620話 過程はあまり関係ない
時空間の穴を通って光線を撃ち返され、溜池彼方のスイッチが入る。心の中に宿るルミアの人格が、表に出てきた。
全身を覆うように発光し、目は赤く光り、僅かに体が浮く。まるで神様が人の肉体を介し話すときのように。
それを見て、佐倉満は麻布麻李杏のコントロールを解除した。操り人形から人間に戻り、意識が戻る。だが操られているうちの意識がなく、カナタの変化に困惑する。
「え? どういう状況?」
「カナタが撃った光線が自分に当たったの」
「その衝撃で、ルミアの人格にスイッチした」
一部始終を見ていた武蔵浦春桜と京橋慧練が、簡潔に経緯を説明する。“ノーツ”と呼ばれる特殊な力を持つ人がいるこの世界は、どんな現象が起こっても不思議ではない。だからマリアはすんなり受け止めた。
「これが、ルミア……」
だがマリアはルミアを直接見たことがない。カナタから当時の出来事を聞いたり写真を見せてもらったりして、どんなメカだったのかは知っていた。破壊力のある潜在性を秘め、その力を悪者に利用された末に破壊された、苦い思い出だと聞いている。
カナタの視界に最初に入ったのはミチル。彼を敵と認識し、浮いて直立したまま突撃した。その攻撃パターンを知っている彼は冷静に対抗する。“ノーツ”で野性を解き放ち、上昇したパワーで迎え撃った。
激突する二人。力と力のぶつかり合い。小細工なしの勝負を制したのはミチルで、両手でカナタを突き飛ばす。浮いていた体に倒れ、けれどもすぐ起き上がり浮く。まだ人格はルミアのままだ。
「元に戻すには倒すしかないから、マリアちゃんもこっちに下がってきて」
カナタを倒せば、ルミアの人格は心の奥に鎮まる。だからミチルに対処を任せて、そこに巻き込まれないよう、エレンが作った水のバリケードの中に入ることを勧めた。
カナタは一度吹っ飛ばれたのをものともせず、再び突撃する。ミチルももう一度正面からぶつかるが、一回目より重く感じた。それでも力を振り絞り、押し返す。
押し返した後の手応えから、ミチルはぶつかり合いが続くといつか自分が押し負けると察した。だからそうなる前に決着をつけて、カナタに元に戻ってもらわなくてはならないと判断する。
次の激突を警戒するミチルだが、カナタの行動は違った。彼が発した電波が、同心円状に広がる。波を食らったミチルは、頭を締めつけられるような痛みに襲われた。
その波はエレンたちにも押し寄せ、彼女たちを守る水の防壁が揺らいだ。
「始まった、カナタの電気ショック」
自我とメカとしての命令の葛藤から、信号への逆走を引き起こす。その苦しみを電波として放出し、浴びた相手は脳を痛める。
幸い、噴水が電波を遮断してエレンたちは無事だが、前線に出ているミチルは直撃してしまった。
フォローしようにも、外に出たら巻き添えになってしまうのでどうしようもない。
ミチルが踠いている間に、カナタは三度目の突撃をかます。回避も迎撃も間に合わない彼は、正面から受けて大きく吹き飛ばされた。
間髪入れず、カナタは四度目のタックルで迫る。
このままではまずい。自分の力では敵わない。そう察したミチルは、時の石を取り出して自分の時間を巻き戻した。最初の激突をする前、電波を食らう前の体力的に余裕があった頃に。
実質回復したミチルは、全力で迎え撃つ。今までの三発より重く感じたが、踏ん張って押し返し、競り合いを制した。
「次で決める」
ミチルはもう一度自分の時間を巻き戻す。激突で受けたダメージをリセットし、最後の一撃に全力をぶつける覚悟を決める。
カナタは再び電磁波を放出し、ミチルの突撃にブレーキをかける。一瞬怯むも、野性を解放して攻撃力を底上げしデバフを帳消しにして前進を続ける。
そしてカナタは、体に纏う光が淡くなった。直立して浮遊していた姿勢も乱れ、息切れする。
それでも五度目の突撃をかます。両者正面からぶつかり、拮抗する。
競り合うにつれて、お互い体力を消耗する。カナタの体はショートし、電気が漏洩する。一方でミチルは、削られる体力を時間の巻き戻しで補い、常に全力を維持する。まるで自分を、疲れ知らずのメカに変えたかのように。
そう作戦は功を奏して、競り合いはミチルが制した。両手で突き飛ばし、カナタをダウンさせる。
「今だ皆! 魂をぶつかるんだ!」
そこでミチルは水の中の仲間に支援を求めた。すると応え、各々の胸から赤や青の光が生まれる。それが各自宿す魂。それを時空間の穴で結集し、カナタ目掛けて撃ち放った。
八人の魂が、爆撃のように降り注ぐ。それがカナタへの止めとなり、二人の勝負はミチルの勝利で決着した。
「……俺は」
カナタは体を起こし、自分の声を出した。それはルミアの人格が引っ込んだ証拠。もう大丈夫だと理解したミチルは、彼の元へ駆け寄り、事情を説明した。
「光線が当たってルミアの精神が前に出ていたんだ。もう戻ったから」
「……そうか。ありがとう、元に戻してくれて」
エレンも噴水を止めて、カナタたちの元へ行く。彼が意識を取り戻し、落ち着いたところで経緯を説明した。
「……俺の未練を断ち切るために、悪者を倒したくて、そのためにルミアのフリを」
「で、釣り出す確証がなかったからミチルが悪者を演じていたのね」
ミチルがなぜルミアを操っていたのかも、知らない人がいた。彼自身もそれを目的としていたわけではなく、無計画に悪者役として乱入したらそういう目的だと思い込まれ、話を合わせることにしていたわけで、つまりは誰かの思い通りに進んだわけではない。
人それぞれがアドリブで動き、なんとなく歯車が噛み合った結果、カナタの暴走というトラブルを引き起こし、鎮まるという解決を迎えた。
過程はあまり関係ない。問題はカナタが、ルミアへの後悔を吹っ切ることができたかどうかだ。
「でも、こんなんじゃ未練は残ったままよね?」
「いや、そんなことはない」
あれだけ派手に暴れても悪者の影はない。空回りで終わり何の成果もなかったが、そもそもカナタにとっては、どうでもいいことだった。
「倒したところでルミアは返ってこないし。それにあいつは、俺の中で生きている」
ルミアが消えた過去をなかったことにすることにも、悪者への復讐にもカナタは賛同しない。居なくなったルミアは、彼の中に人格が残った。彼にとっては、それで満足だ。
「あいつの分まで俺が生きる。それでいい」
「……そうか。じゃあ余計なお世話だったね」
カナタの本心を先に聞いておけば、マリアにルミアを演じさせる必要はなかった。その事実を知ったエレンは、演技の練習は最初から要らなかったと理解する。
「私がルミアになれば、カナタの気持ちが分かると思った」
だがマリアにとっては、ここまでやって目的を果たせていなくて、モヤモヤが残っている。事の発端は、先月の文化祭で一ノ宮耀を裏切って怖い思いをさせてしまったことへの謝罪をすることだった。
だからヒカリを守ろうとしたカナタの気持ちを知りたかった。彼はヒカリを、ルミアに見立てて守っていたから、自分がルミアになれば彼の気持ちが分かり、それがヒントになると考えたというわけだ。
「でも、よく分からなかった」
「……まあ、いいんじゃないの?」
カナタはマリアの目的を前々から知っていた。以前にも彼女はルミアのフリをして現れたことがある。そのときは正体がバレてしまい騙したことを知られて気まずくなって、今回の騒動でも同じ結末を迎えてしまった。
だから何も進んでいない。そんなマリアに対して、無理に理解する必要はないとカナタは告げる。
「誰かの真似じゃなくていいってこと」
「そうね。あなた自身の気持ちを届けてあげればいい」
「私自身の……」
仮にカナタの気持ちを理解したところで、それが最善手という確証はない。むしろマリアが自分らしい謝罪を込めた方が、効果的であり、自分自身も納得するはずだとサクラは告げる。
「私もマリアちゃん自身の気持ちの方が嬉しい」
美南哀月はそう語った。その背景は単にアイリがマリアを気に入っているからなのだが、言っていることはサクラの告げたそれと同じ。
マリアが人の制御で動くのではなく、自分の意思で動く。誰かの真似を自分の意思ですることは前者に該当するわけで、それが今まで彼女がやろうとしていたこと。
それよりも後者の方が嬉しいと伝えたわけだ。
「私よりも?」
「そ、それは……比べられないよ」
欲望丸出しのアイリに、北参道天羽はちょっかいをかけた。マリアの気持ちどうこうの話ではなく、彼女と自分のどちらが大事かという全く別の観点。
「まあ、だからってこれまでのが無駄だったわけじゃねえよ」
「そうそう。むしろ良い気分転換になったんじゃない?」
とはいえここまでの試行錯誤が無駄だったとは考えない。寄り道をして拾ったものはたくさんある。ルミアの人格が前面に出たカナタを見られたのも成果の一つだ。この道のりがなければ気づけなかったこともきっとあると励ます。
「その男子二人はだいぶみっともなかったけどね」
「面目ない……」
最初にミチルと対峙したときは、女子たちを危険に晒さないよう男子二人で抑え込む計画を立てていた。だがマリアを操るミチルにいいようにやられてしまい、エレンに守られつつ、サクラや後から来たカナタ、その彼の暴走を鎮めたミチルに任せっきりになってしまったわけで、株が下がってしまった。
その自覚は二人ともあり、深く反省していた。貢献できなかったのは自分たちだけで、女子たちは危険に首を突っ込まないまま増援を呼んだり時間稼ぎをしたりして、きっちり役目を果たしてくれていた事実も拍車をかける。
「カナタはよく来てくれたよな」
「ああ。全然気づかなかったぜ」
ミチルは増援を呼ばせないようマークしていた。アゲハがスマホを持った瞬間には、マリアを嗾けて連絡させる前に手離させた。以降も怪しい素振りを見せないか監視していたが、誰かの手によりカナタの耳に入り、合流が間に合ったのは事実。
マークを掻い潜ったその手口が、ミチルは気になった。
「アゲハ、もしかしてスマホ奪ったときにはもう……」
「ええ。送信済だったわ」
アゲハが明かすからくりに、エレンたちは内心戸惑う。彼女が嘘をついたと気づいたからだ。本当は彼女が持つ“ノーツ”で蝶を伝書鳩代わりに飛ばし、カナタに合図を送っていた。
けれどもそう答えず、スマホのフリック入力の速さに物を言わせた力業だと返した。
その意図はなんとなく察した。手の内を明かさないための策略なのだと。だから誰も本当のことは言わない。
「マリアちゃんの求めている答えは、すぐに見つかると思う」
「そうね。とりあえず一件落着ってことで」
残す課題はマリアがヒカリに告げる謝罪。だがそれは皆で考えるものではなく、彼女の意思で導き出すものだと分かった。
騒動は落ち着いたので、お開きの時間だ。
「じゃあマリアちゃんの悩みが解決することと、皆の願いが叶うことを祈念して……満開!」
サクラは言霊の桜風を打ち上げた。信じる力で実現させることを後押しする力があるその花びらは、風に乗って島中に舞う。
石を返した一人の帰り道。ミチルはふと気づいた。同級生の三門玲司が、今日帰省して島を出ていることに。だが一人だということもあり、思っても声に出さずスマホでも連絡をしない。
問題ないか、と自己解決した。確かにサクラの桜には、頑張れば叶う力がある。それは半年後に迫る大学受験で効果的だ。
けれどもレイジは、読心術があるから合格は余裕だと豪語している。桜の恩恵を受けなくても、問題ないはずだと考えた。当日、心を読む力が使えなくならない限りは平気であり、そうなる条件があるなんて話は聞いていないからだ。




