『かわい。』
「見て」
「は?」
昼休み。
食事を終え、教室に戻る道すがら。呼び止められて振り向くと、そこには陽柘かさねが立っていた。
こちらを呼び止め、ツカツカと歩み寄ってきたかと思えば、唐突に立ち止まり、おもむろに両手を挙げる。
それぞれが両耳の上辺りに添えられ、その手がピースサインを作る。……。いや、なに?
「今これ何見せられてんの、俺」
「うさ耳ポーズ」
「はい?」
「もしくは、うさちゃんピース。平成レトロと言うらしい」
「はぁ」
「どう?」
「なにが」
「可愛い?」
「なんて?」
「うさちゃんピース」
「……いや、可愛いんじゃねーの?流行ってるんなら」
「……を、する私」
「え、怖。自意識鋼かよ」
——————
回鍋飯のやりとりの後。
何の因果か、何かに付けて顔を合わせる機会が多くなった隣のクラスの女子生徒。面と向かって押し黙りっぱなしというのもアレなので、都度都度短い世間話を交わす程度には交流している訳だが。
「可愛く無い?」
「意見を求めんな。と言うか、可愛さアピールだったら作りもんでいいから口角を上げろよ。無表情でポージング取られてもリアクション困るんだってば」
「………………どう」
「………………表情筋針金で出来てんの?」
毎度毎度、何を考えているのかさっぱりわからん。
——————
陽柘の振ってくる話題は、毎回決まって突拍子のないものばかりだった。死ぬ程どうでも良さそうな話を大真面目にしたかと思えば、哲学然とした内容まで。それらに何か一貫した法則はなく。そんなことなので、話の受け手を務める身としてはやはり毎度毎度困惑を覚えるのだった。
話せば話すだけ、どんな奴なのかわからない。陽柘に対しての率直な印象は、そんなところであった。
「これは違ったのか……」
無表情なのでいまいち分かりづらいが、何となく不満気である様子だった。
「いや、種類が問題では無い訳で……いいよ違うポーズとんなくて落ち着いてくれ」
何かしら別のポージングを実行しようとするのを、先回りで嗜める。だから、リアクションに困るんだってば。
「なるほど。思った以上に難しいね、可愛い」
「突然平成レトロ突き付けられた時の対応とどっちが難しい?」
「逆にどんなポーズなら可愛いの?」
「なんで頑なに俺の話聞かないの?」
会話は二人以上でするものという文化が根付いていない地方の育ちなのだろうか。
「と言うかそもそも『可愛いポーズ』と『可愛い』って全然違くね?」
「そうなの?」
「いや、わからんけど」
「えぇ」
再びの不満顔。
だが多分、俺は悪くない。
「あれだ。えー……つまり、主観と客観の違いと言うか……」
「……余計わからない」
「そうだな、今のは俺の説明が悪かった。ごめん」
五秒ほど思考し、改めて口を開く。
「要は可愛く見せたいのか、可愛く見られたいのか、みたいな話、か……?」
「……深い話をしようとしてる?」
「いや、多分ペラい話だから適当に聞き流してくれ」
「わかった。続けて」
「あぁ、どうも……可愛いポーズとか仕草、喋り方とかって、要するに外向けだろ。こっちが、可愛く見せたいの方な」
「……じゃあ、主観は?」
「……なんだろ、何でもない事じゃねーかな」
「何でもない?」
「どーでもいい癖や、普段からの声色。ダッセー失敗とか、カッコ悪いとことか……気に入ったり惚れ込んだりしてる奴が相手なら、そういう一個一個が……いやこれ俺何語ってんだ止めようぜ」
「え、気になる。続けて」
「嫌だ」
「なんで」
「なんでも」
「……いじわる?」
「心外」
単に俺の問題である。
——————
予鈴が鳴り響く。
廊下も俄かに慌ただしくなってきた頃合いで、軽く手を挙げる。
「ま、なんにしても。どこ宛の可愛い目指すかによって話全然変わるだろうし、今のは所詮俺の考えだから。あんまりアテにはしないでくれ」
「……肝に銘じることにする」
「重いなぁ」
——————
そこまで言って、ふと。目に留まった一点をじっと、思わず見つめる。
「——なに?」
軽く息を吸う気配を挟んで、陽柘が髪を撫で付けながら疑念を口にする。その所作に思わず、
「あ、惜しい」
言葉が漏れた。
「惜しい?」
「反対っ側だな」
言いつつ、自身の頭……というか髪を指差してみせる。
「跳ねてるぞ、髪の毛」
「——————あぁ、これは気が付かなかった」
「めちゃくちゃ溜めるな」
「まぁ、髪が跳ねているくらい気にしないから」
「そいつはいらんこと言ったな。ちょっと気になって思わず言っちまっただけだし、実際大したもんじゃねーけどな」
「デリカシーがないね」
「気にしてんのかよ」
陽柘が踵を返す
「それじゃ、また」
短く言うや、そそくさとその場を立ち去る。アイツの挙動の出力はゼロか100しかないのだろうか。
視線を外し、小さな溜息を。
疲労を感じるなんて事はないものの、何を考えているのか分からない女子との会話というのも些か神経を使うもので。特に本日は、全く全然柄でもない色恋の話なんぞしたもので……やはり若干の疲労は感じているのかもしれないと、雑な自己分析を行う。
教室に戻ろうと、自らも踵を返す。
そのタイミングで、ふと。誰がしかに呼ばれた気がして、再び視線を後方へと動かす。
と。
少し離れたところに。
スマホの画面を見つめながら、険しい顔で頭を撫で付ける陽柘の姿があった。
その表情は本当に真剣で。普段電波寸前の事ばっか言ってる女子と同一人物とは到底思えない挙動であった。
——いらん事言っちまったなぁ。
頭を掻きつつ、不用意かつ不躾な言葉を投げかけてしまった事を僅かに悔やむ。デリカシーはなかった、確かに。
とは言え。気にするほどでもないと言ったのも決して嘘ではなく、そこまで神経質にせずとも。
撫で付ける。
離す。
跳ねる。
しっかり癖がついてしまっているのだろう、中々当人の言う事を聞かない跳ねっ毛に悪戦苦闘している。
何をするでもなく、特に何を想うでもなく。その姿をぼんやりと眺めていると、不意に横から声をかけられた。
「……なにやってんの?」
同じクラスの笹上が、奇妙なものでも見付けたかの様にこちらを見ていた。
「本鈴なっちまうぞ、行かないの?」
「あー、おー……」
「……なんか見てんの?」
「…………あれ」
ふと思い立って、遠方の陽柘を指差し、示してみせる。
その方向へと視線を飛ばして、一瞬考えた後。やはり何一つ理解できなかったらしい、笹上が眉を顰めた。
「陽柘、だっけ。最近たまに一緒にいる所見かける子だよな……あれは何やってんだ?下手くそな自撮り?」
「跳ねっ毛を直しているらしい」
「はぁ。で?お前はなにやってんの?」
「特に何も」
「なんだそら」
「——なぁ」
「うん?」
「どう見える?」
「はい?」
「あれ。陽柘。どう見える?」
「………………髪を直している様に見える」
「だよな」
「え、怖すぎる。何、何かのクイズ?試されてる?俺」
「そんなんじゃねーよ」
一つ、大きく溜息を吐く。吐いて、先程の自分の言葉を思い返して、やや辟易とする。
一般論とまでは言わないまでも、さっきのはあくまで大多数……例え話の一環として口にしたものだった。間違っても、後に自分の背中を刺そうだなんて露とも思っていなかった訳で。
「やっぱ主観か……」
「は?マジで何の話」
「なんでもない話だよ」




