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ドラゴンの声を聴いた者たち 〜王立操者養成学園の記録〜  作者: 灯吉郎


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第5話 ドラゴン舎見学!


クラリスの眼前に広がるのは、霊峰──天穿峰てんせんほう


まるで神が振るった槍が、そのまま天に突き立ったかのように鋭い岩山だ。


街ひとつ飲み込めそうな広い裾野を持ち、その頂は──さらに雲の向こうに消えていた。


「いやぁ…こんなに近くで見たの初めてだ…」


貴族街出身のカイルが、しみじみと霊峰を見上げながら感嘆の声を漏らす。


霊峰の周辺はドラゴン舎があるため、一般人は立ち入ることが出来ないからだ。


生徒たちは霊峰から吹く風に不思議な気配を感じ、逆立つ肌を撫でるように自身を落ち着けながら、ドラゴン舎へと続く道を歩いていく。


「…なんだろう、あの木」


─ふとクラリスが気になったのは、ドラゴン舎の右手に植えられている巨木だった。


樹齢は分からないが、その幹は─自分の両手では回しきれないほどに立派で、なんだか見守られているような安心感があった。


「分かりませんけれど…学生用のドラゴン舎と、操者用のドラゴン舎、それぞれの道のちょうど中ほどにあるようですわね」


学園を卒業した操者は、一定期間、国のために働く。


また、学生の頃と同じように、専用の宿舎も与えられているらしい。自宅から通うことも許可されているそうだ。


─今も一部の貴族街出身の学生は、寮を使わずに自宅から通う者もいると聞いている。


「不思議な木だな…、なんか落ち着く」


クラリスの内心と同じ感想をエリオットが呟く。


─やがて、生徒たちはドラゴン舎へと続く大門の前にたどり着いた。



大門の前に立った、そのときだった。


─足元から、かすかな震えが伝わってきた。


「……今の」


誰かが呟くよりも早く、低く、腹の底に響くような唸り声が空気を震わせた。


──ォォォ……


生徒たちは思わず息を呑む。


─音というより、圧だった。



「騒ぐな」


静かだが、よく通る声が生徒たちの機先を制した。


大門の前に、ひとりの男が立っていた。


「セドリック先生…!」


クラリスが思わず安堵の声を上げると、セドリックは頷き、


「三年生には声をかけてある。やつらが中で準備している間に、簡単に説明しておく」


「まず、この大門は人とドラゴンの境だ。ここから先はドラゴンの領域であるという自覚しろ。

門の内側、手前には飼葉がある。いずれは自分たちの手で、ドラゴン舎の手入れも行うことになる」


生徒たちを見渡し、セドリックが続ける。


「その奥に三年生のドラゴン、さらに奥に二年生のドラゴンがいる。お前たちのドラゴンはこれから卵を探すため、最奥の区画はすべて空いている。

また、空へ出る時は一年生区画の更に奥、霊峰方面の大門から飛び立つことになる」


セドリックはひとしきり説明すると、懐中時計を取り出して頷いた。


「…そろそろ頃合いか。中へ入るぞ」


セドリックが門番に手を挙げて合図を送り、大門が開かれた。


彼に続き、生徒たちが大門をくぐる。


─その瞬間、空気が変わった。


新鮮な干し草の匂いと、獣のような不思議な臭い、そして鉄の匂いが鼻に流れ込んでくる。


─近い。


大門の前までは、どこか遠くに感じていた唸り声が、すぐそばで響いている。


鉄柵の向こうで、影がゆっくりと動いている。


「……」


─言葉にならないまま、視線が釘付けになる。


ドラゴン舎の高さは、学園の校舎と同じくらいありそうだった。足場は二階の高さに、ドラゴンごとに備え付けられている。


一番手前、生徒たちから見て左側には、まるで山のような影。


その影が、動いている。…いや、呼吸している。


「…でっ…けぇ…」


カイルが見上げたまま、思わず口から感嘆の声を上げた。

クラリスも言葉もなく頷き、一同はそのまま思わず歩みを止める。


「おう!一年坊!怖がることは無いぞ!」


まるでその山を小さくしたような、快活な声を上げたのは、ドラゴンのあるじ


「食堂では挨拶してなかったから、ここで改めて自己紹介させて貰うぞ!俺はガレス!この火ドラゴンの主だ!」


さぁ挨拶を、とガレスがドラゴンに促すと、ぐるる、と唸り声を上げた。

姿勢を低くしたのか、先ほどよりも全体が見えてきた。


ちょっとした山ほどもあるのではないかと思わせる、立派な体躯。

ドラゴンは一年で成体になるとはいえ、このドラゴンは大きいほうのようだった。


火ドラゴンと呼ばれただけあって、オレンジがかった柔らかい赤い鱗が鈍く光を反射している。


その巨体が息を吐くたび、空気がわずかに揺らぎ、頬にじんわりと熱が伝わってくる。蒸れた干し草の匂いが、鼻腔をくすぐる。


「火ドラゴン…!カッケェ…!!」


山岳地帯出身で、似たような赤髪のエリオットが両手を握りつつ興奮を隠せない声を上げる。


「そうだろう、ガハハ!」


とガレスが笑う横に、少女が割って入ってきた。


「よしっ、次は私の番!同じく三年のコレットよ!よろしくね!」


ガレスの向かいのドラゴン舎へと手招きし、自慢のドラゴンよ!と手を振り上げた。


先ほどの巨体に比べると、半分くらいに見える─小さいというよりも、洗練された雰囲気のドラゴンだった。


新緑の葉を思わせる柔らかな鱗が、光を反射して優しく輝いている。

先ほどの火ドラゴンに熱せられた頬が、風ドラゴンの纏う風に撫でられ爽やかにほどけていくのを感じる。


まるで刈りたてのような青い香りが、風に乗ってふわりと届く。


「私のパートナーは風ドラゴン!速さで右に出るものはいないわ!」


「…たぶん」と、コレットが自信なさげに小さく付け加えたのを、サラは聞き逃さなかった。


(わざわざ突っ込む必要もありませんわね)


その小さな呟きを、カイルだけがしっかりと聞いていた。


ひたすらドヤ顔で紹介──という名の自慢──を聞いたあと、じゃあ次!と風ドラゴンのさらに奥へと案内された。


「寮生のみなさん、覚えているかしら。女子寮長、マーセルよ」


改めてよろしくと軽くお辞儀をされ、クラリスもぺこりとお辞儀を返した。

サラも軽く淑女の挨拶を返す。


「で、私のパートナーは…水ドラゴン!」


コレットと同じように手を挙げると、それに応えるように水ドラゴンが顔を見せた。


先ほどの風ドラゴンよりもひと回り大きく、青々とした鱗は、川の流れを思わせる。

濡れてはいないはずなのに、なぜか濡れたような光沢を放っている。


─やはり、気のせいではなかった。


水ドラゴンの周囲にだけ、薄く霧がかかっていた。

湿り気を帯びた空気が、肌にそっと触れ、雨上がりの草原のような匂いが漂う。


「わぁ、…キレイ…」


思わずクラリスが感嘆の声を上げ、マーセルも得意げに頷いた。


(そうでしょう?うちの子が一番綺麗なのよ!)


「じゃあ最後…ルイ!」


マーセルの正面、ガレスの隣に座すのは、このドラゴン舎で最も異彩を放つ、黒いドラゴンだった。


影をより濃くしたような、光を吸い込むような闇色の鱗。

まるでそこだけ重さを増したような空気が、先ほどまでの朗らかな雰囲気とは真逆の重苦しさをまとっていた。


─音が、遠のいた気がした。


意識を強く保っていなければ、引きずり込まれそうな重圧。


生徒たちはその重い空気に耐えきれずに歩みを止め、後方の生徒たちはさらに後ずさった。


─赤い瞳が、こちらを捉えていた。


逃れられないという感覚だけが、やけに鮮明だった。


まるで蛇に睨まれた蛙のように、冷や汗をにじませながら、一年生たちは身動きが取れなくなった。


三年生たちは、まるで気にも留めていない様子で、それぞれのドラゴンの世話を続けている。


後輩たちの怯えた様子に慣れているのか、ルイも特に気にすることもなく口を開いた。


「…男子寮長を務めている。…相棒は黒ドラゴン、世界の裂け目を閉じることが出来る」


先にマーセルから名を呼ばれたので、それ以上の自己紹介は必要ないだろうと言わんばかりの様子で、ルイは簡潔に答えた。


─黒ドラゴン。


霊峰の周囲に、突如発生する、空間の裂け目。


その黒い裂け目を唯一閉じることが出来るのが、黒ドラゴンである。


「─マジで、裂け目ってあるんですか」


カイルが喉を鳴らしながら尋ねた。


ドラゴン操者たちが出撃する時は、特別な鐘が鳴るので王都に住んでいる者たちは聴いたことがあった。


だが、実際に見たことはない。


「─ある。…あとは、教師に問え」


本人も出撃する関係で、機密情報もあった。

余計なことを言って一年生を必要以上に怖がらせることもあるまいと思い、あとは教師に任せることにした。


「…そうだな、年々"裂け目"は拡大している、というのが最新の研究結果だ」


ルイの配慮を見事に両断し、モノクルの位置を直しながらセドリックが頷く。


「そのため、ルイの出撃回数も今後増えるだろうという予測が立っている」


研究者らしく、淡々と続けるセドリックに、ルイは眉間に指を当てながら続けた。


「…それはそうだが。逆に言えば、俺とシスが出れば問題ない」


思わず黒ドラゴンの愛称を呼びつつ、


「だからクラリス…いや、一年生は気にせず、ドラゴンの卵探しに励んでくれ」


と、結んだ。


「ドラゴンの卵探し…!!」


にわかに一年生たちが、期待にざわめいた。


─これから、自分のドラゴンと出会うのだ。


その事実に、胸の奥が、じわりと熱を帯びていく。


クラリスも期待に胸を弾ませていたが、ルイのドラゴンに惹かれるように、そっと目を向ける。


─なぜか、視線を外せなかった。

胸の奥が、わずかにざわつく。

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