おうを探して
エデンは煙の中を駆け抜け、リミットフォースを込めた拳をエイリエアへ叩き込んだ。
「はあっ!」
拳がエイリエアの胴体に直撃する。衝撃でその長い身体が大きく揺れ、地面を踏みしめていた足が後退した。
しかし、エイリエアは倒れなかった。無数の腕を地面につき、崩れかけた身体を支えている。全身を震わせながらも、まだ戦う意思を失ってはいないようだった。
「くそ……火力が足りない」
エデンは拳を握り直した。リミットフォースによって強化されているとはいえ、今の一撃だけでは決定打にならない。
エイリエアが再びこちらを向こうとしている。目を覆う手が剥がされれば、また身動きが取れなくなる。
そのとき、背後からドロイの声が響いた。
「なら火力をあげましょう……エデンさん……手を貸してください」
「えっ?」
エデンが振り返るよりも早く、ドロイは鉄鋼製作を発動した。生み出された鉄が形を変え、エデンの右手を覆う。手首から拳までを包み込む、重厚な鉄のガントレットだった。指を動かすと、金属が擦れる音とともに拳が固く握り込まれる。
さらにドロイは、エデンの身体を覆い隠せるほど巨大な鉄の盾を生成した。盾を構え、エイリエアとの間に割って入る。
「これで、あなたの拳を補強します。あとは、思い切り殴ってください」
ドロイは盾の向こうから、静かに告げた。
一方、亜爆と亜炭はエイリエアの注意を引きつけていた。
亜爆の投げた爆弾が爆発し、亜炭の操る炎が視界を覆う。爆煙と炎が入り乱れ、エイリエアの目を塞ぎ続けていた。
「ありがとうございます、ドロイさん!」
エデンは右手のガントレットを見つめ、力強く頷いた。
これなら、届くかもしれない。
エデンはリミットストリングを発動した。伸びたエネルギーの糸が、エイリエアの腕に引っ掛かる。
そのまま糸を縮ませ、一気に距離を詰めていく。
エイリエアの身体が近づく。
あと少し。
エデンは接近する勢いを利用し、リミットストリングを解除した。間髪入れずにリミットフォースへ切り替え、右拳に力を集中させる。
だが、エイリエアがこちらの気配を察したのか、身体をひねり、振り向こうとしていた。
目を覆う手が、こちらを捉える。
このままでは、また動きを止められる。
「エデンさん!」
亜爆の声が響いた。
エデンの視界に飛び込んできたのは、こちらへ向かって飛んでくる爆弾だった。
爆弾はまだ爆発していない。
エデンは一瞬で意図を理解した。
飛んでくる爆弾に向かって足を伸ばし、その表面を踏み台にする。身体が宙へと跳ね上がった。
エイリエアの頭上を越え、背後へ。
そして、エイリエアが振り向いた、その瞬間。背後で爆弾が炸裂した。
轟音と爆風が森を揺らし、エイリエアの視界を再び塞ぐ。
その一瞬を逃さず、エデンは空中で身体をひねった。右手のガントレットが鈍い光を反射する。
リミットフォースの力を、全て拳へ。
「はあっ!」
全力の一撃が、エイリエアの腹部に叩き込まれた。
鉄の拳が深くめり込み、凄まじい衝撃がその身体を貫く。
次の瞬間、エイリエアの腹部に大きな穴が空いた。
「――――ッ!!」
エイリエアの身体が大きくのけぞる。
エデンは着地し、拳を構えたまま相手の様子を窺った。
腹部に大きな穴を空けられたエイリエアは、その場でふらついた。
無数に生えていた腕が地面に垂れ下がり、長い胴体がゆっくりと傾いていく。やがて、その身体の輪郭が崩れ始めた。エイリエアを構成していた肉体が光の粒子となり、少しずつ空気の中へ溶けていく。
消滅が始まっていた。
エデンは右手のガントレットを下ろし、静かにその姿を見つめた。
「……終わったのか?」
亜爆が爆弾を構えたまま、慎重に問いかける。ドロイも鉄の盾を構えたまま、エイリエアの様子を窺っていた。亜炭は指先に灯していた炎を消し、周囲への警戒を続けている。
しかし、エイリエアは最後まで何かを探すように、かすかに腕を動かしていた。
「どこ……どこ……」
消えかけた口から、か細い声が漏れる。
それは、戦いの最中にも何度となく繰り返していた言葉だった。
どこにいるのか。
何を探しているのか。
エデンはその問いに、答えを見つけられないまま立ち尽くしていた。
そのとき、エイリエアの口から、もう一つの言葉がこぼれた。
「おう……」
「……おう?」
エデンは思わず聞き返した。
王。その言葉が頭の中で繰り返される。
「王って、まさか……」
エイリ星人の王。
エデンの脳裏に、かつて戦ったエイリワスの姿が浮かんだ。
エイリワスは、エイリ星人の中でも特別な存在だった。人間にとって脅威であるだけでなく、数々の事件の中心にいた存在。そのエイリワスが倒された今、エイリエアは何を求めて彷徨っていたのか。
あの執拗な捜索。
「どこ」という言葉。
そして、最期にこぼれた「おう」という声。
それらが一つにつながった気がした。
「……エイリワスを探してたのか……」
エデンの呟きが、静まり返った森に落ちた。
エイリエアは、ただ何かを探していたのではない。
王を探していたのだ。
エイリワスを。
そのことに気づいた瞬間、エデンの胸に複雑な感情が広がった。
知能が一定の基準から上がらず、能力の制御もできない失敗作。そう記された個体が、消えゆく最期まで、ただ王の居場所を探し続けていた。
「……」
エデンは、光の粒子となって消えていくエイリエアを見つめ続けた。
やがて最後の光が消え、森には静寂が戻った。




