617話 初期状態
「お待たせー」
「あっ、おはよう」
酒々井鉄道は同学年二人とともに京橋慧練たちの練習場所に到着した。
「あれ、サクラもいる」
「話を聞いて、混ぜてもらいたくて」
エレンたちはテツジと美南哀月は来ることを知っていたが、二人と一緒に来た武蔵浦春桜は初顔出しであり、連絡もなかったのでサプライズに驚いた。
ルミアというメカ、それを壊した悪者を倒して溜池彼方の未練を断ち切るために、操り人形になれる麻布麻李杏を使ってルミアを演じて悪者を誘き寄せる。
という計画をエレンが立てて同学年の“ノーツ”持ち何人かが協力しているという話を聞いたサクラは、そこに参加したいと希望して、テツジとアイリについてきた。
「ゲッ、サクラ」
サクラが来たと聞こえて北参道天羽は人影に隠れる。だがその際の呟きで、気付かれてしまい目が合った。
「勉強に連れ戻しにきたの?」
「違う違う。私もメンバーに入れてもらいたくて」
アゲハにとって同級生のサクラは、てっきり叱りにきたのかと思えた。だが誤解だと首を横に振る。
「だから、そこを離れた方が……」
アゲハが盾にしている三郷楽阿は、アイリの彼氏だ。現に距離の近い彼女に対し、冷たい視線を向けている。
「私の見てないところで変なことしてないよね?」
「してねえよ」
問い詰められるアゲハに代わりラクアが答えた。浮気なんてしていないと。
「自分のことを棚に上げてよく言うよ」
「は? 私何もしてないでしょ!?」
交際相手の知らない場所で異性と会っていたのはアイリも同じだとテツジは指摘する。怪しいことをしていないのは事実だが、彼が言いたいことは、証拠もないのに疑うのは良くないということだ。
「それをラクアに証明できる?」
「証明って、皆見てたでしょ!」
「そう。逆にラクアも、こっちの皆が見てた」
アイリの言うことは正しい。だからラクアの潔白は、彼といたエレンたちが証明してくれる。
「ごめんねアゲハちゃん」
「いいのよ。私がラクアに密着したのがいけないし」
勘違いだと認めたアイリはアゲハに頭を下げる。この件に関しては機嫌を悪くさせる素振りを見せた自分に非があると自覚しており、アゲハからも謝った。
「サクラがドタ参するせいで焦った」
「私!? 驚かせるつもりはなかったの……」
しかし元凶はアポなしで現れたサクラだと、アゲハは責任転嫁した悪気ない参入が思わぬ混乱を招いたことに、困惑しつつも非を認めた。
「……いや、私が来ただけで慌てるアゲハが悪い」
「だな」
サクラの気づきにラクアは深く頷く。元凶は来たサクラではなく、それを見て慌てるほどに怪しい心当たりがあるアゲハだ。だが当の彼女は不服そうだった。
「ミチルは?」
「なんか用事あるってさ」
アイリがテツジたちと会っていたことは、ラクアは知っていた。その場にはサクラの他にもう一人、佐倉満がいることも聞いていた。
だが彼だけ姿が見えないのを不思議に思いテツジに聞くと、都合が悪かったと返された。
「ミチル?」
「おう。どこに行くとかは言ってなかったけど」
名前の聞き間違いでないことを確かめたアゲハは、顎に手を当てて考える。同じく何かを察したエレンは彼女に視線を向けており、それに気づいたアゲハはアイコンタクトをとる。
その用事は、ここに来るための準備。その勘をお互いに持っていると通じ合ったが、それはまだ二人だけの秘密にした。
「何? 会いたかったのか?」
「えっ」
「いや。ルミアと取っ組み合いさせてみたら面白いかなって」
ミチルの“ノーツ”はフィジカル強化の類なので、メカとしてのパワーを演じるのに有効かと考えた、という閃いた建前でごまかした。
「確かに、七人もいて増幅系がいないものね」
「頼りない男共でごめんよ」
七人、うち二人は男子ながら、力に自信がある人がいない。二人の“ノーツ”は相手にデバフをかける類であり、強力なパワーを発揮することは不可能。
「まあそこは想像で賄えるし」
「そうね。手本を見られるのは良いことだけど」
かといっていないと手詰まりなわけではない。マリアのコントロールは想像力にかかっている。イメージが明確ならば、どんなに強い、速い人形にも変えられるのだ。
一方で実際に見れば想像が具体的になるのも事実であり、ミチルのような人がいてくれると助かるのも本音だ。
かくしてアゲハの建前は皆の信用を得た。
「お困りのようだな諸君」
空から声がした。聞き覚えがあるようで、けれどもそれはその人らしさを感じられるトーンではない。
見上げると、そこにはミチルが立っていた。体の周りに、宙に浮く時の石を漂わせて。
「用事あるんじゃ……」
「そう。ここに来るための準備という用事だ」
カッコつけて話に割り込んでいる場合なのかと心配されるが、その用事とは皆の計画に手を貸すために、時の石を手に入れることだった。
そして入手すると、石の力でワープして彼らのいる街に現れた。で、今に至る。
「準備って、その青い物体か?」
ミチルの“ノーツ”とは無縁な青白い光に視線を吸い寄せられる。遠目ではそれを石と認識できないが、普段の彼からは見られないその光が、彼の言う準備に関係しているのは何となく想像がつく。
「ご名答」
ミチルは石の力を使い、時空間の出入り口を二組作った。一つ目の入り口に手を突っ込むとマリアの顔の前の出口から手が出て、彼女を押すと後方の二つ目の大きな入り口に体が吸い込まれ、彼の横の出口から出てきた。
一瞬にしてミチルに奪われたのだ。
「取っ組み合いってのは、こうやるんだ!」
そしてミチルは“ノーツ”を使い、野性を解放して向上した腕力を武器に、マリアを殴った。それによってコントロール権を得た。
「何してるんだ!」
「力のある演技の手本を見せてやる」
コントロール権を得たミチルはマリアを操って起き上がらせ、自分に特攻させた。そして拳を振り上げさせて、自分の顎を狙わせる。それを本能で避けて、再び全力で拳を打ち込む。
取っ組み合いと言いつつも、一方的にダメージを与えるだけの圧倒的な虐めだ。
「そうはさせないわ!」
「鍛えたマリアを連れて過去に戻り、悪者退治だなんて、認めない!」
エレンとアゲハは台本を読むかのように叫ぶ。まるでミチルの目的を知っているかのような言い回しと連携に、他の五人は置いてけぼりを食らう。
「とにかく、マリ……ルミアを取り返せばいいんだよな?」
ラクアは考えた。ミチルが本気で悪に手を染めているとは考えられない。エレンの計画を聞いて、それを成し遂げるための行動だという予感はする。
だからマリアではなくルミアを捕られたことにして、やりとりをしてみた。そうすることで悪者に気づかせ、姿を見せた隙に皆で撃退する、という算段と想定し、ミチルの演技に付き合うと決めて。
「返してもらうぞ! 俺たち皆で!」
「返してか……いいだろう」
マリアをルミアのように強く演じさせるには、自分が“ノーツ”を発揮して戦うイメージを操作に反映させればいい。そう考えていたミチルだったが、ラクアの宣言を聞いて活かすアイディアを思いついた。
「ただし、こいつに勝てたらな!」
マリアを返すための条件を、自分が操る彼女に勝利することとした。彼らとの勝負によって実践を積み、彼女をより強く操れるようにする。
勝負に負けてマリアを返したら、ミチルが皆に話した当初の目的は果たせない。だが彼の本当の目的は違う。
この状況をカナタに知らせて、彼を参入させる。そして彼に勝負をさせて自分を倒してもらい、マリアを救ってもらう。
ミチル自身が、悪者の代わりを果たすということなのだ。悪者本人を見つけることは難しいから、それと違う方法でカナタの未練を断ち切るために。
「……相手は実質一人だ」
「ミチルも戦うものならコントロールする余裕はなくなる」
ラクアとテツジは状況を分析する。人数で見たら二対六、数的有利であるもののパワーに長けた二人を相手するのは厳しい。
だが二人を同時に相手取る必要はない。マリアはミチルの意思で動き、彼が全力を出すには自分の意思を捨てて本能任せになる。つまり二人が同時に全力を出すことは不可能。ならばこの六人でも勝てないことはない。
女子陣を危険な目に遭わせないためにも、極力自分たち二人で相手すると決めていた。
だが逆に言えば、守りながら勝負しなくてはならないのはハンデと言える。そのせいで、二人だけで挑むよりハードルが上がっている。
そこに気づいたミチルはマリアを動かし、まずはアイリを狙った。
思うがままに速く機敏に走るマリアの蹴りを、割り込んだラクアが肘で受け止めた。重い一撃、しかしそれは彼の“ノーツ”発動のトリガー。触れた相手を、その動きを何発もやったかのように疲労させる。
だがマリアに効果はない。人形にしろメカにしろ、疲れを知らない存在には、ラクアの“ノーツ”は無力なのだ。
動きのキレが落ちないマリアは、今度はエレンを狙いに迫る。男子たちのフォローが間に合わないが、彼女は自身の“ノーツ”で噴水を起こし、マリアを打ち上げ蹴りの軌道を逸らした。
「エレン! 女子たちを頼む!」
自力でガードできるエレンを信じ、彼女の力に頼ると決めた。意図を汲み取った彼女は、追撃を警戒しつつ女子たちを呼び寄せた。
水のベールで盾を作り、マリアの攻撃を通さない。だが彼女は粘り、体力が尽きないことを利用して、力業で突破を試みる。
「アイリ、得意の涎攻撃を」
「駄目! マリアちゃんが汚れるから」
体力が無限なら拘束するしかない。そのためにはアイリの“ノーツ”が適任だが、彼女は強く拒否した。敵と言えど相手はマリア。汚したくない思いがあった。
「リセットできるじゃん」
「記憶に残るでしょ!」
だがマリアは人形。量産型ゆえに、汚れても傷ついても、別の個体からリスタートできる。実質出荷された状態に戻るのと同じだ。
けれどもアイリは、汚した記憶がお互いに残るから強く拒む。
そんなやりとりをしている間に、アゲハは“ノーツ”で蝶を出した。そして噴水を隙間を縫って、ミチルに気づかれないよう遠くへ飛ばす。向かわせた先は、カナタの家だ。
視界の外に蝶が行くと、そこからは感覚で飛ばさなくてはならない。地形と住所を意識して、訪問した記憶を頼りに向かわせた。
「守りはエレンに任せるぞ」
「ああ! 今のうちに」
ラクアたちはエレンのフォローに助けられた。その分、攻撃に意識を割く余裕ができた。マリアが攻めあぐねているうちに本体のミチルを抑えにいく。そうテツジと決めて、同時に飛び出した。
「来たな……」
正面から迫る二人を見据え、ミチルはマリアを引き返させる。
「ラクア後ろ!」
挟み撃ちにされそうだと注意を呼びかけるが、水に遮られ声が届かない。
「私出る!」
見かねたサクラは水の防壁をこじ開け、起こした風に乗って追いかける。それを見たミチルは、マリアをUターンさせ彼女を狙う。
背後から風を感じたラクアはブレーキをかける。振り返ると外に出たサクラにマリアが迫っているのが見え、最優先は彼女のカバーだと判断を切り替える。
一方でテツジはミチルに勝つことを第一に考え、前進を続ける。二人の距離が離れていくことに、お互い気づいていない。
結果、テツジはミチルに返り討ちに遭った。“ノーツ”による野性化は軽度でも、十分な攻撃力。撃退してすぐマリアの操作に集中できる程度には自我を保っていた。
そしてサクラとラクアに挟まれたマリアは、一旦離脱させミチルの手元へ戻す。これで初期状態から、テツジ一人が欠けた状態になった。




