615話 ゼロから
三門玲司と一ノ宮耀はレイジの故郷で観光を始めた。帰省は一泊、明日には出発。行き先はメディア地区。自分たちの存在を短時間で広めるには、情報拡散に長けた人が集まる場所が最適だ。
目的地に着くまでは路面電車を利用する。乗っている間に、ひそひそ話をする乗客を見かけた。
「バレているな」
顔を見られて素性が勘づかれたのではないかと、ヒカリは心の声でレイジに尋ねる。その勘は当たっている。彼は人の心が読めても自分の心を相手に読ませることはできないので、返事は声に出した。
片や悪夢の瞳という、呪いの力を持っていたレイジ。片やレイジと付き合っていた過去があり、死ぬと一日やり直す力で物理的に殺せないレイジを無限ループという精神的苦痛に幽閉させられるヒカリ。
夢と希望に溢れたこの街に悪夢を見せるレイジを罰するため、二人とも標的にされていた。
だがそれは過去の話。レイジは悪夢の力を使い果たしも抜けの殻になったことで、島に侵攻してきた敵は撤収した。
顔を見られても通報されたり襲撃されたりしなくなったのは、もう標的にする理由がないという認識が広まったため。
事件から一カ月、潜むレイジを忘れ夢を追いかけている街の皆に、その存在を知らしめる。瞳の力を失ったとされた今、この街で平穏に暮らせるか。そのためのテストを始めに来たのだ。
移動中に民間人からSNSを通じて存在を認知されるのは好都合。自分から強く発信できるメディア地区に着いた暁には、レイジは自分の声を大勢に聞かせることができる。
メディア地区に到着した二人を待ち伏せていたのは、拳銃を構えた大人の集団。職はSPではない。
「ひっ……」
ヒカリは怯えた。先月も似た状況を経験したから平気だろうと思っていたレイジにとって、その反応は誤算だった。
囲むのではなく、扇型に正面を塞いでいる。これでは避けて反対側にいる敵を潰せない。
二年前にレイジが島で狙われたときは敵同士の潰し合いに誘導して突破したが、きっちり対策をされている。
こうなると打開策が思いつかない。
ヒカリはレイジの服の裾を握る。心の読む力がある彼なら、この状況は想定内のはず。何かしらの策は練っているはずだと信じ、彼に託した。
「……やっぱりか」
待ち伏せていると知っていて、ノコノコ現れるとは思えない。だから無駄骨を承知で待機している。連中のそんな思考を読んで、あえて正面突破を試みたレイジは、そこから意表を突いて切り抜ける計画を立てていた。
だから冷静に計画通りの動きをされるとどうしようもない。思考の乱れを誘う作戦は失敗だ。相手に依存した突破を図っていたので自力で打開はできない。そんな攻撃的な”ノーツ“は持ち合わせていないのだ。
「何がだ」
「俺から悪夢の力がなくなろうと、ヒカリを狙うのは変わらないってことがだ」
レイジは敵の狙いが自分ではなくヒカリだと知っている。そして彼女を狙う理由は先月と違う。彼を延々と同じ日を繰り返させ永遠の地獄に閉じ込める、遠回しの彼狙いではない。
ヒカリを殺して今日をゼロからやり直し、嫌な出来事をなかったことにするためだ。
「分かっているなら邪魔するな。そいつを殺して、事件をなかったことにする」
今日、この街で事件が発生した。アーティストの猥褻行為。待ち伏せの連中は、犯人のファンだ。
「リセットして、事件を未遂に抑えろ。被害者の子だって、心に傷を受けなくて済む」
本音は、好きな作品に泥を塗られたことへの逆恨みだと見透かしている。とはいえどんな理由だろうと、レイジは認める気はない。
「事件が起こる前に忠告すれば、丸く収まるんだよ!」
「それはただの一時凌ぎだ。後にさらに大きな事件を起こす」
未来を変えることがメリットしか生まないはずがない。もしそれが叶うのなら、何世紀も先、過去へ行き来できるタイムマシンが発明された未来の人が、平和のために歴史に残る事件は消しにくるはずだ。
「それを証明してみろよ!」
待ち伏せは発砲した。弾丸はヒカリの脇腹に命中。痛む部位を手で抑え蹲る彼女の手のひらは赤く染まっていく。
「……おい、守らねえのかよ」
自分で撃っておきながら、守らなかったレイジに責任を押しつける。もしヒカリの殺害に失敗すれば、殺人未遂で逮捕されてしまう。
殺して今日をやり直せば彼女の死さえなかったことにできるので、やってしまった以上は成し遂げるしか助かる道はない。
けれどもヒカリの窮地に動かなかったレイジが、その逃げ道を塞いでくる予感がする。その通りだ。完遂させるには邪魔な彼を仕留めておくべきだったが、釣り出しに失敗した。
さらにもう一発発砲する。だが焦りと緊張で震える手は狙いを定められない。他の待ち伏せは、構えていた銃を下ろす。
「おい、なんで……」
自分じゃなくていい。誰かがヒカリを撃ち殺せばいい。緊張を抑えられないその男は同士に託すも、次々と諦めていくのを見せられ、高圧的になる。
「撃てよ! 早く!」
「失敗すると察したんだ」
誰も後に続かない理由をレイジが告げた。何らかの仕掛けが施されており、撃っても殺せないものだと察したから、罪を犯す前に踏み留まっているのだと。
すでに手遅れな男を擁護する気はないのだと暗に示す。仲間意識なんて元からない。
「俺は捕まったアーティストを救いたいんだ! 事件が起こる前に戻せ!」
「嫌だ。そうすると余計大きな事件が起こる」
過去への影響は小さいという思い込みから、レイジの言い分には聞く耳を持たない。過去を変える行為そのものがいけないというのに、メリットしかないと盲信している相手に話は通じない。
「現に一人、犯罪者が増えた」
だからこの場で証明した。過去を変えようとした連中の一人に罰が下ったと。
「俺たちファンの夢を壊すな!」
「夢? そんなのすぐに忘れてしまうよ」
大好きだったものに傷がつく。それを避けるために過去を変えると主張するが、そんな心配要らないとレイジは一蹴する。悔やむのは数日だけ。それからは興味を失い、記憶から消えると予想する。
「いや、いつか思い出すだろう。同類が誕生したときの、先駆者としてな」
そして記憶が蘇る瞬間は、その人と似た事件を起こした人が現れたときだと告げる。その人とどちらがマシかなどと比較される形で。
訂正はしたものの、レイジの考えは変わらない。現実を受け止めるよう対応するだけだ。
「お前もそこで枯れていけよ」
レイジは通報した。殺人未遂犯を目撃したと。そして匿名掲示板に、男の氏名、住所、家族。心の声を聞いて得た個人情報を投稿した。
ついでに他の待ち伏せの素性も公開した。
もう逃げ場はないと思い知らせると同時に、自分が故郷に帰ってきたとアピールするために。
レイジの存在は瞬く間に知れ渡った。事件現場がテレビ局の近くだったこともあり、すぐに取材班が駆けつける。搬送されるヒカリをよそに、彼は取材に応じた。
『俺が無事なのは悪夢の力の影響じゃない。その力はもう捨てた』
レイジは瞳の力を隠す。力が復活したとバレないように、考えていた言い訳を声に出す。
『それでも俺を憎む奴は、心が狭いだけです』
銃撃事件は正義を掲げて起こったものではない。個人の衝動が招いた出来事を受け入れられない心の弱さが原因だと告げる。
その証拠に、撃ったのは一人だけで残りは自制心があった。
『そんな奴は、この夢の街から排除されて当然ですから。俺がその役目を果たした』
撃った人を見逃す理由はない。放免にしたら、また被害者が生まれるだろう。そういう類いの人は心が狭いからだ。
そして心を読む力があるレイジだから、その言葉には説得力がある。もうしませんと許しを乞う人が心からそう思っているかを見破ることができるように。
彼が切り捨てるということは、その人に反省の色が見られない。そう思い込ませることができるのだ。レイジの言ったことが真実かどうかに拘らず。
取材を終えたレイジはヒカリが搬送された病院に向かった。彼女に意識が残っているのは聞こえていたので、一切焦っていない。
それだけ浅い傷で済んだ理由を、ヒカリの病室で知った。
「これか」
ヒカリが親から借りてきた、母を演じるための指輪。観光中は本人の姿なので外していた。その指輪が服の中にあり、治療にあたり邪魔だから棚の上に退かされていた。
指輪に擦り傷がある。銃弾がこれを掠って、威力が落ちた結果だと理解した。
「この病院うるさいね」
「夢に魘される人ばかりだから。夜はもっとすごい」
ヒカリはレイジが来たことに気づき、落ち着かないと呟いた。決して強がりではない。いざ事件が鎮まったら、想像より大したことなかったと安堵している。
むしろ他の病室で喚いている人たちに比べたら、傷は痛むものの、平常心でいられる自分にホッとしていた。
「お前が持ってきたコレが、ダメージを抑えてくれたようだ」
「……嘘!?」
レイジは後悔した。今の話は言わなければよかったと、ヒカリのリアクションを聴いて感じた。
「壊れてない!?」
「いや、無傷……嘘。掠り傷がある」
嘘でも傷がないと告げればヒカリの不安は払拭される。そう思うレイジだったが、今さらごまかせないと割り切って正直に答えた。
「ほら、返す」
そして本当に掠り傷だけで割れたり曲がったりしていない証拠を見せるべく、ヒカリに手渡す。
「……ああ、これなら元からだよ」
「嘘つけ」
ヒカリはレイジの異変に気づき、それが巻き込んだせいで大切な物を傷つけてしまったことへの自責の念だと勘づいた。だからそれは杞憂だと嘘をついて元気づけようとしたが、嘘を見抜ける彼を相手に通用する手ではない。
「……ごめんね。せっかくの旅行を台無しにして」
「気にするな。これも計画のうち」
帰省は一泊二日。気づけば一日目が終わろうとしている。退院する頃には、島に帰らなくてはならない。
ろくに観光地を回れないまま、この街初めての旅行が終わってしまうことを、ヒカリは嘆き、レイジに謝る。
だが彼は気に留めていない。自分に危険が迫ればヒカリを囮にするのは予定通りだったからだ。
「やっぱり私、狙われるのかな」
ヒカリの“ノーツ”には、条件を満たせば彼女を殺すとその日が明日もやってくる効果がある。その存在が拡散されれば、博打や事故で後悔した人たちが挙って首を獲りにくる。
しかし全員が満足した一日が作れるはずはない。例えばスポーツの試合があればどちらかは敗北するわけで、やり直しても敗者が変わるだけ。強いていえば試合そのものを中止にさせることが丸く収める最適解だ。
つまり終わりがない。
「もう大丈夫だけどな。この街なら」
終わるのを待つことができないのなら、自らの手で終わらせる。レイジはヒカリが倒れている間に取材を受けて宣言していた。
「脅しておいた。狙おうとすれば通報するってな」
読心術を活かして、野心の芽を潰す。それを成功させた実績がある。
どんな理由であろうと今日をやり直そうと願うのなら、二度と社会で生きられないくらいの思いをさせる。そう警告しておいた。
「……でも、よかった。レイジが無事で」
ヒカリはレイジの言葉に安心とまではいかなかったものの、一方で彼に危害が及ばなかったことにはホッとした。これなら高校を卒業して故郷に戻っても、彼は気兼ねなく暮らしていけるだろうと思えると、半年後に迫る別れの瞬間を想像してしまった。
「明日は予定通り戻る」
ヒカリを守るために、レイジは徹夜で見張らなくてはならない。体への負担が大きいから、長居するのはリスクがある。
そんな本音は隠しておいて、淡々と指示を出す。表向きの言葉だけを受け止めたヒカリは小さく頷き、眠りについた。




