614話 悪しき夢は切り捨てる
「うわっ、黒こげ……」
三門玲司の父親の運転で彼の実家に到着した。窓から見える彼の家は、二年前に砲撃を受けて丸焼けになったままで、一ノ宮耀は唖然とした。
「まさかここが……」
「我が家だ」
勘違いであることを願うヒカリに対して、レイジは無情に現実を突きつける。
「別に、お前には関係ないだろ」
「……私の大学生活が」
故郷の大学へ行くというレイジについていく気だったヒカリは、彼の家に居候して一緒に通う案も妄想していた。しかし到底暮らせるような環境には見えず、夢を壊され硬直した。
そんな未来を迎えることはないと決めつけるレイジは、気にも留めない。ヒカリとの縁は、高校を卒業する今年度で終わらせるつもりなのだから。
「街の様子はどうだ?」
「俺に殺意を向ける人は、居ません」
父親はレイジに聞いた。悪夢の瞳を失ったことで、街の人々に許されたかどうかについて。
レイジは人の心が読める。だから周囲の心の声を聞いて、向けられている感情を察知できる。リアルタイムで彼のことを考えて、見かけた暁には通報して処刑しようとする人は一人もいない。前とは全然違う。
「そうか」
父親は信じた。だがレイジの答えは確実ではない。敵意を感じられないのは、そもそも考えていないから。ゴキブリ嫌いな人が、笑顔で趣味に没頭していて黒い塊を見かけたとき豹変するように、本人を前にしたら思考が切り替わる可能性がある。
そこをはっきりさせないうちは許されたと断言できない。そう考えるレイジだが、言及はしなかった。事実とはいえ曖昧なことまで言って不審に思われるのは良くない。
最小限の情報だけ出力して、無難に会話を終える方が合理的と考えるためだ。
「父上。悪夢の瞳を取り戻すには、どうすれば」
「それは家で話す」
レイジは皆の前に現れて反応を見る必要があるが、その前にすることがある。それは失った力、悪夢の瞳を手に入れること。
今のレイジは右目が見えない。それは幼少期からの病気によるもので、瞳に赤い光を浴びて悪夢の力を得ると同時に視力を得た。
片目が見えない体では父親は納得しない。だからレイジは力を取り戻し、完全な人間になると決めた。
だが力が復活したことは街の人々に知られてはいけない。試すべきは力を得た後、それを隠せるかどうか。
だから街に出る前に、力の在り処を尋ねた。質問が聞こえた父親の脳内に答えを浮かばせて、それを読心術で察知するために。
「何だって?」
「分からん」
心の声を聞けるのはレイジだけ。ヒカリは彼が何を聞いたか尋ねるが、彼の答えは不明とのこと。
レイジが分からないなんて言うはずがない。何らかの事情があって話せないのだと察したヒカリは、自力で探りに出る。
「お父さん、どうすればレイジの右目は」
「家に実験室がある」
父親はレイジへの返答以上に詳細な情報をヒカリに対して告げた。だがヒカリは疑問を浮かべる。瞳の力の源を探す機械でも持っているのかと想像して、後を追っていった。
「着いたぞ。さあ、この光を浴びろ」
父親が見せたのは、悪夢の力を瞳に宿させる、そのために必要な赤い光を放つ機械だった。
「これは一体……」
「赤い光を撃ち出す台だ。レイジ、お前がかつて浴びたものをな」
ヒカリは混乱した。レイジは悪夢の力を宿した原因は空から降ってきた赤い光を目に受けたからだと言っていた。その光の出所は、心が読める彼でさえも分からないと言っていた。
その根源、光の発射台がなぜレイジの実家にあるのか。一体どんな背景が隠れているのか、見当もつかない。
ただ直感した。この父親は危ないと。
「どうして黙っていたの!?」
ヒカリはレイジに問い詰める。故郷で彼を苦しめ、先月は島で自分を苦しめた元凶が、なぜ彼の実家にあるのか、それをなぜ教えてくれなかったのかと。
レイジは返答に悩んだ。彼も知らなかった。それが事実だからだ。
心が読める力は万能ではない。“ノーツ”には様々な性質がある。他人の“ノーツ”を無効化する“ノーツ”を持つ人に読心術は通じないのがその具体例だ。
その類の力のせいで、レイジは小学生の頃に兄を亡くしていた話を五年以上知らないままだった。この機械の存在も、それと同じ理屈で封印されており、この場で初めて明かされたもの。
そう正直に答えるか考えるレイジだが、あえて嘘をついた。どの情報を得られてどの情報を掴めないかはヒカリに伝えることはできない。
「逃げないようにするためだ」
その結果、ヒカリをここまで連れてくるために黙っていたということにした。
「さあ目を開けろ」
「待って!」
前髪で瞳を隠すレイジは、瞼を開いているかが他人には分からない。父親は目を開けて立つよう命令すると、ヒカリは咄嗟に彼を庇うように立ちはだかった。
「どういうこと、ですか! この機械、何のためにあるんですか!」
レイジより背は低いものの、彼以上に威圧感がある。ヒカリは震える声で、彼の父親に向き合った。
「こいつは、夢を叶える機械だ」
正当な目的を持って使われているものだと父親は語る。
「この街は夢を叶えるために力を入れている」
オフィス、メディア、ファッション。様々な分野のエリアを設けたこの街は、小学校からいくつもの学科を設置しており、学力以外の面からも若き個性を開花させることを支援している。
「だがすべての夢を叶えてはいけない。それが許されるのなら、独裁者に溢れてしまう」
叶えていい夢といけない夢がある。後者は世界征服、革命、戦争など己の野望のために犠牲を生む夢のことだ。
「悪しき夢を破壊し、正しい夢を守る。そのための機械がコレだ」
「そのせいでレイジは、街の皆に酷いことを」
父親の主張は一理ある。けれどもそのためにレイジがずっと辛い思いをしていたと思うと、やるせない気持ちが湧いてくる。
「押しつけたわけじゃない。私は無差別にこの光を放った。浴びた人の中でレイジだけが成功した。素質があったのだ」
レイジ一人に押しつけるつもりはなかったと父親は話す。適性があったのが彼だけだったので結果的には一人で背負うことになったのだが、それはあくまで結果論。
「中には失敗した人もいる。そいつらは今も悪夢に魘されているが、価値のない人間など寝かせておけばいい」
適性がなかった人は切り捨てた。そう言い放つ。ヒカリの知り合いにその立場の人がいるわけではないが、一歩間違えばレイジがその中に含まれていたかもしれない。
そう思うと、その計画には文句をつけたい。
「価値がないなんて、なんでそんなこと……」
「世の中には邪魔な人間がいる。休載だらけの漫画家が居座ってデビューできない天才が消える。部活を続ける気のない学生に時間を割かれ実力を伸ばせないホープが埋もれる。そんな世界では、夢いっぱいにできない」
ヒカリも心当たりがある。“ノーツ”を持つ自分は、“ノーツ”を持たない先輩に気に入られず部活動を引退した。続けていれば開花して有名人になっていたかもしれない。
その人たちがレイジの父親の言う邪魔な人間なのだろうと考えてしまった。
「そのための力を持つ人を失えば、この街は破滅を迎える。君が描くキャンパスライフも巻き添えだ」
「私のキャンパスライフも……」
ヒカリにも想像がつく。大学を中退する人に点数で負けて入試で落ちる。そうなる前にその人の受験を阻止して自分の夢を守らなくてはならない。
「どうぞやっちゃってください!」
ヒカリは自分の願いのためにレイジを羽交い締めにした。元から逃げる気のなかった彼は抵抗しないが、だからこそ邪魔なので離れてほしいのが本音だった。
「発射」
父親は機械のスイッチを入れて赤い光を放出した。前髪で隠れたレイジの右目に突き刺さり、ヒカリは固唾を飲んで見守る。
そのとき彼女はフラッシュバックした。二年前、この光を浴びて苦しんでいたレイジの姿が。そのとき彼女は無心で飛び込み、彼を庇って数日昏睡状態に陥った。
そしていつの間にか、同じように体が動いていた。赤い光から解放するように、手を伸ばして突き飛ばしに動く。
その手をレイジが掴んだ。踏ん張り、ヒカリを抑える。二年前と違い体力に余裕があるので、対処が間に合ったのだ。
そのまま光は収まった。
「終了だ」
エネルギー切れではなく完遂による停止だと父親は告げる。解放されたレイジは、蹌踉めくも堪え、体勢を整えた。
「見えるか?」
「はい、父上」
視力を手に入れた、と宣言しても証明しようがない。心の声を聞く力で、見なくても状況が分かるレイジに、指を見せて何本か当てるようなテストは意味を成さない。
「これは?」
「スペードの三」
「えーと、当たり」
そこでヒカリは閃いた。トランプを取り出し、表を見ずに一枚取ってレイジに見せた。何の柄を取ったかは、直接見た彼にしか分からない。
答えを聞いた後に自分で見ることで、見えていることを確かめた。心を読む力は、誰かが知っている情報しか拾えない。その性質を活かした検証というわけだ。
「父上。この機械は」
「ここに残す。処分はしない」
悪夢の力を取り戻し、証拠を隠すために破壊するのか尋ねた。だがまだ保管しておくと聞き、少し悩んだ。
もし見つかってしまえば、瞳に力を取り戻していると勘づかれてしまいそうな気がしたからだ。とはいえ隠滅しようにも、そんな破壊力に長けた力は持ち合わせていないので、隠そうにも隠せないが。
「街を回ってくるといい」
「分かりました」
力を得ることがゴールではない。力を得てなお、失っているかのように欺けるかを試すこと、そして街の人々が、力を失った自分を見て敵意を向けてこないかを確かめることが目的だ。
それは決してレイジに限った話ではない。敵意を向けられたのは、ヒカリも同じだ。
「変装を解いて街に出るぞ」
「分かったわ」
ヒカリにとっての検証は、彼女の素顔で行う必要がある。レイジの母を演じる髪型や服装を戻してから出発だ。
「彼女が一ノ宮耀か」
着替えている間、レイジは父親と会話をした。父親が初めて会ったヒカリ、まだ素顔を見ていないし部屋が暗くはっきり見たのは車に乗っている間だけ。だが性格や彼との接し方から、人物像が見えつつある。
初対面だが、知っている口ぶりなのは、母から情報が回っているからだ。その母に話したのもレイジ本人。
「父上。俺はあいつと昔会ったことはあるのですか」
だがそれ以前から知っているのかもしれない。レイジは父親に尋ねた。遠い昔に出会ったことがないかと。
「なぜそう聞く」
「運命の相手じゃなければいいから」
もし過去に会っていたら、ヒカリの理論を崩せる。彼女のいう運命の相手は幼少期をともに過ごしたことがない人。だからもし会っていれば、自分は違うと思わせられると期待した。
そしてその答えは声に出さず、心の声で告げられた。
「私が気にかけるのは別の理由だ。私の計画において、彼女は最も邪魔な力を持っている」
ヒカリの“ノーツ”を使えば、誰でも一日をやり直せる。無数の人が理想を求めたら、いつまでもやり直すことになり日が進まない。
叶えるべき夢を叶え悪しき夢は切り捨てる思想からすれば、納得の考えだ。
「彼女と、その力を使う人は」
ヒカリ本人は、その力を利用しない。やり直しても記憶に残らないからだ。なら父親にとっての邪魔者は、彼女の力を利用する人。
「大丈夫です。そいつらは俺が抑止していますから」
レイジは悪意の芽を潰している。ヒカリを狙う意思を察知したら、すぐに手を打ち未遂にさせる。通報するなり、弱みを握るなどして。
過去を変えると当初以上に過酷な未来が待っていることを、身をもって知ったから。




