『ある。』
好意を好意として受け取らないというのは、その想いを差し向けてきた相手に対しての最悪の無礼だ。
幼少期から折に触れ、諭され続けた母の言葉。
幼い頃にはまるで意味がわからなかったが、ここ何年かはようやく、ほんの少しかもしれないが、その意味がわかってきた様に思う。
向けられた感情を受け止めるか、受け止めないか。それは受け取り側が決める事で、誰かに強いられる話じゃ無い。そもそも世の中には、ひどく歪んでしまった愛情だって山程あるのだ。そんな全てをおしなべて受け止めるなんていうのは、てんで現実的じゃない。
ただ。悪意の無い……ただこちらを好いてくるだけの純然とした好意を揶揄したり、蔑ろにしたり、あまつさえ冷やかす様な真似は、どんな理由があったとしても許される事じゃ無い。
もし仮に、それがこちらの勘違い……甚だ小っ恥ずかしい限りの早合点だったとしても、その時は煮湯を飲めば良いだけなのだから。
だから。
極力、誰かから向けられる好意を疑う真似はしない様に気を付けてきたし、その裏にあるかもわからない真意を推し量る事はせぬ様に努めてきた。
……勿論、痛い目を見た事だってなくは無いけれど。
——恐らく俺は、好意を向けられている。陽柘かさねという、隣のクラスの女子生徒に。
弁当の件が始まりだったのか。
それとも、あれこそは本当にただのキッカケで、その後変遷を辿った結果としての現在なのかは正直わからない。
ただ、少なくとも。
ここしばらく、何かにつけて俺の前に姿を現すあの変わり者の行動の底には何かしら、こちらに対しての好意がある事は明らかだった。
ただ。
その好意が、一体どう言った類のものなのかが、イマイチよく分からなかった。
所謂テンプレートな色恋なのか。
自宅でも爆発して自暴自棄にでもなった、曲がりくねった憧れみたいなものなのか。
それとも本当に、ただの友人関係としてのものなのか。
そこら辺がどうにもピンと来ず。故に、先手を打って突き放す事も、好意に対する感謝を述べることすら出来ないまま。ダラダラと今日まで至っていたのだった。
そんな関わり、目も当てられない代物だとわかっていながら。
——————
「気になってる子がいるんだ」
相談がある、なんで呼び出されたものだから、一体何の話かと、それなりに気合を入れて来てみれば、これである。
「おい、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてない」
「え、冷た。何でそんな氷点下なんだよ」
「未だココに残ってるだけ人肌だろ。何が悲しくてお前の恋愛相談なんぞ聞かされなきゃなんねーんだ」
「ひどっ。なんだ、野郎の恋バナは聞かねーってか!このジェンダー差別男め」
「主語でかくして吠えんじゃねーよ。野郎じゃなくてお前の恋バナが聞きたく無いだけだっつーの」
「それこそなんでだよ!」
「週に一回こんな話聞かされてりゃ、ガンジーだって同じ事言うって……」
それも毎回違う相手。
人の恋路にやいのやいの口を出す趣味なぞありはしないが、それにしたって節操がないのではないだろうか。都度聞かされるこちらの身にもなってほしい。
溜息を一つ、呆れを前面に押し出してみせていたところ、
「ったく、お前はいーよなー!ちゃんと相手が居るんだからよー!独り身の空寂しさはお前にゃわかんねぇだろーなー!」
「ほう、そいつは初耳だぜ」
予想していなかった方向から急に殴られ、思わず真顔で聞き返してしまった。
尤も。この返答は中々にお気に召さなかった様で。不満も顕、やにわに笹上は声を荒げた。
「あの子だよ!えーっと……そう、陽柘ちゃん!最近滅茶苦茶よくつるんでんだろ!」
「——あー、なるほど。だったら不要なやっかみだ。あの子はそう言うんじゃねーよ」
「はぁ?なんだそら!付き合ってんじゃねーの?」
「残念大ハズレだ」
「…………」
「…………あんだよ」
「…………別に彼女がいる、とか?」
「いてたまるか」
もう一つ。深く深く、溜息を吐く。
そんな俺の姿に首を捻りながら、笹上が口を開く。
「なんで付き合わねーの?」
「想定される段階をジャンプですっ飛ばす野郎だな。んなもん別に、俺が決めるこっちゃねーだろ」
「なんだそら。あんなに懐かれて、悪い気しないでしょ」
……めんどくせーノリで核心を突きやがる。
——本音を言えば、悪い気はしない。
こちとら経験少ななクソガキ。女子がついて回って来るってのは、本当に、決して悪く無い。
けど、色恋が全てじゃ無い。
なんでもかんでもを惚れた腫れたに結びつけるなんて、それこそ本当に趣味じゃ無い。
「あー……」
いっそ、向けられた好意の種別を言葉にしてくれりゃ随分と楽なのに。そんな——余りにも都合の良い、他人任せな考えを、頭を振って掻き消す。
そうであっても……そうでなかったなら尚の事。こんな、押し付ける様な考えは絶対に、間違っている。
「第一あんだけつるんでるんだからよ、憎からずは思ってんだろ?お前も、あの子の事。だったら、話はお前が決める事じゃねーの?」
……本当に、不用意に核心を突く。
「言わんとする事はわかるし、割と間違っちゃいねーとも思う。それでもやっぱ、だから付き合っちまおうぜー、とはなんねーよ」
「なんでよ」
「——なんせ俺は、アイツの事を知りゃしねーからな」
向けられたのは確かに好意だろう。
けれど、それがどんなカテゴリの代物なのか。
それを抱いているのは、どんな人間なのか。
そんな全部が分からない人間を、どうして好意の行先に据え置けるのか。俺からすれば、そんな思考回路の方が余程意味不明だ。
惚れた腫れたをするのなら、互いの人格を正しく推し量らなければ。
でなければ一体、そいつの何を好けば良いというのか。
幼い頃からずっと謎だった。
一目惚れだの、スピード婚だの。
それが悪いだなんて断ずるつもりは更々無かったけれど、ただ理解は出来なかった。
互いの事などまるで知らない、赤の他人の間に横たわった漠然とした好意を愛情なんぞと結びつける。
ほとほと荒唐無稽としか思えなかった。
だから。
「なーに言ってんだよお前。それを知りたいって思うのが、恋じゃんか」
正直。それは、想像もしたことの無い答えだった。
「どんなものが好きで、どんなもんが嫌いか。好きでも無い子の事を知りたいなんて、誰だって思わないだろ?良いところを知ってるから、気が合うからするもんじゃねーんだよ。知りたいから、合わせてでも同じもんを気に入りたいって思う事がお前、恋なんだよ」
女好きの戯言と片付けるのは簡単だった。
けれど、言葉には、それを許さないだけの……何か、特別な響きが含まれている様に感じられた。
とは言え。それをそのまま鵜呑みにして感嘆を示すのは癪に触って。
「中々ロマンチシズムに溢れたコメントで恐れ入ったぜ。他にも言っておく金言はあるかよ」
憎まれ口を叩いてみる。
ただ。残念ながら、事今回の話題に関しては、笹上の方が数段上手だった。
「おうよ。知りたいと思って知った事を共有して、それを『ずっと』って思う事を、世の中では〝愛〟って呼ぶんだぜ。恋愛って字はさ、だから恋が先に来るのさ」
「………………なんでお前はその感じでモテねーの?」




