえ初耳のミチルにはまったく心当たりがない。そして自分を女装した状況で真面目に話すと言われても微塵も説得力がないと思ってしまった。
「さて、そろそろ戻ろうか」
「うん、私も」
もうじき休み時間が終わる。時間を守るという表向きの理由で変装したまま教室へ向かおうとするトウヤをミチルは見逃さなかった。
「元のお前に戻れ」
「あっバレた?」
バレてしまっては仕方がないと、トウヤは元の姿に戻る。ヒカリは二人の気さくなやりとりを見て、二人とレイジが絡んでいるところを見たことがないと感じていた。
「ヒカリちゃん、どうかした?」
「あっ、二人とも仲良いなと思って」
トウヤとミチルは顔を見合わせる。確かに付き合いは中学の頃からで、ランクも“ノーツ”が目覚めた時期も違うが、“ノーツ”が目覚めたのを機に親しくなったのは確かだった。
「中三の頃からだよね、友達になったのは」
「そうだな。あれから色々あった」
ヒカリが“ノーツ”を宿したのは高校一年生の春。それ以前にも二人の交流はあった。彼女と同じタイミングで“ノーツ”持ちとなったレイジにとっても、必然的に知らない時間を築いてきた。
「それがどうかしたか?」
「えっと、それでレイジ、二人の仲に入りにくいとかあったのかなって」
レイジは入学してから、女子とばかり接していてトウヤやミチルと過ごしている姿をあまり見たことがない。ヒカリはその理由を、レイジの立場になって考えた。
自分が知り合うより前から二人は関係を築いていた。そこに干渉できないから、対等の関係にはなれない。そんな不安から、関わりにいけなかったのではないかと考えが過った。
「三人組なのにペアを組むとき毎回同じ人が余る的な」
「その喩えはよく分からないけど……」
ヒカリの挙げるぼっちのイメージは二人に通じなかったものの、言わんとしていることは伝わった。
結局レイジの兄の真相に、ヒカリは前進できず終いだった。ヒカリはトウヤの疑いが晴れた時点で他の線を考えるべきだったのに、時間を無駄にしてしまったと反省して教室へ戻る。
代わりに得られた話も、自分は変わった、という曖昧な印象を抱かれていることだけだった。戻った席の後ろにいるレイジにも、特に伝えるお土産話はない。
どこで何をしていたのかも、心を読まれてしまっているので全部お見通し、わざわざ聞かれることもない。
教室で再会した二人は一言の会話もなく、授業開始の時を待った。
それで良いのか、頭に引っかかるところがあったヒカリは、トウヤとの約束を忘れて友達と一緒に帰宅した。夜になってもヒカリは思い出すことはなく、トウヤの方も、約束への言及はしなかった。




