何を探して
森の奥へ進むにつれ、周囲の景色は少しずつ変わっていった。
木々はさらに密集し、頭上を覆う枝葉によって、地上まで届く光もわずかになっている。足元には湿った土と枯れ葉が積もり、風が吹くたびに、木々のざわめきが森の奥へと流れていった。
エデンたちは、エイリエアが通った痕跡を頼りに進んでいた。折れた枝。踏み荒らされた草。そして、ところどころに残された地面の傷跡。エイリエアの長い身体が通り抜けた場所には、周囲の自然を乱した痕跡がはっきりと残っていた。
「……この先ですね」
先頭を進んでいたドロイが足を止め、前方を見つめた。
エデンたちも立ち止まり、彼の視線の先を追う。木々の隙間。その向こうに、異様な姿が見えた。エイリエアだった。
長い胴体を地面に這わせ、無数の腕を動かしながら、何かを探すように周囲をうろついている。木の根元に手を伸ばし、地面を探り、少し移動してはまた同じ動作を繰り返す。
「……どこ」
エイリエアが呟いた。
一本の腕が地面を撫でる。別の腕が近くの茂みをかき分ける。何も見つからなかったのか、エイリエアは再び身体をくねらせ、少し離れた場所へと移動した。
「どこ……」
また、同じ言葉。その声には、先ほどまでの激しい叫びとは違う、奇妙な響きがあった。
エデンは、思わずその場に立ち尽くした。何を探しているのか。何のために、これほどまでに探し続けているのか。
エイリエアの行動を見ていても、その答えは分からない。目を覆う手も、長い胴体も、無数の腕も、すべてが異様で、エデンには理解できないことばかりだった。
それなのに。
「……どこ」
何度も繰り返されるその言葉を聞いていると、胸の奥が妙にざわついた。
エデンは、エイリエアから目を離せなかった。何かを探している。見つからないものを、必死に探し続けている。
その姿に、エデンは自分と似たものを感じていた。ジエル。エイリワスとの戦いのあと、海へ落ちていった仲間。あれから何日も経った。ECOの隊員たちが捜索を続けても、ジエルの姿は見つからなかった。流鹿も、これ以上の捜索は難しいと判断した。それでも、エデンは諦められなかった。ジエルは死んだ。そう告げられても、エデンにはどうしても信じられなかった。だから、探し続けている。どこかにいるはずだと。まだ会えるはずだと。そう信じて、今日も森や海岸を歩き回っていた。
「……どこ」
エイリエアの声が、再び聞こえた。エデンはゆっくりと拳を握りしめた。
もちろん、エイリエアが何を探しているのかは分からない。ジエルと同じように、誰かを探しているのかどうかさえ分からなかった。
ただ、見つからない何かを求めて、何度も同じ言葉を繰り返すその姿が、今の自分と重なって見えた。
「エデンさん?」
隣にいた亜爆が、静かに声をかけた。
エデンはすぐには答えなかった。
視線の先では、エイリエアがまた少し移動し、木の根元を探っていた。何も見つからない。それでも、探すことをやめようとはしない。
その姿を見つめながら、エデンは小さく息を吐いた。
「……あいつ、何を探してるんでしょうね」
問いかけるような呟きだった。
亜爆はエイリエアを見つめたまま、少しだけ沈黙した。
「さあ。私にも分かりません」
それ以上、亜爆は何も言わなかった。
エデンも、それ以上は尋ねなかった。
分からないことは、いくら考えても分からない。
今の自分には、目の前の進化個体が何を求めているのか、知る術はなかった。
それでも、エデンはその場を動けずにいた。
探しても、探しても、見つからない。
それでも、探すことをやめられない。
その気持ちだけは、痛いほど分かる気がした。
「……どこ」
エイリエアは、エデンたちが近くにいることにも気づいていないかのように、森の中をさまよい続けていた。
「……どこ……どこ……」
何度も繰り返される呟き。長い胴体を地面に這わせ、無数の腕で周囲を探るその姿に、エデンはしばらく目を奪われていた。しかし、いつまでも見ているわけにはいかない。
エイリエアをこのまま放置すれば、再び森の外へ出て暴れ始めるかもしれない。先ほどの戦闘で見せた攻撃の激しさを考えれば、周囲への被害も無視できなかった。
ドロイと亜炭も、いつでも動けるように身構えながら、エイリエアの様子をうかがっていた。
ドロイは手元に鉄の剣を構え、相手の動きに注意を払っている。亜炭も銃を持ったまま、攻撃を仕掛けるタイミングを見極めていた。
だが、エイリエアの身体には無数の腕がある。正面から近づけば、それらの腕による攻撃を受ける危険が高い。先ほどの戦闘でも、複数の腕を使った攻撃には苦戦させられた。
「……俺が拘束します」
エデンが小声で告げた。
亜爆がエデンへ視線を向ける。
「拘束?」
「はい。リミットストリングで動きを封じます。その隙に、みんなで攻撃してください」
エデンの能力なら、相手の動きを制限できる。エイリエアの腕が多い以上、完全に動きを封じられるかは分からない。それでも、攻撃の機会を作ることはできるはずだった。
ドロイは静かに頷いた。
「分かりました。拘束が成功したら、すぐに攻撃します」
「私も合わせます」
亜炭も同意する。
亜爆はエイリエアから目を離さず、短く告げた。
「タイミングを合わせましょう」
エデンは頷き、息を整えた。
そして、エイリエアがこちらに背を向けた瞬間、静かに前へ出た。
「リミットストリング!」
黒いエネルギーがエデンの手元から伸び、エイリエアへ向かう。
紐は長い胴体や腕に絡みつき、次々とその身体を拘束していった。エイリエアが異変に気づいたときには、すでに身体に巻きついていた。
「……ど、こ?」
エイリエアが動きを止める。
次の瞬間、全身を大きくくねらせ、拘束から逃れようと暴れ始めた。
「どこ! どこ……!」
無数の腕が激しく振り回される。地面を叩き、木の幹を掴み、絡みついた紐を引きちぎろうとするように動く。
エデンは両手に力を込め、必死に拘束を維持した。
「くっ……! こいつ、すごい力だ……!」
紐が引っ張られ、エデンの身体がわずかに前へ引きずられる。エイリエアの腕が一本、また一本と激しく動き、周囲の草木をなぎ払っていく。
それでも、拘束はまだ解けていなかった。
「今です!」
エデンの声が森に響く。
ドロイがすぐさま動いた。手元に握っていた鉄の剣を構え、エイリエアの動きを見定める。拘束された身体が激しく揺れる中、ドロイは狙いを定めると、剣を力いっぱい投げつけた。
鉄の剣が空を切り、エイリエアへと飛んでいく。刃がその身体に突き刺さり、エイリエアの動きが大きく乱れた。
「どこ……っ!」
叫び声が森に響き渡る。
続いて、亜炭が前へ出た。
彼女は銃を下ろすと、エイリエアへ向けて片手を構えた。
「烈火擦操」
指を鳴らす。乾いた音が響いた直後、炎が生じた。炎はエイリエアへ向かって放たれ、拘束された身体を包み込むように燃え上がる。揺らめく炎が周囲の木々を照らし、森の暗がりを赤く染めた。
エイリエアはさらに激しく暴れた。
「どこ!どこぉっ!」
炎の中で無数の腕が動き、身体に絡みついた紐を引き剥がそうとする。エデンは歯を食いしばり、なんとか拘束を維持し続けた。
そのとき、亜爆も攻撃に加わった。
「爆撃手!」
能力によって爆弾を生成し、エイリエアへ向けて投げつける。爆弾は炎の揺らめく中を飛び、エイリエアの近くへと落ちた。
エデンは一瞬だけエイリエアの様子を確認すると、すぐさま能力を解除した。
「リミットストリング、解除!」
黒い紐が消え去る。拘束から解放されたエイリエアの身体が大きく傾いた、その直後だった。爆発が起きた。轟音が森の奥まで響き渡り、爆風が炎と煙を巻き上げる。周囲の木々が激しく揺れ、地面の枯れ葉が一斉に舞い上がった。エデンたちは爆風を避けながら、エイリエアのいた場所を見つめた。
拘束、剣による攻撃、炎、そして爆発。四人の攻撃が、ほぼ同時に叩き込まれたのだ。煙が立ち込める中、エデンは警戒を解かずに拳を握りしめた。
これで倒せたのか。それとも、まだ動けるのか。
煙の向こうから、エイリエアの声が聞こえてくるのを、彼らは息を潜めて待った。




