618話 想定内ではあった
「すまん、テツジを頼む」
連携が乱れ酒々井鉄道を倒された。三郷楽阿はテツジを背負って京橋慧練たちの元へ向かい、そこで休ませてもらうよう頼んだ。
エレンの“ノーツ”で周囲に噴水のベールを作っている。相手の攻撃を凌げる安全地帯だ。
「任せて」
「一人でやる気?」
動ける人はエレンを除いて三人いる。テツジが倒れた代わりに誰かを前線に出さないと、今度はラクアがやられてしまう。
相手は佐倉満と彼が操る麻布麻李杏。一人ずつ持っている特殊能力“ノーツ”の相性を鑑みて、誰が適任か考える必要がある。
元々はラクアとテツジ、二人で勝負して女子たちを痛い目に遭わせない計画だったが、一人やられた今、そうも言っていられない。
「それとも誰か呼ぶ?」
北参道天羽はスマホを取り出す。テツジの代わりに勝負できる人に電話するのも一つの策だ。
「それはズル」
その挙動を待っていたミチルは、マリアを走らせ水のベールを突き破り、アゲハのスマホを弾いた。手元を離れて吹っ飛び、地面にぶつかる。
「壁が!」
「そんなもの、破ろうとすれば破れる。想像力が最強だ」
今までマリアの攻撃はシャットアウトできていた。だがそれはエレンの力が上回っていたからではなくミチルが手加減していたから。
水の防壁を破る勢いで、とイメージして動かせば、突破は容易い。だから中にいる人たちを倒すことは簡単だ。
「でもそれじゃ面白くないじゃん。ズルしない限り、そこは安全地帯にするぜ」
そうしないのは、それでは面白くないからだ。なんでもありにすれば勝てて当たり前。だから基本、水の壁の中には手を出さない。例外はここにいない誰かを呼ぶ行為。それだけは確実に阻止する。それがミチルの決めたルールだ。
「ってわけでよろしく」
ミチルはマリアに拾わせたスマホをアゲハに返した。地面にぶつけた衝撃でケースが擦れている。
「このケースお気に入りなのに」
アゲハは愚痴を溢すが、小声ではミチルに届かない。マリアには聞こえる距離だが、人形状態では意識を持たず、返事ができない。結果、愚痴は無視された。
「増援がダメなら……」
三択だったのが、テツジのバトンを受け取る人をこの三人から選ぶか、ラクア一人に託すかの二択に絞られた。
水の壁の中で作戦会議を再開するが、アゲハはまだ秘策を隠す。
「一人でもいけるでしょ?」
まずはラクアに聞いた。テツジが倒されたのは、彼と組んで挑む前提で動いており、それが崩れた隙を突かれたから。
だから一人で勝てないとは限らない。一人なら一人なりの策で動けばいい。その策はあるか、アゲハは尋ねる。彼ならきっと、一人でも勝てると答えると思って。
「任せろ」
「さすがアイリの前だと頼もしい」
期待通り、ラクアは頷いた。その自信は好きな人の前だから出せるのだと冷やかす。別に悪いことではない。その状況で空回りされるより、本来以上の力を出せるのだから、むしろ心強いと思っているわけで。
「じゃあ行ってくる」
援軍を呼ばない限り手出しをしないといっても、いつまでも全員が水の中にいては、ミチルも黙っていないだろう。彼が痺れを切らす前に、ラクアは水の外に出た。
そしてアゲハは屈み、テツジを揺らし呼びかける。
「ねえ、次の帰りの電車は何時?」
アゲハは腕時計を見せて現在時刻を伝える。この時間に駅にいる人は何分発の電車に乗るのか、鉄道に詳しいテツジに質問した。
「快速で四十八分」
「カナタの駅まで何分?」
アゲハが“ノーツ”で飛ばしておいた蝶は、駅に到着している。見えてはいないが、距離と速度、飛ばした時間から計算してそうなる。
発車時刻を聞いたのは、その蝶を車両に乗せるため。タイミングが合わなければ轢かれてしまう。本当は自分で調べるつもりだったが、ミチルがスマホを抑えてくるのでその手は封じられた。
次に聞いたのは、その電車がいつ目的地に到着するか。その目的地は溜池彼方の家。そこへ着くには、到着時刻に合わせて外へ出なくてはならないわけだ。
「四分」
「了解」
スマホで人を呼ぶのは禁止。それはスマホだから駄目なのではなく、バレずに呼べるのなら何の手段でもいい。
アゲハはカナタに助けを求めた。操られるマリアは、ルミアというメカを模して動いている。それを止められるのは、ルミアを大事にしていたカナタだ。
「アゲハちゃん、もしかして……」
「うん。カナタに伝えてみる。家に居てくれたらいいけど……」
アゲハは自分の“ノーツ”で作った蝶を、マイク代わりに喋らせることができる。自分で発した言葉を、好きな声色で、その蝶から発する芸当ができる。
つまり彼女の狙いはカナタの家まで向かわせた蝶に、ミチルと勝負しているこの状況を知らせること。
問題はカナタの居場所が自室であることに懸けている点であり、着いたときにいなくては声は届かない。
「居るって信じましょう。そして来るまで、諦めちゃ駄目」
懸けとはいえ、やれるだけのことはやった。だからそれがうまくいったときのために、これからできることをする。
もしカナタが気づいて来ても、間に合わなくては意味がない。彼が来るまで、自分たちで時間を稼ぐ。そのためのラクアのフォローや相手の揺さぶりが、次の役目なのだ。
その頃ラクアは単騎でミチルに挑む。マリアのコントロール権は彼が持っている。先に彼を倒せば、彼女は主を失い動かなくなるので、彼女を倒す必要はない。
逆にマリアから倒すのは“ノーツ”の相性的に難しいから、ラクアはミチル狙いに専念すると決めていた。
だがそれはミチルも察している。ラクアと殴り合いになれば彼の“ノーツ”で過労し持久戦で押し負ける。それを防ぐために、人形ゆえに疲れを知らないマリアをぶつける。
マリアを操り、ラクアと肉弾戦をさせていた。そこにミチル自身は加勢しない。二対一で相手するメリットより、ラクアと接触して疲れるデメリットを重く考えて、彼女一人に任せた。
そういう心理がはたらいてタイマンになることは、ラクアの想定内ではあった。
ラクアは想定内ではあったものの、想像以上に苦しい勝負を強いられた。
相手が疲れるまで耐えて反撃するのがラクアのスタイル。疲れることがないマリアが相手では、その強みが一切活かされない。
しかし疲れないとしても動きに隙は生まれる。その瞬間を見逃さなければ勝算はあり、そのときが来るまで耐える自身はあった。
だが一向に隙を見せないマリアと、自分は消耗していく実感に、ラクアの心は折れつつあった。
気の迷いは動きにも表れる。失った自信を貪り尽くすように、マリアは攻撃を続ける。心を持たない人形に、迷いの文字はない。
「ラクア!」
ラクアが倒れる音が、水の中の皆に聞こえた。彼の窮地を見て、立ってほしい一心で呼びかけるも、ピクリともしない。
「いや、演技って可能性も」
「そうね。油断したミチルが寄ってきたら、そこがチャンスだし」
ラクアのダウンには驚かされたものの、駄目だと決めつけたわけではない。彼なりに考えた作戦とも考えられ、その可能性が残っているうちに外野が諦めるわけにはいかない。
「向こうは静かだな。これは作戦なのか?」
ラクアが倒れても動揺したり行動しない皆を見て、ミチルは怪しんだ。水の中で何やら話していたのは見ている。そのときに勝負の流れを打ち合わせしていたかもしれない。
このタイミングで倒れることは、皆には伝えてある。次の行動に出る合図が出されたのではないか。そう疑ったミチルは、ここで本能的に動いてはいけないと判断した。その結果、倒れたのを確認しに近寄るのは控えようと考えたのだ。
しばし静寂が続く。ラクアは起き上がらず、ミチルは追い討ちをかけない。倒れたラクアのそばに、マリアが棒立ちしている状況だ。
「どういう状況?」
「ラクアのダウンを、トラップと警戒しているのかも」
突如勝負が止まり、傍から見るとなぜ止まったのか分からない。だが勝負している者同士で心理戦を繰り広げているにちがいない。そう思えた。
「でもこっちとしてはありがたいわ」
ミチルが慎重に立ち回り時間をかけるのは、アゲハにとっては好都合。決着まで長引く分、カナタが間に合う可能性が高まる。
「ルミアを助けて!」
アゲハは叫んだ。時刻上では蝶が電車を降りてカナタの自宅に着いている。間違えずに辿り着けて、かつ彼に聞こえていると信じて、発した声を蝶から出した。
「……誰に言ったのかな? アゲハ」
「ラクアに言ったのよ」
叫び声はミチルにも聞こえた。こっそり誰かにヘルプを求めたのではないかと疑い、探りに出る。
だがアゲハは冷静に答えた。呼びかけた相手はラクア。倒れている彼に気づいてもらうために叫んだのだと誤魔化す。
「くたばっているとは思えねえけどよ」
彼女の言葉を彼はあまり信用しなかった。倒れたのは演技で意識はある。そう思っていた。
だがアゲハの言葉で、考えが変わった。ラクアが倒れたのは、皆にとっても想定外なのではないかと。だから倒れて焦り、起き上がってもらうべく叫んだのではないかと。
真偽を確かめるために、ミチルは追撃を決意した。執行はマリアに押しつける。ゆっくりとラクアの横へ歩かせ屈ませ、拳をうつ伏せの背中に重ねて振り上げる。
そして自分も拳を上げて、マリアに同じ動きをさせる。殴るイメージをより正確に作るために、自分と同じ動きを彼女にさせた。
そこまでしても、ラクアも誰も動かない。ぶつける直前に何かが起こってあと一歩のところで逃す、そんな展開が起こる予感がしたし期待したが、兆しは何も感じられない。
ミチルはついに拳を落とした。その瞬間、美南哀月が踏み込み足からクモの糸を展開する。触れた相手の身動きを封じる糸。敵と認識していない人には当たっても効き目がないのでエレンたちに触れても感触があるだけで影響はない。
だがその糸は肝心のミチルとマリアに届く前に、水の壁に防がれた。そして彼女の拳がラクアの背中に打ち込まれ、呻き声を上げる。
「エレン、水が邪魔よ!」
「言ってよ糸出すって!」
連携がうまくいかず揉める。
「どのみち意味ないでしょ。詰められたら弱いんだから」
アゲハはアイリの作戦が成功したとしても結果は変わらないと指摘する。糸に触れたら歩けなくなるだけで、それ以外は自分に動ける。一応“ノーツ”を使えなくさせる追加効果もあるが、マリアが意識を取り戻しミチルの操りから解放されたところでブレーキが間に合うタイミングではなく、結局パンチは防げなかったわけだから、エレンを責めても仕方がないと告げた。
「喧嘩しないで」
「だいたいサクラが飛び出してなければテツジは」
武蔵浦春桜は仲裁に入る。だが今度はサクラが責められた。彼女が水の中から出て乱入したのをきっかけにテツジがダウンした。それは事実だ。
「あれはその、二人を守ろうとして……」
飛び出した理由は、テツジとラクアがミチルとマリアに挟み撃ちになっていたから。呼んでも気づかれなかったからマリアを抑えに飛び出したのだが、そこでラクアは彼女に、テツジはミチルに意識を割いて連携が乱れ、倒された。
悪気はなかったといえど、行動が裏目に出て窮地に招いたのは確かなわけで、責められると何も言い返せない。
いきなり騒々しくなり、ミチルは困惑した。耳を傾けると責任の押しつけ合いが聞こえる。
「……仕方ない」
騒ぎを鎮めるために、もうラクアを倒してしまおうと決めた。時間をかけても、彼女たちが突破口を見出だすとは思えない。
見限ったミチルが操るマリアの拳が、再度ラクアの背中に打ちつけられる。その後、彼は動かなくなった。彼が演技で倒れているとは、誰も思わなくなった。




