視界を遮る
エイリエアは、顔を覆っていた手を再び引き剥がした。
「グアアアアアアアッ!!」
耳をつんざくような叫び声が森に響き渡る。
露出した目が、周囲を捉えた。
次の瞬間、エイリエアは無数の腕を振り回しながら暴れ始めた。腕が木の幹を叩き、地面をえぐり、近くにあった岩を弾き飛ばす。周囲の木々が大きく揺れ、枝葉が音を立てて散らばっていった。
エデンは鉄の板の陰から、その様子をうかがっていた。
エイリエアは、こちらを正確に狙って攻撃しているわけではなかった。目の前にあるものを、片っ端から破壊しているのだ。視界に入った木へ腕を振り下ろし、鉄の板を見つければ、それを壊そうと何本もの腕を叩きつける。エデンたちが隠れている場所を把握しているというより、目に映る障害物をすべて取り除こうとしているようだった。
「敵……どこ……!」
エイリエアは叫びながら、さらに腕を振り回す。
鉄の板が激しく揺れた。
「うわっ……!」
エデンはとっさに身を引いた。板に亀裂こそ入らなかったものの、衝撃が地面を通して伝わってくる。何度も攻撃を受ければ、いつまで持ちこたえられるか分からない。
ドロイも鉄の板の陰から様子をうかがっていた。
エイリエアは、目の前にあるものを壊すことに夢中になっている。視界に入った対象を見分け、狙いを定めているようには見えなかった。
そのとき、亜炭が動いた。
彼女は隠れていた木の陰から静かに飛び出すと、エイリエアの背後へと回り込んだ。
エイリエアは目の前の木を破壊することに集中しており、背後の亜炭には気づいていない。
亜炭は足を止め、銃を構えた。
狙いは、エイリエアの長い胴体。
「烈火擦操」
亜炭が指を鳴らす。
その音と同時に炎が生まれ、エイリエアの背後から襲いかかった。炎が身体を捉えた直後、亜炭は間を置かずに銃の引き金を引いた。
銃声が森に響く。銃弾がエイリエアへと飛び、炎とともに攻撃が叩き込まれた。
「グアアアアアッ!!」
エイリエアが激しく身をよじった。
突然の攻撃に、長い胴体が大きく傾く。何本もの腕が背後へ振り向こうと動き出したが、目の前の木々や地面を破壊していたときのように、すぐには攻撃の方向を定められない。
亜炭はすぐにその場から離れ、木の陰へと移動した。
エイリエアは叫びながら、再び無数の腕を振り回す。
「敵……! 敵……!」
その姿を見て、エデンは鉄の板の陰で考えを巡らせた。
目を露出させると、相手の動きを封じる。
しかし、その能力があるからといって、こちらの居場所を正確に把握できるわけではないらしい。障害物に隠れていれば、少なくとも今のような無差別な攻撃を直接受けずに済む。
そして、背後から攻撃した亜炭は、動きを封じられることなく攻撃を成功させた。
エデンは、亜炭が隠れた木へ視線を向けた。
「視界に入らなければいい」
自分の考えを確かめるように、エデンは呟いた。
正面から目を合わせる必要はない。
相手の視界を遮り、死角から攻撃する。
簡単なことではないが、突破口は見えてきた。
エデンは鉄の板を握りしめ、再びエイリエアの動きをうかがった。
今度は、こちらから仕掛ける番だった。
エイリエアは、亜炭から受けた攻撃に苦しみながら、森の中で暴れ続けていた。
「敵……敵……どこ……!」
無数の腕が木々をなぎ払い、地面を叩きつける。目の前にあるものを次々と破壊しているが、その動きに正確さはなかった。エデンたちの居場所を把握しているわけではなく、視界に入ったものを片っ端から壊しているようだった。
エデンは鉄の板の陰から、慎重にその様子をうかがっていた。
(今なら……いけるか?)
亜炭の攻撃によって、エイリエアの注意は背後にも向けられている。無数の腕がばらばらに動き、周囲を探るように振り回されていた。
その動きの中に、一瞬の隙が生まれる。
エデンは鉄の板から手を離し、静かに身を乗り出した。
エイリエアの目を直接見ないように注意しながら、身体を低くして距離を詰めていく。地面を踏む音を抑え、木々の間を抜ける。相手の視界に入らない位置を保ちながら、攻撃できる距離まで近づこうとしていた。
あと少し。
エデンは拳を握りしめた。
「リミットフォース……!」
身体の内側から力が湧き上がる。
これなら、強烈な一撃を叩き込める。
エデンは地面を蹴り、エイリエアへと踏み込んだ。
しかし、その瞬間だった。
「……敵!」
エイリエアが叫び、勢いよく振り向いた。
目を覆っていた手は、すでに引き剥がされている。
露出した目が、真正面からエデンを捉えた。
「――っ!」
エデンの身体が硬直する。
(くそ……動けな……!)
拳を振り抜く寸前だった。あと一歩踏み込めば攻撃が届く。だが、身体はまったく動かなくなり、足を前に出すことすらできない。
エイリエアの腕が持ち上がる。
そのまま攻撃を受ければ、リミットフォースを発動した状態でも無事では済まないだろう。
(間に合わない……!)
エデンがそう思った、そのときだった。
「爆撃手!」
亜爆の声が森に響く。
エイリエアの顔に向かって、爆弾が飛んできた。
エイリエアが反応するよりも早く、爆弾はその顔面に直撃した。
爆発が起き、炎と煙が一気に広がる。
爆風が周囲の木々を揺らし、枯れ葉や小枝を巻き上げた。エイリエアの顔は煙に覆われ、露出していた目も見えなくなる。
その瞬間、エデンの身体に自由が戻った。
「動ける……!」
エデンはすぐさま拳を握り直した。
目が煙に隠れている今なら、能力の影響を受けずに動ける。
しかし、エデンはすぐに攻撃へ移ることなく、爆発が起きた方向へ視線を向けた。
そこには、爆弾を投げ終えた亜爆が立っていた。
亜爆はエイリエアから目を離さず、落ち着いた声で告げる。
「爆風でも、視界は塞げます」
その言葉に、エデンはハッとした。
確かに、鉄の板や木々だけが視線を遮る手段ではない。煙や爆風によって相手の目が見えなくなれば、能力を防ぐことができる。
亜爆は、それを利用してエデンを助けたのだ。
「亜爆さん……!」
「エデンさん! 今のうちです!」
亜爆の声で、エデンは我に返った。
煙の向こうから、エイリエアの苦しげな叫び声が響いている。爆発によって目の前が塞がれ、周囲の状況も把握できていないのだろう。
エデンは再びエイリエアへ向き直った。
リミットフォースの力は、まだ残っている。
「……今度こそ!」
エデンは地面を蹴った。
煙が晴れる前に、決着をつけるために。




