619話 想像力が実現させる
『ルミアを助けて!』
蝶に乗せた声は、自室でうたた寝している溜池彼方の耳に届いた。
その声は夢の中のカナタに響き、一瞬で現実に引き戻される。
もう居ないルミアを助けてと言われても、それは叶わない。三年経った今でも受け入れられないせいで夢にまで見たのかと、カナタは自分に呆れる。
だが、何かの間違いで現実であってほしい。そんな期待を込めて、同級生に電話をかけた。
『ソゾロ? ルミアはどこだ』
かけた相手は八王子漫芦。虫を飛ばし、その虫の視界を得られる“ノーツ”を持っている、視野の広い人だ。
彼に聞けば、島の各地で起こっている出来事が分かる。
なお寝起きで頭が回らないカナタは、ソゾロがルミアを知らないことを失念していた。
現にソゾロも、誰を指しているのか分かっていない。
『二駅隣の臨台駅から南の公園』
しかしソゾロは正直に答えなかった。ルミアが誰かは知らないが、近くで知り合いが勝負しているのが見える。そこと関係している予感がしたから、嘘と自覚していながら断言した。
真面目なトーンで嘘をつく、いつもの癖が出たのだ。
『分かった。行ってくる』
疑わなかったカナタは、言われた場所に急いで向かった。
一方で、麻布麻李杏をルミアというメカに見立て勝負する人たちの現状は、男子二人のダウンにより、守る側が劣勢だ。
「次の相手は? 来ないならもう行くぜ」
佐倉満は時の石を入手してマリアを捕まえた。マリアの“ノーツ”は触れた人の思い通りに動くというもの。
ミチルに触れられたマリアは彼にとっての秘密兵器のように、操られ戦わされている。
ミチルは実際に動かして感覚に慣れてから、時の石で過去に遡り、ルミアを壊した悪者と戦うつもりでいる。
元々そのつもりはなく自分が悪者を演じて倒される気で来たが、相手に考えてもらった設定に準じることにした。
それを阻止する三郷楽阿たちのことは、練習相手としか思っていない。ラクアが敗れ戦意喪失した残りのメンバーを相手しても練習にならない。ギブアップするのなら、もう過去へ出発すると予告した。
「私が相手よ」
武蔵浦春桜が名乗りを上げた。勝負に自信はない。けれどもラクアたちが倒れた原因は自分にあるという後ろめたさから、逃げるわけにはいかなかった。
「だったら全員で」
「……順番」
サクラ一人でミチルと彼が操るマリアを相手するのは厳しい。だからいっそ残っている四人全員で挑もうと提案したが、彼女は拒否する。
その理由を聞いてサクラの意図を察した。カナタが来るまでの時間稼ぎ。そのためには一人ずつ順に出た方がいい。仮に彼が来なくても、ラクアたちの回復の時間稼ぎになる。
だが言い方を変えれば、負けを承知で孤軍奮闘するということだ。
「分かったわ。気をつけて」
特攻の一番手にサクラが名乗りを上げた。勇気を出した彼女を、見送ると決めた。
「一人か。サクッと終わらせてやるぜ」
ミチルはさっそくマリアを飛ばした。人形を手に持って飛んでいるように魅せるように、ミチルはイメージして彼女を浮かせ、空中を走らせる。
だがサクラは動じない。“ノーツ”で飛べるのは自分も同じだ。彼女は桜の花びらを纏い、飛び上がった。
マリアの突撃を空中で避けて、後方のミチルに迫る。だが彼自身も攻撃的な“ノーツ”を持っており近寄るのは危険。
けれどもそれは普段の話。野性を解放し攻撃的になる代わりに理性を失うミチルは、自身の全力とマリアの操作を両立できない。
近寄ってくるサクラを見て、ミチルは勘づいた。近接戦を誘い“ノーツ”を使わせ、野性化の代償に失った制御によりマリアを解放させ、残した三人にフォローさせる作戦なのだと。
だからミチルは、時の石を使って時空間の穴を作り、サクラの目の前に広げた。勢いあまって突っ込んだ彼女は、穴を通ってワープし、マリアの前に引き戻される。
すかさずマリアのかかと落としがサクラの背中にヒットした。華奢な体格からは想像もつかない威力。人形ゆえに持ち主の想像力でいくらでも力を盛れる性質を活かした、強烈な一撃だ。
「道具はズルでしょ!」
「勝つためだ」
時の石はミチルの力ではない。彼が友達に頼んで場所を教えてもらい、入手した借り物の力だ。一対一の真剣勝負を避けて、それを使って勝負する彼にブーイングが浴びせられる。
しかしミチルは正直に、勝つためならどんな手段も選ばないと答えた。自分一人で勝てるほど、相手は甘くない。だからマリアを操るし、ピンチと感じれば石の力にも頼る。
「あんな石、吹き飛ばして!」
サクラにアドバイスが送られる。ミチルを攻略するには、まず時の石を手離させるのが合理的。彼女の“ノーツ”なら、風を起こして石をリリースさせることが可能だ。
「聞こえているぜ。絶対離すものか」
せっかくの作戦も、聞かれてしまえば対策される。ミチルは石を風で飛ばされないよう、強く握ってトドメを刺しにいく。
そこに合わせて、サクラは突風をぶつけた。
想像以上の風力に、ミチルの力は緩み、石が飛んでいく。
「まずい!」
ミチルはマリアを操り、石をキャッチしに向かわせた。想像力が実現させる反応と動きの速さ。瞬く間に彼女は石を掴んだ。彼の迫真の叫びは、演技だったのだ。
ミチルは石をポケットにしまった。確かに常に浮遊させておけば、不意のピンチに対抗できる。だが石を喪失してしまえば、過去へ移動できなくなり、サクラたちとの勝負に勝っても目的が果たせなくなる。
そのリスクを冒さないために、相手に狙われる場所には出さないようにしようと決めた。だが使わないとは明言しない。しまったがいつ使ってくるか分からないというプレッシャーを与えるためだ。
その頃、サクラはゆっくりと立ち上がる。“ノーツ”で起こした風で体を押し上げ、少しの筋力で体を起こす。
重い一撃が入ったが、まだ動ける。
桜吹雪がサクラの体を包む。大丈夫、やれる。そんな暗示を込めた花びらが、彼女の力を引き出す。
花びらの渦に包まれながら、サクラは前へと飛び出した。ミチルとの距離が一気に詰まる。それを遮るように、マリアが割り込んだ。
サクラはマリアを避ける。だがマリアは追跡し、ミチルに近づかせない。マークするだけではなく、攻撃を当てにいく。人形ゆえにビームみたいな遠隔攻撃はできないが、想像力次第で自由自在な機動力と、尽きない体力で仕留めにかかる。
しかしサクラも一歩も引かない。先にダメージを受けた不利を気力でカバーし、マリアの動きと渡り合っている。消耗する体力は風速で補い、蹴りを避けて避けられてを繰り返す。
マリアを動かしながらその光景を傍観するミチルは、長期戦になることを危惧した。このままでは埒が明かない。自分も参戦して二人がかりで倒しにいかないと、競り合いに終止符を打てない。
そこでミチルは、石を取り出した。
ミチルは時の石でワープして、サクラの背後をとった。そして“ノーツ”を発動して暴走しない程度に野性化し、上昇したパワーを彼女にぶつける。
だが彼女が纏う花びらの渦に威力を抑えられ、決定打にならない。むしろ食らって即座に反撃する余裕があるくらいだった。
サクラはミチルの接近を体で感じると、纏っていた花びらを彼に嵐のように浴びせる。
自分を鼓舞するための優しい風は、相手を飛び込めるための痛い竜巻に変わった。
ミチルが風に閉じ込められ、マリアの動きが止まる。守りを意識する必要がなくなったサクラは、彼を追い詰めることに専念し風を制御する。
その竜巻は、外から飛んできた光線を浴びて破壊されてしまった。
サクラの勝ちが見えた頃に、光線により突然竜巻が壊された。ミチルにできる芸当ではない。何が起こったのか、皆困惑する。
そんな場に走って飛び込んできたのは、光線を撃った張本人、カナタだった。
カナタはまずルミアを探す。視界に映ったのは、ルミアの格好をしたマリアだ。ソゾロからはここにルミアがいると聞いたこともあり、彼女を本人と勘違いする。
「ルミア! 大丈夫か!?」
カナタの呼びかけに返事はない。その時点で彼は察した。
「それはマリアよ」
「……やっぱりか」
近づいて分かった。これは変装だと。それにリアクションがないのも、マリアの特徴だ。
第一もうルミアは居ない。そっくりな人がいても本物と思い込んではいけないと、改めて自分に言い聞かせる。
「というか今のカナタの仕業でしょ。サクラ勝てそうだったのに」
ルミアの真偽はさておき、カナタは意図せず問題を起こした。それは光線で竜巻を破壊したこと。おかげでミチルを倒せなかった。
カナタはルミアがここにいると聞いていただけであり、他に誰がいるかは知らず、何が起こっているかも聞いていなかった。
「いや、竜巻が見えたからつい……」
ルミアがいる所で災害が起こっている。何か起こってからでは手遅れだから、すぐに破壊した。結果、サクラが追い詰めていたミチルを手助けしてしまったのだ。
「でも助けてって声が」
「あー、それは私」
しかしルミアの声が届いたのは事実だったと話すと、北参道天羽がからくりを明かした。彼女が“ノーツ”で声真似をしただけというからくりだ。
だからルミア本人は居ない。
「助かったぜカナタ」
花びらの渦から解放され、目が回ったのも落ち着いたミチルは、皮肉を込めて礼を言う。そして彼が来ようと目的は果たすと決める。
「とにかくミチルを止めて! ルミアを連れて過去に行って悪者と戦う気なの」
ざっくりとミチルの目的を話す。一見悪い話ではないが、カナタはその目的を止めなくてはならないと考えた。第一、もうルミアに触れること自体を避けたいと思っている。
「いいよもう。ルミアは帰ってこないんだから」
「じゃあ俺を止めてみな!」
もう一度会いたいし、救いたいのはカナタの本心だ。だが過去に干渉しようとも取り戻せないし、その行為により心に傷が植えつけられる。
だからもう諦める。皆にもそうしてほしいが、ミチルはタダでは納得しない。諦めるのが本心なら、実力で示してみろと煽る。
「……お前に勝てばいいんだな?」
「俺たちに、な」
カナタの覚悟を試すには、ルミアに見立てたマリアを相手としてぶつける。ミチルが操る彼女に勝つことが、自らの手で打ち破ることが、覚悟の証明だと告げた。
目の前の相手はマリアだと分かっている。しかし容姿と挙動がルミアに寄せられており、カナタにとっては一瞬重なって見えた。
けれども冷静に考える。あれはマリア。どれだけ容姿や動きが似ていても、別人だと分かっている。
だからカナタは、手加減なんて必要ないと理解していた。
『カナちゃん』
その決断を固めた直後に揺らす、無機質な声が聞こえた。マリアが発したものではない。アゲハの仕業だ。彼女が生み出した蝶がマリアの首元に張りつき、彼女がルミアの声を真似て発した声が、首元から出力されている。
それはまるで、ルミア本人が発声しているようだった。
躊躇いで戸惑うカナタに、ミチルの指示でマリアが拳を突き出す。ロケットのようなパンチをイメージして打ち出された拳は、彼の懐にヒットした。
『決まったわっ』
連動してアゲハがアフレコする。まるでルミアが生きていてカナタを追い詰めるように演じている。その光景は、受けた一撃をより重くさせる。
「カナタ頑張って!」
サクラが桜の花びらでカナタを鼓舞する。だが彼は振り払った。自分だけの力で乗り越えなくては意味がないという思い込みから、手出しを拒んだ。
そしてマリア目掛けて、“ノーツ”を使い破壊力の高い光線を発射した。
避ければ後ろのミチルに当たるアングルを狙って撃った光線を、彼はポケットから出した時の石で防いだ。時空間の穴に吸い寄せ、ベクトルを変えてカナタにぶつけた。




