研究施設
隊員は一度、入口まで戻った。そして、外で待っている二人へ振り返る。
「二人は外を警戒してください」
ドロイはすぐに頷いた。
「了解しました」
亜炭も周囲へ視線を向けながら、穏やかな声で続ける。
「エイリ星人が出ないとは限りません。気をつけてくださいね」
「分かりました」
隊員は短く返事をすると、再び家の中へ入っていった。扉が軋む。その音が消えると、家の中は再び静寂に包まれた。隊員は懐中電灯を手に、廊下を進んでいく。慎重に一部屋ずつ確認していく。部屋の中には、倒れた家具や散乱した生活用品がある。だが、エイリワスの研究に関係するようなものは見当たらない。
書類もない。特殊な装置もない。研究施設らしい設備もない。ただの、戦闘によって荒らされた民家。そうとしか見えなかった。隊員はさらに奥へ進む。廊下の先にある部屋へ入った。そこにも特に変わったものはない。壁。棚。倒れた椅子。
そして、部屋の中央には一枚のマットが敷かれていた。
「……」
隊員はそのマットを見つめる。何の変哲もない。長年使われていたような、古いマットだった。特に気に留めることもなく、その横を通り過ぎる。
一歩。二歩。そのまま部屋の奥へ向かう。
――だが。
「……?」
隊員の足が止まった。何かがおかしい。今、足の裏に伝わった感覚。ほんの僅かな違和感だった。
隊員は一度、後ろを振り返る。そして、先ほど歩いた場所へ戻っていく。同じ場所を、もう一度歩く。普通の床。もう一歩。普通。さらに一歩。
「……」
そして、マットの上を避けるようにして、その周囲を歩く。やはりおかしい。床そのものが、ほんの僅かに高い。目で見ただけでは分からない。
数センチどころか、それよりも遥かに小さな差。しかし、足の裏から伝わる感覚だけが、その違いを教えていた。隊員はしゃがみ込む。マットへ手を伸ばす。端を掴み、ゆっくりと持ち上げた。埃が舞う。マットを横へ移動させる。その下から現れた床を、隊員はじっと見つめた。
「……やっぱり」
周囲の床と比べて、僅かに盛り上がっている。隊員は指先で床を叩いた。コンコン。周囲とは違う音が返ってくる。さらに指を這わせる。すると、板と板の境目のような細い線が見えた。
「……」
隊員は懐中電灯を近づける。よく見れば、一枚の板だけが周囲から切り離されていた。隙間はほとんどない。だが、完全に固定されているわけではないらしい。隊員は慎重に板へ指をかける。少し力を入れる。
――カタッ。
板が僅かに動いた。
「……!」
隊員の目が細くなる。やはり、取り外せる。周囲を確認する。誰もいない。隊員は両手で板を掴み、ゆっくりと持ち上げた。
――ギッ。
乾いた音が響く。板が外れる。その下には――
暗い空間が広がっていた。板の下に広がっていたのは、暗い空間だった。隊員は懐中電灯を向ける。光が下へ伸びていく。そこには――階段があった。地下へと続く、細い階段。
「……地下?」
隊員は思わず呟いた。家の中からでは分からなかった。床の下に、こんなものが隠されていた。しかも、ただの物置へ続く階段には見えない。壁や階段の造りはしっかりとしており、長い間使われることを前提に作られているようだった。
隊員は一度、通信機へ手を伸ばす。だが、すぐには報告しなかった。まずは安全の確認が必要だった。懐中電灯を握り直す。一段。また一段。ゆっくりと階段を下りていく。上から差し込んでいた光が、少しずつ遠ざかっていく。やがて。最後の一段を降りた。隊員は足を止めた。
「……これは……」
目の前に広がっていたのは、地下室だった。いや。
ただの地下室ではない。壁際には複数の机。その上には、古い端末や機器が置かれている。壁には配線が走り、天井には照明器具が取り付けられている。いくつかの棚も並んでいる。規模こそ小さい。しかし、明らかに何者かが研究や実験を行うために作った場所だった。
隊員はしばらく、その場から動けなかった。
「……研究施設」
ようやく言葉が出る。エイリワス。
その名前が頭をよぎった。
隊員はすぐに周囲を確認する。警戒しながら、一つずつ設備を調べていく。端末。棚。机。保管容器。壁際に置かれた機器。しかし――
「……ほとんど残っていない」
研究資料は、ほぼ残されていなかった。棚には空になったファイルが並んでいる。机の上にも、紙の束がいくつか残っているだけだった。それらも、破れていたり、文字が読めなくなっていたりする。重要な資料の多くは、すでに持ち出されたのかもしれない。あるいは、戦闘の際に破壊されたのか。隊員は残された資料を一枚ずつ確認していく。エイリワスの研究に関係するもの。
研究対象。実験記録。装置の設計。少しでも手掛かりになりそうなものを探す。だが。
思うようなものは見つからない。
「……これだけか」
残っていた資料をまとめる。それでも、何もないわけではない。僅かに残された記録。壊れた機器。研究に使われていたと思われる容器。これらだけでも、本部に持ち帰れば調査の手掛かりになる。隊員はさらに奥へ進んだ。研究施設は思っていたよりも広かった。いくつかの机を抜ける。棚の間を進む。その途中、隊員は足を止めた。
正面。研究施設の奥に、一枚の扉がある。
「……?」
これまでの場所とは違う。その扉だけが、妙に綺麗だった。周囲の壁や設備には戦闘による傷が残っている。しかし、その扉には大きな損傷がない。
隊員はゆっくりと近づく。扉の前に立つ。取っ手へ手を伸ばす前に、もう一度周囲を確認する。
静かだった。何の音もしない。隊員は扉を見つめる。この先に何があるのか。エイリワスが何を隠していたのか。まだ分からない。だが――
ここまで何も残っていない研究施設の奥に、わざわざ扉が一つ残されている。それだけで、十分な違和感があった。隊員はゆっくりと、扉の取っ手へ手を伸ばした。




