第3話:再会
「ここが私の部屋…」
王宮と同じく、白を基調とした清潔感あふれる室内だった。
本棚には、ドラゴンに関する書物が揃えられていた。
(わぁ、こんなにあるんだ……!)
その隣には机と椅子があり、出窓の前にはシンプルなベッドが置かれている。
クローゼットも備え付けられていた。その奥には洗面所もある。
ひととおり部屋の中を見て回りながら、とても充実している設備にクラリスは瞳を輝かせた。
少ない手荷物をクローゼットにしまうと、机の上にあった置き時計を眺めた。
─夕食は六時から。…あと三十分は時間がある。
「…どうしよ、早めに行ってもいいかな…」
すっかり手持ち無沙汰になったクラリスは、早めに食堂に行こうと思い立つ。
扉を開けて廊下に出る。
─少し迷った末、隣室のサラを誘うことにした。
コンコン…コンコン…
(確か、ノックって四回…だよね…!?間違ってたら、どうしよう…!)
胸元で拳を握り、ドキドキしながら待っていると、しばらくして返事と共にサラが顔を出した。
「あら、クラリス…どうしましたの?」
しばらくぶりの眩いオーラにドキドキしながら、勇気を出して夕食に誘ってみる。
「あのね…、荷解き終わって暇になっちゃったから、食堂に行こうかなって。
誘いに来たんだけど…。…サラはもう終わった?」
首を傾げて尋ねる様子に、サラはクスッと微笑んで頷いた。
「ええ、終わっておりますわ。
もうすぐ夕刻ですものね、ご一緒しますわ」
「よかったー!じゃあ、いこ!」
嬉しそうに微笑むクラリスにつられて、サラも微笑みを返してくれた。二人でゆっくりと階段を降りる。
ちょうど同じタイミングで、男子寮から降りてくる人がいた。
「あら……新入生のかたじゃありません?」
サラが首を傾げて見た方向を一緒に見て、クラリスも頷いた。元気そうな赤い髪の少年だ。
「あっ、あの……こ、こんにちはっ」
向かう先は同じようなので、クラリスは思い切って挨拶してみた。
(無視されたらどうしよう…!)
「おー! こんちわ!」
赤い髪の少年は、片手を挙げて快活な挨拶を返した。
クラリスはほっと息をついて、言葉を続けた。
「あのっ、私はクラリス。こちらは、サラ」
「サラですわ。ごきげんよう。あなたのお名前は?」
「あー、俺はエリオット。よろしくな」
ニカッと笑顔を見せた少年の気さくな様子に自然と笑みを返して、そのまま三人で食堂に向かった。
「エリオットって、やっぱり山岳地帯の出身なんだね。ここまで遠くなかった?」
「あー。馬車が山道ギリギリでなー!
距離よりも、崖から落ちるんじゃねぇかって方がやばかったぜ」
「まぁ。ご無事で何よりですわ」
「お! ……おー。どーも」
多少ギクシャクしながらも和やかな雰囲気で、三人は食堂の扉を開けて中へ入った。
すでに数人が着席していた。
入ってきたクラリスたちを見て、茶色いボブカットの女性が立ち上がった。
「あなたたち、新入生ね?
……新入生は、一番後ろの席へ座って」
どうやら最上級生らしい。
クラリスたちはお互い顔を見合わせる。
促されるまま奥へ進んで、サラの隣にクラリス、その隣にエリオットが座った。
やがて夕食の鐘が鳴り、食堂には二十人ほどの生徒が集まっていた。
その間ずっと立っていた女性が、改めて口を開いた。
「私は女子寮の寮長を務めています、マーセルです。
新入生のみなさんに快適な寮生活を送って貰うために、のちほど今年度のルールブックを配ります」
一礼されて、全員で返礼する。
そしてマーセルは、イライラした様子で言葉を続けた。
「……で? 男子寮の寮長は?
どうなっているのかしら? 寮長としての自覚はあるの?」
先頭に陣取っている男性陣がザワザワしている中、食堂のドアが開いて、誰かがゆっくりと入ってきた。
マーセルと同じ腕章をつけている。寮長らしい。
「遅いわよ。……寮長なら初日ぐらいちゃんとして。……ルイ」
──ルイ……?
クラリスは、がたっと立ち上がると、慌てて目をこらした。
─間違いない。あの漆黒の髪。
忘れるはずがない。
二年前よりもさらに大人びていて、身長も伸びていて……。でも、間違えない。
「……ルイ……」
周囲の視線に気づくこともなく、クラリスはルイをじっと見つめた。
ルイと呼ばれた彼も、クラリスをじっと見つめ返して……
「クラリスっ!!」
物凄い勢いで駆け寄ると、
そのままクラリスを抱き上げ、くるりと回して抱き締めた。
「やっと入って来たのか!…長かった…
百年も待ったような気がする…」
抱き締めたまま感慨深く呟き続けるルイに、前方から、時間差で悲鳴が上がった。
「ルイーー!! その女、誰!?」
「おー、そいつがおまえの待ち人ってやつ!?」
「いいからさっさと寮長の挨拶しなさい!!」
ルイは真っ赤になって固まっているクラリスを床に降ろして、頬を撫でている。
「ああ、こんなに大人っぽくなって……。
変な虫はついていないか?」
慈愛に満ちた瞳で見つめられて、辛うじて我に返ったクラリスは、よく分からないまま、こくこくと頷いた。
「ルイ、寮長なんだね……」
─どう返したらいいのか、分からない…。
とりあえず、マーセルが待っていた相手だったことを思い出し、そう尋ねてみる。
「ああ。今年度からな。投票制で、不本意だが大差で押し付けられた」
「押し付けじゃないでしょ!?
寮長は立派な仕事です!!」
朗らかなルイの言葉に、ほぼ怒声でマーセルが被せる。…寮長の仕事に対する思い入れは、正反対のようだ。
「凄いね、ルイ。みんなに選ばれたんだね」
「ああ…。クラリスに凄いって言われるの、久しぶりだな…」
「…ルイ、そろそろ挨拶した方がいいんじゃないかな。…みんな待ってるから…」
困ったように首を傾げるクラリスに、ルイは頷いた。
「…そうだな。クラリスを空腹にしておく訳にはいかないな。…行ってくる。…あとでまた話そう」
うん、と頷いて、まだドキドキする胸を抑えながら、クラリスは席についた。
マーセルにどやされながらも、ルイは前方へと進み出る。すでに切り替えたその表情は、まさに最上級生の貫禄がある。
…先ほどまでの、蕩けた様子は微塵も見えない。
「今年度、男子寮の寮長を任された、ルイだ。
…よろしく頼む。…何かあったら、すぐに相談してくれ」
切れ長の瞳を気だるげに細めながら、前よりも低くなった声がクラリスの耳に残る。
昔より高くなった身長、がっしりとした身体つき…。
改めて見るとやっぱり──
「かっこいい……」
あちこちから、同じ言葉とため息が漏れた。
……どうやらここでも、ルイの人気は変わらないらしい。
……それにしても…
「クラリス、あの寮長とお知り合いですの?」
上級生から順に、バイキング形式の料理を取りに行く様子を眺めていると、サラが話しかけてきた。
「うん。……幼なじみ」
「まぁ」と上品に口元を押さえながらも、その瞳は抑えきれない好奇心でキラキラと輝いていた。
「─幼なじみ。……それだけですの?
差し出がましいようですけれども、先ほどの様子はただの幼なじみ以上に見えましたけど……!」
楽しそうなサラに向かって、うーん、と唸ってクラリスは口を開いた。
「わかんない……。
二年前は、ずっとお兄ちゃんみたいにくっついてたから。お別れのときも、置いていかれるのがとても寂しくて……悲しかったけど……」
─ 二年。……二年でさらに大人びたルイを久しぶりに見て、どんな気持ちになった?
「……まだ、よくわかんない…」
困惑した様子のクラリスに、サラは楽しげにまぁまぁと繰り返しながら頷くばかりだった。
(まぁ、まだ再会したばかりですものね。
…わたくし、学園生活が俄然楽しみになって来ましたわ…!)
食事の前に、すでに満足気なサラだった。
エリオットは、ひたすら空腹に耐えていた。
続く




