けいご
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「うお」
曇っていやがる。さっきまであんなにばっちり晴れていたくせに、外に出た途端これだ。全く、間の悪い事この上ない。頼むから雨なぞ降ってくれるなよ。
『俺は今から、例の子にアクションを仕掛けてくる』なんて力強く宣言した笹上と別れ、昇降口を後にする。……不思議と上手くいく予感がまるで思い浮かばない辺り、アイツも大概バランスが取れていない男だなぁ、などと。我ながら手厳しく、失礼な事を考える。
『相手を知りたいと思うなら、先ずは自分から。知る為の一歩を踏み出さなきゃだからな』とは、笹上の談。全く、金言に事欠かない男である。
薄ら暗い空の下。のんびりと歩みを進めながら、そんな笹上の言葉を反芻する。
腹立たしくも悲しいかな。アイツの言葉には、納得があった。
誰もが初めから互いを理解し切った状態で関係が始まるなんて事はあり得ない。誰だって、互いの事など何も知らないところから人との関係は始まる。
好意とは、知る事。知りたいと思う事。
言葉は本当に、驚く程するりと、心の奥底に入り込んできた。
——出来れば歴史上の偉人とかの言葉であって欲しかったってのもまぁ、本音ではあるのだが。そこまでは高望みといったところだろうか。
内心の苦言に蓋をして、次に思い浮かんだのは——例の変わり者の顔だった。
陽柘かさね。
俺に好意を抱いてくれているらしい、物好きな女子。
表情らしい表情の殆どない、中々の鉄仮面ぷり。
その割にやたらとグイグイ——毎度素っ頓狂な話題を引っ提げて姿を現す、不思議な奴。
——他に俺は、アイツについて何を知っているだろう。
飯を作るのがうまい。
いつも姿勢がいい。立ってる時も、座ってる時も。……例外はあるらしいが。
可愛いとあざといをやや履き違えている。なんだ平成レトロって。
身だしなみを気にする。——その割に多分、少し抜けてるんだろうけど。
「…………」
指折り数えて、出てくる数はこの程度。
全く、本当に。
呆れるほど、俺はアイツのことを知らない。
アイツがどんな風に笑うのか。
どんな事をしんどく感じるのか。
何を幸せと思うのか。
アイツから見える俺という人間は、どんなもんのか。
考えても答えの出ないそんな問いがぐるぐると頭の中を巡る。巡って、巡った事に思い至って立ち止まる。
「…………は?」
——いや、その論法は無理がある。
笹上が口にしたのはある種の一般論。もしくはアイツ自身の持論でしかなく、誰しもに当てはまる万能の理論じゃない。考えが、イコール俺に繋がるなんて事はない、筈だ。
だって、そうでなければ。
そういう話になるじゃねーか。
「おーい‼︎」
「うぉぁ」
離れから、馬鹿でかい声が響く。その声には聞き覚えがあった。
振り返り、視線を上へ。先程自らが後にした二階の教室、その窓へと向ける。そこに、身を乗り出す形でこちらへ呼びかける笹上の姿があった。
「引継ぎ連絡のプリント忘れてるってよー!小野瀬がブチ切れてたぞー!」
——あったなー、そんなの。
クラス委員のアンケートだかなんだか。でも確か提出期日は明日までだった筈だ。相変わらずマメな教師様だ事で。
「あー……明日謝るから、そのまんまにしといてくれ」
申し訳無いが、今更戻って、書いて、提出はだるすぎる。すまん、担任。でも期日明日までだし。
ふと。
視界の端に人影が見えた気がして、視線を横に移す。
移して。思わず僅か、目を見開いてしまった。
隣の教室。
窓際に手を掛けてこちらを見下ろすその姿を、知っていた。
陽柘かさね。
いつもの無表情のまま、彼女もまた、僅かに目を見開いていた。
——いや、僅かに……慌てているのか?何やら視線を横へと移して……あー、あれはびっくりしてんのか。何故。
……間が悪かったか。
まぁ、この距離感なら軽い会釈で済ませても角は立つまい。わざわざ笹上よろしく、でかい声を出す事もあるまい。そう思って……ふと、思い出したのは、アホっぽい友人の金言だった。
手を開き、掌を眺める。
所謂テンプレートな色恋なのか。
自宅でも爆発して自暴自棄にでもなった、曲がりくねった憧れみたいなものなのか。
それとも本当に、ただの友人関係としてのものなのか。
そこら辺がどうにもピンと来ず。故に、先手を打って突き放す事も、好意に対する感謝を述べることすら出来ないまま。ダラダラと今日まで至っていた。
ただ一点。
この思考には、俺がいない。
俺自身が何を想うのか。受け取った好意がどんな物であれば良いと思っているのか——その視点が丸々抜け落ちていた。
だから、確かめたいと思った。
もし仮にこちらの勘違い……甚だ小っ恥ずかしい限りの早合点だったとしたら、その時は煮湯を飲めば良い。
それでも、もし。向けられたのが正真正銘の好意であるならば。俺はそれが、どんな物で合って欲しいと願っているのか。
相手を知りたいと思うなら、先ずは自分から。
その一歩は、自らで。
手を挙げる。
アンタに言ってんだ。
アンタを見てるんだってのが、ちゃんと伝わる様に。
「おつかれ。またな」
なんとも間抜けな一言。
我ながらもっと他に言葉はなかったものかと、悲しくなる。折角ならばもう少し、気の利いた言葉の一つでも言えれば良かった。
けれど幸い、杞憂は杞憂でしかなかったらしい。
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重い雲間から、鮮やかな夕陽が差し込む。
暖かで柔らかな茜が、陽柘かさねを照らす。
息を、呑む。
窓際に手を掛け、もう片方の手を大きく振る。
大輪の花が咲く様な。
夜明けを照らす朝陽の様な。
夕焼けに赤く染まった顔一杯に……余りにも鮮烈で眩しい満面の笑顔が、そこにあった。
「——あぁ、そうかい」
思わず呟いて、観念する。
好意の種類なんてわからない。そもそもアイツがどんな人間なのかなんて、碌々知りはしないのだから。
けれど。
どんな事をしんどく感じるのか。
何を幸せと思うのか。
アイツから見える俺という人間は、どんなもんのか。
そんな全部を知りたいと、確かに思ってしまった。
そして、出来るなら。
あの、眩しい笑顔をまたもう一度——何度でも見たいと、そう思ってしまった。
結局のところ、それが全部の答えだったのだろう。
金言に、嘘はなかった。
俺はもうずっと、陽柘かさねに——恋に落ちていた。




