『わけ。』
なんだって、物事には理由がある。
そらそうだろって話ではあるし、この時世にいきなりそんな〝当たり前〟を、鬼の首ひっ捕えた大言壮語みたく語るってのは些かナンセンスである様に思う。
ただ、時々。
本当にごく稀に。
なんの因果が作用して、そんな窪みに落っこちたのか分からない様な出来事にぶつかる事は、確かにある。
陽柘かさねとの初対面は、正にそうした類のものだった。
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「座ってもいい?」
「……は?」
「ここ。空いてるから」
言葉に、ぐるりと周囲を見渡す。
昼食時の食堂が閑散としている道理も無く、辺りは確かに祭りの会場の様な賑わいに包まれていた。
とは言え、空いてる席がここだけという事もなく。
見やれば幾つか、女子生徒のグループが占領している区画には、未だそこそこ空席が見受けられた。そんな中でわざわざ、面識の無い男と相席しようというのは、果たして一体どういう心理状態なのか。測りかね、見回していた視線を正面に戻す。
「うお」
その時には既に遅く。見知らぬ女子生徒は既に、こちらの対面に腰を下ろし、ゆるゆると弁当を広げていた。
「魚?」
「——いや、魚介の話はしてねー」
「そう?てっきり肉より魚が好きなのかと思った」
「この場面でいきなり食事の嗜好宣言するって、頭どうかしてんだろ」
「うん。だから、よかった」
「何が」
「頭が無事みたいで」
「………………」
不満も顕に顔を顰めてみせる。
けれど、目の前の女子生徒はといえば丸っ切りどこ吹く風。相変わらずのろのろとした所作で、食事の準備を進める。
「……なに?」
ようやく視線に気付いたかと思えば、これだ。
問い掛けたいのはよっぽどこちらの方である。
とは言え相手は初対面。しかも女子である。余りに不躾な言葉を畳み掛けるのはいくらなんでも憚られたので、とりあえず目に付いた弁当箱のサイズ感についてつついてみる。
「……随分でかいなぁ、と。見掛けによらずわんぱくな様で」
「うん。小さい頃から、陽柘さん家のお嬢さんは元気いっぱいだね、とよく話題になってたから」
藪蛇であった。
「……絶対捏造じゃん。なんなんその嘘」
「なに、私には明朗快活な印象は無いと?」
「いや、そこまで言い切っちゃねーけど」
「静謐でお淑やか、深窓の令嬢然としていると?」
「自己肯定感すごいなアンタ。ベンチャーの起業家かよ」
本当に、とんと藪蛇であった。
「自己肯定感の低い子がお好みだった?」
「酷い論点の挿げ替えだ。俺の意見を求めるんじゃねー」
電波女、とまで斬り捨てるつもりはないが、関わり合いを持って得をするタイプの奴では絶対に無い。かと言って、今この場で離席すれば、それはそれで感じが悪いし、収まりも良く無い気がしたもので。
結局、封を切られた矢先に口へと運ぶタイミングを喪失していた惣菜パンをそそくさ食べ切り、この場を後にしようと一人決めて掛かる。
相席の許可取りと了承。
やりとりが完了した今、改めて薮をつつかない限り新たな話題が降って湧く事もないだろう。
「いつもパン食なの?」
そうでもなかった。
「……いつもって訳じゃねーけど、今日はたまたま。日替わりがラーメンだったから、気分じゃなかったってだけで……」
「米食はお嫌い?」
「興味無いんだったらそう言ってくれ、頼む」
言葉も虚しく、少女——陽柘は、やはりのんびりとした所作で弁当箱の蓋を開けた。取り立てて注視していた訳でも無いが、対面に陣取られている以上、嫌でもその中身が視界に飛び込んでくる。
「うぉっ」
やたらとデカい、二段の弁当箱。開帳された二段目一杯に、これでもかと肉丼が詰め込まれていた。
それも、ただ焼いた肉が乗っている、なんてシンプルなものでは無い。キャベツやピーマンなど、ザク切りにの野菜が目を惹き、世辞抜きで食欲をそそる見栄えであった。
「回鍋飯」
「ぁあ?」
「美味しそうでしょ」
「……あー」
表情に乏しい癖に、ドヤ顔だけはハッキリするものだから兎に角タチが悪い。とは言え、そんなせせこましい不満の介在を許さないだけの品質を、手製の弁当は誇っていた。
「美味しそうでしょ」
念を押されるのは不服ではあったが。
「あー、まー、そうな……素直にすげー弁当だな、とは思う」
不服ではあったが。だからと言ってそれは、抱いた感想を偽る理由にはならず。観念した、みたいな心持ちのまま同意を示す。すると少女・陽柘は、
「たべる?」
余りにもあっさりと、言ってきた。
「…………」
「…………なに?」
「……女子に弁当貰うってのは、それなりに喜ばしい話だと思うんだけどよ」
「うん」
「初対面の知らん奴から『はいどうぞ』と言われても、受け取る側としては——いや、やっぱなんでもねー。忘れてくれ」
重い。怖い。意味がわからない。
ツラツラと脳裏によぎった幾つかのネガティブを、すんでの所でごくりと呑み込む。
言葉を鵜呑みにして『冗談。やっぱそんなつもりじゃなかった』みたいに言われたら、穴を掘って飛び込む羽目になるし。何かの間違いで、善意から出ている提案だったとしたら、それこそ失礼なんて騒ぎでは無い。
結局暫し悩んで、
「——食いさし食わすってのは後味悪いし、気にせずかっ食らってくれ」
気の利いた言葉一つ返せないのだから、全く始末が悪い。
ただ。そんなこちらの逡巡は、結果だけで言えば全くの徒労であり。
ぱかりと開けられた一段目には——二段目とまるで同じ内容物が詰まっていた。
「…………えぇ」
「こんな事もあろうかと」
「何を想定して飯作ってんの?」
二段重ね回鍋飯。
わんぱくどころの話では無い。土建屋か。
「どうぞ、遠慮なさらずに」
「遠慮してた様に見えた?」
ずずいとこちらに押しやられる弁当箱。その中身を見て、端と気付く。
「めっちゃ湯気」
「レンジを使った」
「ほぉー……」
……滅茶苦茶美味そうである。
ちらと、目の前の奇怪な少女を見やる。
自身の手元に残した回鍋飯の片割れには目もくれず、視線はじっとこちら……目の前へと追いやられたもう一方の回鍋飯へと向けられていた。
実際に口から出せば余りに不躾。なので、ため息は内心だけに留める。押しやられた弁当箱を手元に手繰り寄せる。
「はい」
つい、と。やたらと可愛らしい花柄の箸を一膳手渡される。
「あー……どうも」
間の抜けた言葉の後、一拍を挟んで。
「……いただきます?」
「どうぞ、召し上がれ」
挨拶と共に、半ば破れかぶれな心持ちで、回鍋飯を掻き込む。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………えぇ、と」
「…………うっま」
「え」
「マジで。めちゃめちゃ美味い。すげー美味い」
残念ながら俺はプロでは無いので、食レポのクオリティは些かゴミみたいな代物だった。だが、本当に美味い。
あれだけ引っ張っておいて、食い始めてしまえばもう止まらない。行き場をなくした惣菜パンには心苦しいが、熱々の中華と米には勝てる訳もなく。無心で箸をすすめる。
と。突然陽柘がすくっと立ち上がった。
先程までののんびりした挙動が嘘の様な俊敏さに、思わず箸を止めて視線を上げる。
一瞬。ぱちりと視線が合ったかと思えば、瞬きの間に踵を返す。何が何やら分からずただ茫然としていると、
「それでは、ごゆっくり」
顔を背けたままぽつりと、陽柘はそんな言葉を口にした。
「は?いやアンタ、飯は——」
「食べちゃって大丈夫」
「食べちゃってって、弁当箱は——」
「置いといて大丈夫」
「置いといてってアンタそら——」
言うだけ言って、脱兎の如く。
陽柘はあっという間に、ごった返す生徒達の人混みの中へと姿を消してしまった。
後には、間抜け面で回鍋飯を手にする自らと、目の前に置き去られた回鍋飯だけが残ったのだった。
「……いやお前、二個もどーしろってんだよ……」
食った。




