生きていると信じて
「終わりましたね」
亜爆は、消滅したエイリエアがいた場所を見つめながら、静かにそう言った。
戦闘が終わり、森には再び穏やかな空気が戻っていた。先ほどまで響いていた爆発音も、木々を揺らす衝撃も、もうない。
ドロイが構えていた巨大な鉄の盾が、音を立てて崩れ始めた。盾だけではない。エデンの右手を覆っていたガントレットも、形を失い、細かな鉄の破片となって地面に落ちていく。
鉄鋼製作によって生み出された武器が、役目を終えて消えていった。
「亜爆さん、エデンさん、協力してくれてありがとうございました」
ドロイは二人に向き直り、丁寧に頭を下げた。
「いえ、こちらこそ助かりました」
エデンがそう返すと、亜爆も軽く手を振った。
「ええ、あんな危険なエイリ星人を野放しには出来ませんから」
「このことはアモリス支部にも伝えておきます」
亜炭が静かに口を開いた。
「私達は資料の回収をいたしますので、今日の所は私達に任せてください」
「分かりました。お願いします」
エデンが答えると、亜炭は小さく頷いた。
こうして、エデンたちはドロイたちと別れた。
エイリワスが残した研究施設。そこで発見された失敗作、エイリエア。今回の一件は、これでひとまず幕を下ろした。
けれど、エデンの心には、最後に聞いた言葉が残っていた。
『どこ……どこ……』
そして、『おう』。
王を探し続けたエイリエア。
自分は、あれと何が違うのだろうか。
そんな考えが、頭から離れなかった。
帰路についたエデンは、亜爆と並んで歩いていた。木々の間から差し込む光が、二人の足元を照らしている。
しばらくの間、二人の間に会話はなかった。
やがて、エデンが口を開いた。
「亜爆さん……」
「なんですか?」
亜爆は歩みを止めず、隣のエデンに視線を向けた。
エデンは少し迷った後、尋ねた。
「俺も……あんな風に見えてましたか?」
「……あんな風に?」
「ジエルを探し続ける俺と、エイリワスを探してるエイリエア」
言葉にすると、余計に似ている気がした。
エイリエアは、王を探していた。どこにいるのかも分からず、それでも探すことをやめられなかった。
自分も同じだった。
ジエルが海に落ちてから、ずっと探し続けてきた。手掛かりが見つからなくても、何日経っても、何度調査を繰り返しても、諦められなかった。
その姿は、傍から見ればどう映っていたのだろう。
亜爆はすぐには答えなかった。
少し考えるように視線を前へ戻し、それから静かに口を開いた。
「そうですね。確かに……ここ最近のエデンさんは、少し見ているのが辛かったです」
エデンは俯いた。
やはり、そうだったのか。
自分では必死に前を向いているつもりだった。ジエルを見つけるためにできることを探し、少しでも可能性があるなら足を運んできた。けれど、その姿は周りに心配をかけていたのかもしれない。
「でも、ジエルさんが生きていて欲しいっていう願いは否定しません」
亜爆の声は、穏やかだった。
「私としても大切な仲間です。生きていてほしいと思うのは、当然のことです。私もジエルさんが戻ってきてくれたら嬉しいですよ」
「……亜爆さん」
「ただ、エデンさん。あなた自身が壊れてしまったら、ジエルさんが戻ってきたとき、何て言うんでしょうね」
その言葉に、エデンは顔を上げた。
もし、ジエルが帰ってきたら。自分は、どんな顔で迎えるのだろう。ずっと探していたと、胸を張って言えるだろうか。
それとも、ただ疲れ果てた姿を見せることになるのだろうか。エデンは考えた。
今まで、ジエルが生きていると心の中で言い聞かせてきた。そう信じなければ、立っていられなかったから。けれど、本当は違った。心のどこかでは、ジエルがもう生きていないのかもしれないと思い始めていた。その可能性を認めたくなくて、探し続けていたのかもしれない。探していれば、まだ希望がある。探し続けている限り、ジエルの死を受け入れずに済む。だから、止まれなかった。
「俺……今まで……ジエルが生きてるって、心の中で言い聞かせてた」
エデンはゆっくりと言葉を紡いだ。
「でも内心……生きてないのかもって思い始めてて……だから、ずっと探してた」
口に出した途端、胸の奥にしまい込んでいたものが、少しだけ形になった気がした。
「探していれば、いつか見つかるかもしれないって……そう思いたかったんだと思います」
亜爆は何も言わず、エデンの話を聞いていた。
エデンは一度、深く息を吸った。
そして、前を向いた。
「でも俺、決めました」
その声には、先ほどまでの迷いとは違うものが宿っていた。
「ジエルが生きてるって信じて待ちます」
探すことを完全にやめるわけではない。
ジエルを忘れるわけでもない。
ただ、見つからないことに追い詰められ、可能性を失うことばかり恐れて、自分を見失うのはもうやめようと思った。
ジエルが生きていると信じる。
そして、いつか帰ってくるその日まで、自分にできることを続ける。
それが、今の自分にできることだった。
「こんな姿を、ジエルには見せられない」
エデンは、少しだけ照れくさそうに笑った。
その表情を見て、亜爆も笑みを浮かべた。
「それがいいです」
短い言葉だった。
けれど、そこにはエデンの決意を受け止める優しさがあった。
二人は再び歩き出した。
森の出口は、もうすぐそこだった。
ジエルが生きているという確証はない。
いつ戻ってくるのかも分からない。
それでも、エデンは信じることにした。
いつか再会したとき、胸を張って「おかえり」と言えるように。
その日まで、自分は前へ進み続ける。
『戦いの後始末』おしまい




