起動
扉の奥には、さらに別の空間が広がっていた。
隊員は、思わず足を止める。
そこは先ほどまでの研究室とは明らかに違っていた。
壁際には、天井近くまで届くほどの棚がいくつも並んでいる。
棚の一段一段には、頑丈そうな鉄製の籠が置かれていた。
その数は、ざっと見ただけでも数十。
どの籠も、研究施設の備品とは思えないほど無骨な造りをしている。
鉄格子は太く、簡単には曲げられそうにない。
そして何より異様だったのは、その籠がすべて同じ規格で作られていることだった。
隊員は慎重に一歩、部屋の中へ入る。靴音が、静かな室内に響いた。
カツン。その音が棚と棚の間を抜け、奥へと消えていく。隊員は一つの籠へ近づいた。表面には細かな傷がいくつも残っている。長い間、何かを閉じ込めていたようにも見えた。その形を見つめているうちに、隊員の脳裏に過去の報告書が蘇る。
「……!この籠は報告にあった」
声がわずかに低くなる。ECOがこれまでに回収した、エイリワス関連の資料。そこに記されていた特殊な器具。隊員は籠を見ながら、確信する。
「エイリ星人を……核のまま保存する籠」
進化個体になると体内に生成されるエイリ星人の核。
それを、活動を抑えた状態で保管するための特殊な籠。そんなものが、これほど大量に並んでいる。つまりここは、単なる研究資料の保管場所ではない。
エイリワスが、何かを研究し、保存していた場所だった。隊員は一つずつ籠を確認していく。だが――
「でも、どれも空……」
鉄格子の向こうには、何もない。空っぽの籠。その隣も。さらにその隣も。どれも同じだった。すでに運び出されたのか。破棄されたのか。
あるいは、エイリワス自身が持ち出したのか。隊員は周囲を見渡す。そして、何かに気づいた。
「……いや」
一つだけ。棚の端に置かれた籠。そこだけ、ほんのわずかに違和感があった。隊員は慎重に近づく。鉄格子の隙間から中を覗き込む。暗い籠の中。そこには――
小さな核があった。
「……!」
隊員は息を呑む。残っていた。たった一つだけ。薄暗い籠の中で、核は静かに存在している。活動しているのか、それとも完全に停止しているのか。
一見しただけでは判断できない。隊員は周囲を警戒しながら籠持つ。重さも、それほどない。しかし、その存在からは妙な圧力を感じる。隊員は核をじっと観察する。
「……これが、エイリワスが残したものか」
核そのものに目立った変化はない。だが――
隊員は籠の底に何かが貼り付けられていることに気づいた。
小さなシールだった。
埃を払い、文字を確認する。そこには、研究対象を管理するための記録が残されていた。隊員の目が、文字を追っていく。
――特殊進化個体。
――エイリエア。
――失敗作。
――知能が一定の基準から上がらず、能力の制御が効かない。
「……エイリエア?」
聞いたことのない名前だった。隊員は核とシールを交互に見る。特殊進化個体。その言葉だけでも十分に警戒すべきものだ。
ましてや、その下に書かれた「失敗作」という文字。
そして――能力の制御が効かない。
隊員の表情が変わった。
「これは危険だ。すぐに回収を」
その瞬間だった。
背後から、空気を切り裂く音がした。
「――!」
隊員が振り返る。
次の瞬間、目の前を攻撃が横切った。
轟音。
壁の一部が弾け、地下室全体に衝撃が走る。
隊員は咄嗟に身を屈め、攻撃をかわした。
「なっ……!」
さっきまで誰もいなかったはずの通路。
そこに、一体のエイリ星人が立っていた。
隊員は即座に武器を構える。
「中で湧いたのか!」
エイリ星人が再び襲いかかる。
狭い室内。棚が並び、逃げ場も少ない。隊員は攻撃をかわしながら距離を取り、反撃の機会を探す。エイリ星人が腕を振り下ろす。隊員は横へ跳ぶ。攻撃が床を砕く。その一瞬。
隊員は懐へ入り込んだ。
「そこだ!」
武器を叩き込む。エイリ星人の動きが止まる。続けてもう一撃。エイリ星人の身体が崩れ、やがて動かなくなった。
「……ふう」
隊員は息を整える。
だが、その直後だった。
先ほどの戦闘の衝撃で手にしていた籠は開いていた。
「しまっ――」
鉄製の籠から核が床に転がる。
隊員は慌てて拾おうと手を伸ばした。今まで籠の中にあった核が、ほんのわずかに揺れた。静止していたはずの核。それが、ゆっくりと脈動する。
隊員の顔から血の気が引いていく。
「……まさか」
核の周囲に、微かな光が集まり始める。
それは次第に強くなっていく。
地下研究施設の暗闇を照らすほどに。
隊員は一歩、後ずさった。
先ほど見たシールの文字が、頭の中をよぎる。
――特殊進化個体。
――エイリエア。
――失敗作。
――能力の制御が効かない。
「……起動、したのか……?」
核が、さらに大きく揺れる。
そして――。
地下室の空気が、大きく震えた。




