第6話 世界に溶け込む前に
セリウスが薄く笑った。
「選ばれる側が、選ぶ気でいるな。─身の程を弁えろ」
発せられたその言葉に、クラリスは思わず視線を落とした。
─速さは、関係ない。
そう教えられたばかりだった。
…だけど…
その言葉を、うまく飲み込めなかった。
─昼下がり。エリオットの欠伸をかき消すように、午後の授業を開始する鐘が鳴った。
程なくして、白衣を翻しながらセドリックが姿を現す。
「明日から、お前たちは“卵探し”に出ることになる。今日は復習だ」
教本のページをめくり、ドラゴンの卵の項目を読み上げる。
「ドラゴンは世界から生まれ、“卵のようなもの”に包まれて操者を待つ。
ただし、世界より生まれて三日後には、再び世界の一部へと還ってしまう」
セドリックは顔を上げると、生徒たちを見渡して続けた。
「…この“卵”が発生する前兆を、研究機関が感知した。そのため、明日から探索することになった…というわけだ」
ここまではいいな?とセドリックは生徒たちを見て、理解を確認するとまた続けた。
「では、探索の方法だが…。お前たちは、“卵”ひとつひとつと絆が結ばれる。
それはドラゴンの属性と密接な関係があるとされている。たとえば─」
火ドラゴンであれば熱を、水ドラゴンであれば水気、風ドラゴンは風の流れ、土ドラゴンは岩場など…。
それぞれが生きやすい環境で、操者を待つ。
「ゆえに、例年の操者見習いたちはおおむね三日以内に"卵"を見つけている。
大事なのは“理解”であり、早く見つけたからといってその優劣を測るものではない」
ここでひと息つき、改めて告げる。
「無闇に焦って余計な怪我をするな。“操者”は、ドラゴンに呼ばれるものだ。」
少し心配を滲ませた様子で、セドリックはまた生徒たちを見渡した。
「いよいよかー!」
─翌朝。よいしょ、とリュックを背負い直しながら、エリオットが屈伸を始めた。
学生用と操者用の、ドラゴン舎のあいだにある通用門。
セドリックが門前に立ち、生徒たちはそれぞれリュックを背負って並んでいた。
「…では、改めて装備の確認をする」
まずはリュック。これは卵を持ち帰るためのものだ。
クッション性が高く、歴代の生徒たちが改良してきた由緒ある品らしい。
「“卵”は、属性により個体差がある。だが、操者が持てない重さには、ならないという法則も確認されている」
だからドラゴンは現象であり…と自論を展開しようとしたところで、生徒から急かすような咳払いが聞こえてきた。
「次に、ロープ。"卵"を安全に運搬するためにも、先日教えた結び方を遵守するように」
リュックの左側に備え付けられたロープは、若干の伸縮性があり、扱いやすい。
"卵"に見立てたハリボテを使った、縛り方の実技も全員が履修済みだ。
「次に、発煙筒。怪我など、不測の事態があれば使用すること。…みだりに使用した場合は、反省文と罰掃除がある。気をつけるように」
カイルが、「うへっ」と声を上げ、エリオットも思わず苦笑した。
発煙筒は右側に備え付けられている。
「最後に、懐中時計。これは今後の生活でも使用することになる。学園からの記念品だ」
裏には入学年と、名前が彫られている。
例年、“卵探し”のタイミングで配られているものだ。
「…以上だ。毎時間ごとに休憩時間を適切にとり、昼食に間に合うように戻ること。
三日間は午後の授業はない。ゆっくり休息をとり、期間内に“卵”を見つけるように」
いいな?と問いかけながら、生徒たちの顔を見渡す。
─装備に不備も無いようだ。
「いいか、重ねて言う。
──“ 速さで優劣はつけられない。きちんと見ろ”」
通用門の前にもドラゴン舎と同じように、門番が控えている。だが、ドラゴン舎の大門のような重々しさはない。
しかしその先に広がる空気が─ドラゴン舎ほどではないが、わずかに違っていた。
ほんの少しだけ、肌に触れる風が変わった気がした。
─門が開く。
軋む音は小さく、どこか拍子抜けするほどあっさりとしていた。
─それでも、一歩踏み出した瞬間、胸の奥が高鳴った。
クラリスはそれを感じると、胸元をきゅっと握りしめた。
「よっしゃー!…あー!なんか、いいなこのワクワク感!“宝探し”ってこんな感じなのかな!」
文字通り、弾むような足取りでエリオットが笑顔を向けてくる。
「あー、わかるわ〜。センセーは釘刺してきてたけど、やっぱアガるよな」
カイルも、ニカッと笑みを返す。
「まぁ。…焦っては、見つかるものも見つからないかもしれませんわよ?きちんと“見なければ”なりませんわ」
胸のざわめきを抑えきれないように、やや頬を紅潮させながら、サラがたしなめた。
「貴方もそう思いませんこと?…クラリス?」
同意を求めるように、少し後ろを歩いていたクラリスを振り返りながら声をかける。
「…ん、うん…!そうだよね」
その様子に軽く眉を下げて、心配そうに首を傾げてサラが続ける。
「大丈夫ですの?…霊峰の空気に当てられているようでしたら、ゆっくりと呼吸なさることを勧めますわ。
まずはゆっくり吐いてくださいませ」
と告げるとサラは立ち止まり、そっと肩に手を添える。
クラリスは、言われるままゆっくりと呼吸を整えた。
「─ありがとう。もう大丈夫…!」
ホッとした顔のサラに、まだ緊張気味の笑みを返して、またゆっくりと歩みを進める。
やがて、開けた場所が見えてきた。
「見えた…!」
たまらずエリオットが駆け出し、カイルもつられて小走りになった。
サラも少し足を速め、クラリスもそれに続く。
「うおぉ…!さえぎるモンがねぇ!山!!」
霊峰の周囲には視界を遮るものも少なく、まだ先にあるはずの霊峰との距離感を狂わせていた。
「なるほど…、外に出たら迷うのではと思っておりましたが、これならドラゴン舎を目印にすれば、迷うことはありませんわね。
…どちらにしても、初日からあまり遠くへ行くつもりもありませんでしたが」
安堵するように、サラが呟いた。
「よっしゃー!俺イチバン!じゃ、またあとでな!」
先ほどから足踏みしていたエリオットが、たまらずに駆け出していった。
「はー。ホント落ち着きねぇな、エリ男は…」
と言いつつ、カイルもまた走り出した。
その背中を見送りながら、クラリスはほんの一瞬だけ、別の方向へと視線を向ける。
─なぜか、そちらが気になった。
「まぁ、似たもの同士ですこと…」
サラは瞬きをひとつして見送ると、クラリスの方へと向き直った。
「わたくしは急ぎませんけれど、別行動にします?…それとも、ご一緒しますか?」
本当にどちらでも良かったが、クラリスの様子が気になっているのもまた事実だった。
長袖で上着も着ているし、天気もいいのでそんなに寒くはないはずだが──先ほどから、なぜか寒そうに見える。
「ありがとう…!じゃあ一緒に…」
パッと顔を上げたクラリスは、くるりと向きを変え、後ろに居た女子生徒に話しかけた。
「あの、貴方も一緒にどうかな?」
話しかけられた女子生徒は、少し長い前髪に隠れていた瞳を、ふっと見開いて、驚いたような仕草を見せる。
そして、はにかみながら応えようとしたとき──
「…そんな無駄なことに誘うな」
ピシャリと言い放ったのは、女子生徒の隣にいた男子生徒。
女子生徒と同じ蜂蜜色の艶やかな髪と、綺麗に切り揃えられた髪の隙間から覗く瞳もまた、同じ空の色をしていた。
「─身の程を弁えろ」
しかし、その整った容姿から発せられた辛辣な言葉に、クラリスは驚いて思わず身を引いた。
「…ちょっと、あまりにも失礼な物言いではありませんこと?…セリウス様」
どうやら、サラは顔見知りのようだ。少し戸惑った様子の女子生徒を挟むように対峙していた。
「…ふん。…行くぞ、セリア」
セリアと呼ばれた女子生徒は、一瞬だけ困ったように視線を揺らし──身を翻したセリウスから見えないように小さく頭を下げて、後を追うべく小走りでついて行った。
初めて言われた言葉にポカンとしているクラリスに、サラが慰めるように優しく肩に手を置く。
「…気になさらないでくださいませ。セリウス様は少々…その、難しい方ですの」
言葉を選びながら、「さぁ、参りましょう」とサラに促されて、クラリスは気を取り直そうと、もう一度深呼吸した。
「うん、ありがとうサラ…!ここには“卵探し”に来たんだもんね!」
がんばるぞ!と気合いを入れ直すクラリスに、サラも「その意気ですわ!」と頷いた。
クラリスとサラは、霊峰の裾野へと足を踏み出す。
クラリスには予感があった。
この広い中で、“まだ見つかっていない何か”が、自分を待っている。
─そう、確信していた。
──こうして、“卵探し”の初日は静かに幕を開けた。




