研究遺物
その頃。
ライサム北部、ノマロード地区。
ECO本部から、ウバク地区にあるECO支部へ一本の連絡が入った。
『エリア・オズに残されている可能性がある、エイリワス関連の研究遺物について確認をお願いします』
通信機から流れる本部職員の声を、三人の隊員が聞いていた。
「エイリワスの研究遺物……ですか」
そう呟いたのは、熔煉亜炭だった。
落ち着いた声。物腰は柔らかく、言葉遣いも丁寧だった。
『はい。戦闘によって研究施設の一部が破壊されていますが、すべてが回収されたわけではありません』
「承知しました」
亜炭は静かに頷く。
「それで、私たちが現地へ向かい、確認と収容を行うということでしょうか?」
『その通りです』
通信の向こうから返事がある。
『エイリワスの研究内容については、現在本部でも調査を進めています。現地に残っている資料や装置があれば、可能な限り回収してください』
「かしこまりました」
亜炭の隣では、ドロイ・アンドが黙って通信を聞いていた。
そして、もう一人の隊員も同様に話を聞いている。
『なお、現場にはまだ危険が残っている可能性があります。エイリ星人の残存個体や、研究に使用されていた未知の装置などについても十分注意してください』
「分かりました」
ドロイが答える。
「発見したものについては、こちらで確認した上で本部へ報告します」
『お願いします』
そこで通信が切れた。静寂が戻る。亜炭は手にしていた通信機を下ろした。
「……エイリワスの研究ですか」
少しだけ視線を落とす。あの戦いから、まだ数日しか経っていない。ライサム全土を巻き込んだ戦闘。多くのECO隊員が傷つき、命を落とした。その原因となったエイリワスの研究が、まだどこかに残っている。
「できるだけ早く確認した方がよさそうですね」
亜炭は穏やかに言った。
「はい」
ドロイが頷く。
「行きましょう」
三人は準備を整える。
向かう先は、ウバク地区。
エリア・オズ。
戦いが終わったばかりのその場所には、まだ誰も知らないエイリワスの研究の痕跡が残されているかもしれない。三人はその調査のため、エリア・オズへ向かうことになった。
ウバク地区、エリア・オズ。
三人が現地へ到着した頃には、日はすでに傾き始めていた。森の中へ入ってから、しばらく歩き続けている。足元には、乾いた枝や落ち葉が積もっていた。戦闘の影響なのか、ところどころ木々が折れている。地面が大きく抉れている場所もあった。エイリワスとの戦いから数日しか経っていない。それでも、森は少しずつ静けさを取り戻し始めていた。鳥の声が聞こえる。風が木々の間を抜けていく。
しかし、その静けさがかえって不気味だった。
三人は警戒しながら、森の奥へ進んでいく。やがて。木々の隙間から、建物が見え始めた。
「……家?」
先頭を歩いていた隊員が足を止める。
森の奥。
周囲を木々に囲まれるようにして、いくつかの家屋が建っていた。どれも長い間人が暮らしていたような普通の民家だった。だが。その中に、一軒だけひときわ大きな建物があった。
三人は少し離れた場所から、その家を見つめる。大きな木造の民家。複数の部屋があるらしく、一般的な家屋よりもかなり広い。庭も広く、周囲には古い物置のような建物まである。しかし――
外壁の一部が大きく破壊されていた。壁には何かが衝突したような跡が残っている。柱の一部も折れている。窓ガラスは割れ、屋根の端も崩れていた。庭の地面には大きな亀裂が走っている。少し離れた木には、何かが激しくぶつかったような跡まで残っていた。それらを見れば、ここでただならぬ戦いがあったことは容易に想像できる。
「……ここでしょうか」
亜炭が静かに呟いた。資料に記されていた場所と一致している。エイリワスが使用していた可能性がある場所。ただの民家にしか見えない。
だが、だからこそ違和感があった。
ドロイは周囲を見回す。
建物の周囲には、人の気配がない。動物の気配もほとんどない。戦闘の跡だけが残されている。
「中を確認してみましょう」
亜炭が言った。
すると、一人の隊員が前へ出る。
「私が入ります」
慎重に建物へ近づく。入口までの数メートル。その間にも、足元には瓦礫が散らばっている。壊れた木材。砕けたガラス。剥がれ落ちた壁の一部。
隊員はそれらを踏まないように避けながら進んだ。
玄関の扉は半開きになっていた。おそらく戦闘の衝撃で壊れたのだろう。扉の周囲には大きな亀裂が入っている。
隊員はその前で一度立ち止まった。建物の中は暗い。外から差し込む夕方の光が、玄関の床を細く照らしている。それより奥は、ほとんど何も見えない。
隊員は通信機へ手を伸ばす。
「中へ入ります」
『了解しました』
返事を確認すると、隊員はゆっくりと扉を押した。軋んだ音が森の静寂の中に響く。扉が開く。その瞬間。冷たい空気が、建物の中から流れてきた。
隊員は一歩、家の中へ入る。床には大量の埃が積もっていた。家具は倒れ、棚から落ちた物がそのまま床に散らばっている。壁には、戦闘によってできたと思われる傷がいくつも残されていた。天井の一部も崩れている。それでも──
家そのものは、まだ形を保っていた。
隊員は慎重に周囲を確認する。リビング。廊下。階段。そして、その奥に続く部屋。普通の民家なら、そこに生活の痕跡があるはずだった。しかし――
何かがおかしい。家具の配置。部屋の広さ。壁に残された不自然な傷。そして、家の規模に対してあまりにも少ない生活用品。隊員は足を止めた。
「……」
懐中電灯を取り出し、暗い廊下を照らす。光が壁をなぞっていく。
外では、亜炭とドロイが建物を見つめている。
森には風が吹いていた。木々がざわめく。その音だけが、三人の間に流れていた。




