第4話 :ドラゴンは還る
食事を終え、部屋へ戻ろうとしたとき──
「…あなた、新入生の…クラリスさん。少しお話があります」
なんだろう、と瞬きをしていると、サラが「先に戻っておりますわね」と、軽い淑女の挨拶をして目前を去った。
その優雅な所作に寮長と顔を見合わせ、軽くお辞儀をして見送ると、改めてマーセルが口を開いた。
「…クラリスさん。…あなた、ルイと親しいようだけど」
どんな関係なのかと問われ、クラリスは少し首を傾げて答えた。
「幼なじみです」
「…そ、それにしてはルイの様子が…」
三年生に上がるまでの二年間、共に切磋琢磨してきたあの優秀な黒ドラゴン操者が─
あんな姿は初めて見た。
(…なんにせよ)
マーセルは気を取り直して、寮長として告げた。
「学内では、年長者の指示に従うのが基本です。我々ドラゴン操者は、連携がすべてです。…わかりますね、クラリスさん「」
はい、と神妙な顔でクラリスは頷いた。
─ドラゴンの声を聴いてから、何度も読み返した…
王国から支給された操者の教本に書かれていた、ドラゴンとの絆の大切さ、操者同士の連携が、世界の均衡を保つこと…。
それらを脳裏に思い浮かべながら、寮長を真っ直ぐに見つめ返す。
マーセルはひとつ頷き、
「では、今後は呼び捨てではなく、学内にふさわしい呼び方にすることを命じます」
「わかりますね?」と、念を押すように呟く。
(…そう、三年生を一年生が…それも圧倒的強さと圧倒的人気を誇るルイを…!
我々の憧れのルイを!呼び捨てなど、本来は同学年の特権…!)
内心の憤怒のような心持ちなど分かろうはずもなく、クラリスは頷き、
「そうですよね…!これからは─」
「──お兄ちゃんと呼びます!」
と、宣言した。
──翌朝。
「あっ、おはよう…─お兄ちゃん!」
…お兄ちゃん…!?
食堂がどよめいたのは、言うまでもなかった。
「──!?マーセルっ!なんで"お兄ちゃん"になってるの!?」
マーセルと同じ三年生、ロングヘアを動きやすく束ねた女子が、寮長の肩を荒ぶるままにガクガクと揺さぶった。
「…や、なんか…しっくりきたから、訂正しなくてもいいかなって…?」
昨夜も「兄のようなもの」という話が聞こえていたため、「ルイ先輩」よりも「お兄ちゃん」の方がいい気がしてしまったのだ。
「…寮長としていいかは分からない…。
でも、同郷の幼なじみなら、兄妹みたいなものでしょ?…ルイもきっと、異性というより、"妹"として心配していたから、あんな奇行に走ったに違いないもの!」
…というようなことを早口でまくし立てると、まくし立てられた女子生徒…、コレットが納得した顔になった。
「つまり…わたし達の、"妹分"─ってことね!」
ピシャーン!と、まるで稲妻が落ちたかのような衝撃が走る。
「…私たちの…妹─!?」
マーセルが復唱する。…なるほど、─だから昨夜はあんなにしっくり来たのか。
マーセルはコレットと肩を組み…深く頷いた。
─少し賑やかな朝食を終え、校舎へと向かう。
一年生は三階まで階段を上がらなくてはならない。
歴史を感じさせる木造の校舎の階段が軽く軋む音を立てるのを聴きつつ、教科書を小脇に抱え、軽快に階段を昇る。
「はよ!」
「おはよう、エリオット!」
元気に片手を挙げるエリオットに、クラリスも笑顔で応じる。初めての教室に少し浮き足立ちながら、名札を頼りに席につく。
始業時間までの軽いざわめきを耳に入れながら、初めての授業に心を踊らせていると、程なくして始業の鐘が鳴り響いた。
ガラリ、と扉を開けて入って来たのは、ひょろりと背の高い男性。
翻る白衣は、教師というよりも研究者のように見えるが、手には出席簿がある。担任で間違いはないようだが…?
生徒たちの視線を当然の如く受け止めつつ、長い前髪の隙間からモノクルを覗かせている。
腰まで届く髪を無造作に結っているのは、切るのが面倒なのだろうか。
灰色掛かった銀の髪、それよりも深い色をした瞳で十人ほどいる生徒を見渡し、気だるげに口を開いた。
「…今年度、お前たちの担任をする。セドリックだ。─では、出欠を取る。
名を呼ばれた者は、速やかに返事をすること」
そのまま流れるように出欠を取り、全員いる事を確認したセドリックは早速板書を始めた。
少し読みにくい癖のある字で、
「ドラゴンとは生物ではなく、循環する現象である」
と書いた。
カツン、とチョークを置き、眉を顰めつつ指を拭うと
「これが分かる者はいるか」
と問うた。
「…いや、分かんねぇよ!!」
思わずガタッと椅子を鳴らして突っ込んだのはエリオット。
セドリックはつまらなさそうな顔で一瞥し、
「貸与された教本は読んだか」
と続けた。
「読んだよ!読んだけどよ、あと操者の見学もやった!…けどよ、どう見ても生きてるだろ!」
水の流れを清めたり、火を弱火から超高温まで調節できるのがドラゴンであり、それを仲介するのが操者である。
声を聴いてから今日まで、ずっと憧れた存在だ。
この学園に入れば、ドラゴンのパートナーになれる。それを夢見てきた。
「…現象と言われれば、確かにそうかもしれませんが…」
サラもあまり納得がいかないようで、口元に指を当てつつ考えを呟いた。
「…ふむ、」
誰も理解していないと悟ると、セドリックは頷き
「お前たちには、言葉で語るよりも実際に見せた方が早いようだ」
そのまま教室から出ていこうとするのを見て、立ったままだったエリオットがさらに前のめりで声を上げた。
「ちょ、先生!授業放棄かよ!?」
先程からの口調には一切注意することもなく、セドリックはモノクルに触れつつ告げた。
「…三年のドラゴン舎の見学申請をしてくる。
…次の授業はドラゴン舎に集合だ。…教科書は不要だ。遅れるな」
もう呼び止められるのは勘弁といった様子でひと通り見渡したあと、
「質問はないようだな。残りは自主学習とする」
と言いおいて、今度こそ教室を退出した。
「…や、まだめっちゃ時間残ってるけど…」
取り残された生徒たちは、何をすればいいのか分からず、そのまま教科書を読むことにした。
「なぁなぁ!さっきのさー、めっちゃ同感した!いやー、スッキリしたわ〜」
座り直したエリオットに声を掛けてきたのは、サラに似た錦糸のような髪と、深い湖のような瞳を輝かせた少年だった。
「おっ!サンキュー!…って、悪い。まだ顔と名前が一致しねぇんだ。俺はエリオット!よろしくな!」
(そういやあの先生、自己紹介とかさせなかったな?)
と、思いながら、エリオットはニカッと笑顔を向けて手を差し出した。
その手をガッと握り返し、
「俺はカイル!よろしくな、エリオット!…なぁ、エリオットって長いよな?呼びやすくしていいか?」
テンポよく返されて、エリオットも「いいぞ!」と頷きを返す。
じゃあ、とカイルは少し首を傾げて目を閉じると、閃いた!と言わんばかりに目を開き、こう言った。
「エリ男!」
「──エリ、お」
「そうそう、エリ男!」
「エリ男…」
エリオットの手から力が抜けて、そのままパタリと落ちるさまを横で見ていたクラリスは、弾けるような笑顔で告げた。
「私も!私もエリ男って呼んでもいい!?」
「…はっ…!?」
キラキラと、まるで陽だまりのような笑顔で言われては、否と返せる度胸もなく…エリオットはぎこちない動きで首を縦に動かした。
「まぁ。…ではわたくしも、エリ男とお呼びしますわ」
クラリスの後ろの席に居たサラも、ここぞとばかりに入ってきた。
「…好きにしてくれ…」
「ここで断るのも男が廃る」と呟きながらエリオットが頷く。そのままカイルと二人も加わり、にこやかに挨拶を交わす。
「俺はカイル!よろしくな!」
「私はクラリス、よろしくね」
「わたくしはサラですわ」
それぞれが自己紹介を終えると、カイルはふむと頷いて
「公爵家のお嬢様と、黒ドラゴン先輩の妹…。この学年、濃くね?」
「……で、次ってドラゴン舎だよな?」
エリオットが気を取り直したように立ち上がる。
「確か、この校舎よりもっと奥の方なんだったよな」
カイルが軽く肩をすくめながら言うと、クラリスは窓の外へと視線を向けた。
王国が誇る霊峰の麓。
そこには、大きな建物の影が見えている。
「……あれが」
「ドラゴン舎ですわ」
このときを待ちわびておりましたの、とサラが声を弾ませた。
クラリスは、無意識に胸の奥を押さえる。
─なぜか、鼓動が少しだけ早くなっていた。




