大量の手
エイリエアの腕が、エデン目掛けて振り下ろされた。
エデンは咄嗟に腕を交差させる。黒いエネルギーが全身を覆い、瞬く間に鎧のような形を作り上げた。
リミットナイト。
直後、凄まじい衝撃がエデンを襲った。
「ぐっ……!」
エイリエアの腕がリミットナイトに直撃し、周囲に鈍い音が響き渡る。エデンの足元の地面が砕け、土煙が舞い上がった。全身を覆う鎧が衝撃を受け止めるものの、その威力は決して小さくない。エデンは歯を食いしばり、両足で地面を踏みしめながら攻撃に耐えた。
「重い……!」
エイリエアは攻撃を止めなかった。一本の腕を振り下ろした直後、別の腕が横から迫る。さらにもう一本が頭上から襲いかかり、エデンの逃げ道を塞ぐように連続して打ちつけられた。
そのたびに、リミットナイトが衝撃を受け止める。
一撃ごとに身体が揺さぶられ、足元の地面が削れていく。防御に徹しているだけでは、いずれ限界が来る。エデンにもそれは分かっていたが、ここで防御を解けば、続けざまに迫る腕をまともに受けることになる。
「エデンさん!そのまま耐えててください!」
ドロイはエイリエアの動きを見極めていた。エデンが攻撃を引きつけている今なら、別の方向から仕掛けることができる。
ドロイは片手を前へ出した。
「鉄鋼製作」
能力を発動させると、手元に鉄が生み出され、形を変えていく。刃が形成され、柄が整えられ、やがて一本の鉄の剣が完成した。
ドロイはそれを握りしめ、エイリエアへと駆け出す。
エイリエアはエデンへの攻撃に集中していた。何本もの腕が次々と振り下ろされる中、その一部がドロイの接近に気づいたように動く。
一本の腕が、横薙ぎに迫った。
ドロイは足を止めず、身体を傾けてその攻撃をかわす。腕が目の前を通過し、強風が頬をかすめた。続く腕が地面を叩くより早く、ドロイは間合いを詰める。
「こちらも、お相手しましょう」
鉄の剣を構え、エイリエアの胴体へ向けて斬りかかった。
刃がその身体を捉える。ドロイはすぐさま距離を取り、反撃に備えた。
エイリエアの動きが乱れる。
「どこ……! どこ……!」
探し求める言葉を繰り返しながら、エイリエアは身体を大きくくねらせた。周囲に生えた腕が、ドロイを追い払うように一斉に動き始める。
ドロイは鉄の剣を握り直し、迫る攻撃を警戒した。
その一方で、亜炭は銃を構えていた。
エデンとドロイが前線で戦っている。自分まで不用意に接近すれば、味方の動きを妨げかねない。亜炭は十分な距離を保ちながら銃口をエイリエアへ向け、狙いを定めた。
照準の先では、無数の腕が絶え間なく動いている。
エデンが攻撃を受け止め、ドロイが隙を突いて斬り込む。その間を縫って射撃するには、味方の位置とエイリエアの動きを正確に把握する必要があった。
亜炭は呼吸を整え、引き金に指をかける。
「援護します」
銃声が森に響いた。
弾丸がエイリエアへと飛び、乱れ動く腕の隙間を抜けていく。
エイリエアは身をよじり、複数の腕で攻撃を続けながら、今度は銃声のした方向へ顔を向けた。
「……どこ?」
その声とともに、一本の腕が亜炭のいる方向へ振り下ろされる。
「っ……!」
亜炭はすぐさま横へ飛び退いた。直後、腕が地面を叩き、土や小石が周囲へ飛び散る。
間一髪で攻撃を避けた亜炭は、体勢を立て直して再び銃を構えた。
エデンはその様子を視界の端で捉えながら、リミットナイトで攻撃を受け止め続けていた。
「このままじゃ、みんな近づけない……!」
エイリエアの腕は一本一本が厄介な武器となっている。攻撃の手数が多く、どこから襲ってくるのか予測しづらい。エデンが防ぎ、ドロイが斬り込み、亜炭が援護しても、簡単には突破口を見いだせなかった。
それでも、誰も退こうとはしない。
エデンは鎧の内側で拳を握りしめ、次の攻撃に備えた。
この進化個体を止めなければ、被害はさらに広がる。
そのためにも、まずはエイリエアの攻撃をしのぎ、反撃の機会を作る必要があった。
エデンがエイリエアの腕を受け止めている間、亜爆は攻撃の機会をうかがっていた。
エイリエアは目を覆う手を動かすこともなく、ただ「どこ……どこ……」と繰り返しながら、目の前の敵へ無数の腕を振るっている。一本の腕が地面を叩けば、別の腕が木々をなぎ払い、さらに別の腕がエデンへと襲いかかる。攻撃の手数が多く、隙を見つけるのも容易ではなかった。
だが、エデンがリミットナイトで攻撃を引き受けている今なら、狙いをつけることはできる。
亜爆は片手を前にかざした。
「爆撃手」
能力を発動すると、手元に爆弾が生成された。亜爆はそれを確かめるように一瞥し、エイリエアの動きを見定める。
エデンが次の腕を受け止めた瞬間、亜爆は爆弾を投げた。
爆弾は弧を描いて飛び、エイリエアの胴体の近くへ落ちる。
「エデンさん、離れて!」
亜爆の声が響いた。
エデンはすぐさま身を引こうとしたが、エイリエアの腕が行く手を塞ぐように振り下ろされる。リミットナイトで受け止めるか、攻撃を避けるか。一瞬の判断を迫られたエデンは、鎧で腕を弾き、爆弾から距離を取った。
次の瞬間、爆発が起きた。
轟音とともに炎と煙が広がり、周囲の木々を揺らす。爆風が地面の土を巻き上げ、エイリエアの長い胴体を大きく揺さぶった。
「どこ……っ!」
エイリエアの叫びが途切れる。
無数の腕がばらばらに動き、身体が大きく傾いた。爆発によって生じた隙は、ほんの一瞬だった。しかし、エデンにはそれで十分だった。
全身を覆っていた黒い鎧が消えていく。
リミットナイトを解除したエデンは、すぐさま拳を握りしめた。防御から攻撃へ。力の切り替えに迷いはなかった。
「リミットフォース!」
身体の内側から力が湧き上がる。
エデンは地面を蹴り、煙の中へ踏み込んだ。爆発で体勢を崩したエイリエアは、まだ立て直せていない。長い胴体が地面へ傾き、複数の腕が支えようと動いていた。
その隙を逃さず、エデンは一気に間合いを詰めた。
「これで……!」
拳を強く握り込み、全身の力を乗せて打ち込む。
重い一撃が、エイリエアの胴体を捉えた。
鈍い衝撃音が森に響き渡る。エイリエアの身体が大きく吹き飛び、地面を転がった。周囲の土が跳ね上がり、折れた枝があたりに散らばる。
エデンは拳を引き、相手の様子をうかがった。
これだけの一撃を受ければ、少なくともすぐに反撃してくることはないはずだ。
だが、エイリエアは倒れたままではなかった。
「……どこ……どこ……!」
苦しげな声を漏らしながら、長い胴体を起こしていく。無数の腕が地面を押し、身体を支える。その動きには先ほどまでの勢いこそなかったものの、まだ戦闘を続けられるだけの力が残っていた。
エイデンたちが警戒を強めた、そのときだった。
エイリエアは突然、エデンたちに背を向けた。
長い胴体をくねらせ、地面を這うように移動し始める。無数の腕が次々と地面を捉え、その身体を森の奥へと運んでいった。
「逃げる気か……!」
エデンは追おうとしたが、エイリエアはすでに木々の間へと入り込んでいた。長い胴体が幹の向こうへ消え、最後に何本もの腕が枝葉を揺らす。
やがて、その姿は森の奥へと消えていった。
残されたのは、爆発の跡と、戦闘によって荒れ果てた地面だけだった。
「追いましょう」
亜爆が短く告げた。逃がしてしまえば、再びどこで暴れ出すか分からない。エイリエアが何を探しているのかも不明なままだ。
エデンはすぐに頷いた。
「はい」
リミットフォースを解除し、エデンは森の奥へ視線を向ける。
ドロイは鉄の剣を構え直し、亜炭も銃を持ち直した。全員が周囲への警戒を怠らないまま、エイリエアの逃げた方向へと走り出す。
木々が密集する森の中は、先ほどまでの戦闘場所よりも視界が悪かった。枝葉が道を覆い、足元には根や倒木が入り乱れている。エイリエアの長い身体が通った跡だけが、草木の乱れとなって残されていた。
エデンたちはその痕跡を追い、さらに森の奥へと進んでいく。
エイリエアの姿は、まだ見えない。
それでも、彼らは足を止めなかった。




