エイリエア
エデンと亜爆は、今日もエリア・オズの森を歩いていた。
ジエルが消えてから、すでに何日も経っている。ECOの捜索は打ち切られた。それでもエデンは、毎日のようにこの場所へ来ていた。
海岸を探し、森を探し、崖の周辺を探す。少しでも何か手掛かりが残っていないか。そんな僅かな可能性を信じて、エデンは歩き続けていた。その隣には亜爆がいる。
亜爆もまた、何も言わずにエデンへ付き添っていた。
「……ジエル」
エデンが呟く。その時だった。遠くから、何かが壊れるような音が響いた。
森の中を揺らすほどの大きな音だった。
エデンと亜爆が同時に顔を上げる。
「……今の音は?」
亜爆が周囲を見回す。音がしたのは、森の奥。以前、三人が調査に向かった民家がある方向だった。
エデンはすぐにそちらへ視線を向ける。
「民家の方だ……!」
「行きましょう、エデンさん」
二人は同時に走り出した。
木々の間を抜ける。
足元の枝を踏み折り、倒れた木を避けながら進む。
走るにつれて、周囲の様子が変わっていく。
鳥の声が消えた。代わりに、何か巨大なものが暴れ回る音が響いている。木々が次々となぎ倒されていく。
「何なんだ……」
エデンは走りながら呟く。
やがて、木々の隙間から民家が見えた。
その瞬間。
エデンの足が止まる。
「……!」
目の前の光景に、言葉を失った。
民家の周囲は、先ほどまでとは比べものにならないほど荒れていた。
庭の地面は大きく抉れ、木々は根元から倒れている。
そして、その中心で――。
一体のエイリ星人が、縦横無尽に暴れ回っていた。
その姿は、これまでエデンが見たエイリ星人とは大きく異なっていた。
胴体は異様なほど長い。蛇のように伸びた身体が地面を這い、時には大きく跳ね上がる。その長い胴体からは、無数の腕のようなものが伸びていた。数え切れないほどの腕が、まるで生き物の群れのように蠢いている。それぞれの腕の先には、四本の指を持った手が付いていた。
その手が地面を叩き、木を掴み、建物へ振り回す。
その動きには、統一された意思があるようには見えなかった。ただ、本能のままに暴れ回っている。そして、その長い胴体の先には顔があった。口らしきものもある。鼻もある。人間に似た顔の形をしている。
だが――。
目だけは、存在しなかった。
いや。
正確には、顔から伸びた二本の手が、自らの目を完全に覆い隠していた。
四本の指を持つ手が、それぞれの目を押さえつけている。
まるで、自分自身の視界を拒絶しているかのようだった。
「……なんだ、あいつ」
エデンが呟く。
その時、エイリ星人の腕の一つが大きく振り上げられた。
「危ない!」
亜爆が叫ぶ。
腕が地面へ叩きつけられる。
土が吹き飛び、地面に亀裂が走った。
しかし、その攻撃を避けている二人の姿があった。
「ドロイさん!」
エデンが叫ぶ。
そこにいたのは、ドロイ・アンドだった。
ドロイはエイリ星人の攻撃を冷静にかわしながら、距離を取っている。
その隣では、熔煉亜炭も戦っていた。
亜炭は迫ってくる腕を横へ避け、反撃を繰り出す。
しかし、一本を避けても、すぐに別の腕が襲いかかってくる。
「多すぎますね……!」
亜炭が後ろへ跳ぶ。
その直後、彼女がいた場所へ四本の腕が同時に叩き込まれる。
地面が大きく揺れる。
亜炭は距離を取りながら、エイリ星人を見つめる。
「エイリワスの研究施設に、こんな個体が残されていたなんて……」
ドロイもエイリ星人を警戒する。
「亜炭さん、あれは普通のエイリ星人ではありません」
「ええ。分かっています」
二人の視線の先で、エイリ星人が身体を大きくうねらせた。
長い胴体が地面を擦る。大量の腕が一斉に動き出す。その数は、先ほどよりもさらに多く見えた。
エデンは拳を握る。
「亜炭さん、ドロイさん!」
二人がエデンへ振り向く。
「大丈夫ですか!?」
「あなたは……エデンさん」
亜炭が少し驚いたように目を見開く。
「エデンさんはどうしてここに?」
ドロイは驚いた。
その直後。エイリ星人が再び咆哮した。
「――――ッ!」
声にならないような奇妙な音が森を震わせる。腕が一斉に地面を蹴った。大量の手が、四方八方から三人へ襲いかかる。
「来ます!」
亜爆が叫ぶ。エデンは身構えた。
エデンは目の前で暴れ回るエイリ星人から目を離さなかった。
エイリエアは何かを探すように、長い胴体をくねらせながら周囲を動き回っている。
亜炭の声に、エデンは振り向いた。
「亜炭さん。あのエイリ星人は一体……」
エデンが尋ねる。
亜炭はエイリエアを警戒しながら、静かに答えた。
「あれは進化個体です。民家の捜索中に、隊員の一人が装置を発見しました」
亜炭は一度、背後にある民家へ視線を向ける。
「あの個体は、その装置から出てきたんです」
「隊員は無事ですか?」
「命に別状はありません。ただ、負傷してしまいました」
亜炭は心配そうに民家の方を見たあと、再びエイリエアへ目を向けた。
「それから、あの進化個体の名前も分かっています」
「名前?」
「はい。エイリエアだそうです」
「エイリエア……」
エデンがその名前を繰り返す。
その直後、エイリエアの動きがぴたりと止まった。
それまで無秩序に動いていた大量の腕が、次々と地面へ下ろされていく。
長い胴体が、ずるりと地面を這った。
森に、奇妙な静けさが戻る。
エデンたちは警戒を解かず、その様子を見つめていた。
やがて、エイリエアの顔がゆっくりとこちらへ向く。
目は手で覆われている。
それなのに、まるでこちらの存在に気づいているかのようだった。
「……どこ……」
低い声が響いた。
エデンは眉をひそめる。
「……何だ?」
エイリエアは顔を左右に動かしながら、周囲を探るように手を動かし始めた。
一本の腕が地面を撫でる。
別の腕が近くの木の幹を掴む。
さらに別の腕が、足元に転がっていた瓦礫を持ち上げた。
「どこ……」
エイリエアは長い胴体をくねらせ、ゆっくりと移動していく。
そのたびに、大量の腕が地面や木々へ触れ、周囲を探るように動いていた。
「どこ……どこ……」
声が次第に大きくなる。
突然、一本の腕が地面を強く叩いた。
土が弾け、地面に亀裂が走る。
続いて、別の腕が近くの木へ振り下ろされた。
バキバキッ!
木の幹が折れ、音を立てて倒れていく。
「どこ……!」
エイリエアが叫んだ。
長い胴体が大きくうねり、その動きに合わせて大量の腕が一斉に振り回される。
周囲の木々がなぎ倒され、民家の外壁にも新たな亀裂が走った。
まるで、自分が探しているもの以外は何も目に入っていないかのようだった。
「……あいつ、何を探してるんだ?」
エデンが呟く。
「分かりません」
亜炭も慎重に距離を取る。
「ですが、このまま放置するのは危険です」
ドロイもエイリエアの動きを見極めようとしていた。
「暴れ方に規則性がありません。次にどの腕が動くのか、注意してください」
エデンは黙ってエイリエアを見つめた。
ジエルを探すために来た場所。
そこで偶然見つかった、エイリワスの研究施設。
そして今、目の前に現れた未知の進化個体。
何が起きているのか、まだ分からないことばかりだった。
それでも――目の前で暴れ続けるエイリ星人を放っておくわけにはいかない。
「……亜爆さん」
「はい」
「取り敢えず、俺たちも応戦しましょう」
亜爆はすぐに頷いた。
「分かりました」
二人が身構える。
その気配を感じ取ったのか、エイリエアの動きが一瞬止まった。
顔が、ゆっくりとエデンたちの方へ向く。
「……どこ……?」
次の瞬間、エイリエアは長い胴体を大きくくねらせた。
地面を這うように身体を動かしながら、手近な腕を次々と振り上げる。
「来ます!」
ドロイが叫んだ。
エイリエアの腕が、エデンたちへ向かって振り下ろされる。
エデンは身を低くして攻撃をかわした。
腕が地面を砕き、土煙が舞い上がる。
「危なっ……!」
エデンは横へ跳び、距離を取る。
亜爆も別の腕が振り下ろされる直前に、その場から飛び退いた。
エイリエアは攻撃を止めない。
長い胴体を左右にうねらせながら、複数の腕を交互に振り回す。
一本を避けても、別の腕がすぐそばを通過する。
攻撃の方向が次々と変わるため、近づくことすら容易ではなかった。
「どこ……どこ……!」
エイリエアの叫びが森に響く。
エデンは拳を握り、相手の動きを見極めようとする。
亜爆も構えを取った。
ドロイと亜炭も、それぞれ攻撃に備える。
四人の視線が、同時にエイリエアへ向いた。
そして、エイリエアが再び長い胴体をうねらせた瞬間――四人も同時に動き出した。
戦いが、始まった。




