第2話:クラリス
ルイが村を出て、二年が過ぎた。
今日、クラリスは村を出る。
「達者でなー!」
「ルイにこの手紙渡してええええ!」
「ルイの迷惑にならんようになー!……たぶん無理だ!忘れてくれ〜!」
ルイのときとは違う歓声に、クラリスは少し複雑な気持ちを覚えた。
それでも、十五歳になった彼女は、馬車の中から手を振る。
隣には、村長。
クラリス以上に誇らしげに、村民へと手を振っている。
……あれから二年。
ルイは、どうしているのだろう。
そんなことを考えながら、少しだけ伸びた髪に触れる。
ゆるく結んだおさげが、馬車とともに揺れた。
「クラリスー!身体に気をつけてねー!」
母の声。
村の中央、自宅の前で手を振る姿が見えた。
思わず、泣きそうになる。
それでも、笑って手を振り返した。
──やがてその姿も、景色に溶けていく。
馬車は、村の外れから森へと入り──王都へ向かう。
途中の宿場で一泊し、翌朝、王都へと到着した。
王都ソレイユは、白を基調とした石造りの街だった。
眩しいほどに整えられた街並み。
運河が巡り、人と物が絶えず行き交っている。
馬車は石畳の上を軽やかに進む。
見学で何度か来たことはある。
けれど——ここで暮らすとなると、話は別だ。
(……緊張する)
深呼吸を繰り返すうちに、馬車は城へと続く跳ね橋を渡った。
やがて王宮前で停まり、クラリスは馬車を降りる。
衛兵に案内され、城内へ。
控え室で見習いの制服に着替え、待機部屋へ通された。
そこには、すでに数人の男女がいた。
同じ制服──つまり、新入生だ。
(思ってたより……多い)
それでも、両手で数えられる程度。
自分だけではないと分かって、少しだけ肩の力が抜けた。
クラリスは、そっと周囲を見渡す。
まず目に入ったのは、黄金の髪の少女だった。
絵画から抜け出したような美しさ。
ゆるく波打つ髪が、白い頬に影を落としている。
(……綺麗)
(貴族の人、かな……)
自然と、距離を感じる。
次に視線を向けると、赤い髪の少年がいた。
燃えるような赤。
(西の山岳地帯の人、だよね……たぶん)
ルイ以外の少年とは、ほとんど話したことがない。
目が合いそうになって、思わず逸らした。
(……あと、誰がいるんだろ)
そう思ったところで──
「そろそろお時間です」
衛兵の声が、部屋に響いた。
(お時間……)
いよいよ、学園への入学の儀が始まる。
クラリスは緊張を抱えたまま、新入生たちの後に続いて扉をくぐった。
白を基調とした、謁見の間。
太い石柱が並び、そこには金の装飾が施されたドラゴンのタペストリーが掛けられている。
この国を象徴する旗だ。
磨き上げられた大理石の床。
その先に、豪奢な敷物。
短い階段の上──黄金の椅子。
そこに、国王がいた。
白金の髪を短く切った壮年の男。
ただ座っているだけなのに、目を上げることすらためらわれる。
(……すごい……)
思わず、頭を垂れたくなる。
新入生たちは、顔を見ることもできないまま、俯いて跪いた。
──静寂が降りる。
「それでは、これより入学の儀を執り行う」
国王の傍らに立つ執政の声が、静かに響いた。
「うわー、キンチョーしたー!」
謁見の間を出た瞬間、赤い髪の少年が大きく伸びをした。
まるで全員の気持ちを代弁するような一言に、
(……分かる!!)
クラリスは心の中で強く頷く。
入学の儀は、新入生の証である銅のピンを胸元につけること。
そして、国王から「励むように」と一言賜り、それで終わりだった。
──それだけ。
それだけなのに、ずっと張り詰めていたせいで、背中が痛い。
足も、じんわりと痺れている。
(……転ばなくてよかった……)
退出の瞬間を思い出し、クラリスはほっと息をついた。
(よくやった、私)
心の中で、小さく自分を褒める。
「それでは、これから新入生の皆様を宿舎へとご案内いたします。村の皆様とは、ここでお別れとなります」
衛兵の声が響いた。
どうやら、このまま宿舎へ向かうらしい。
どの生徒も、別れを惜しむ様子はあまりなく、軽く挨拶を交わす程度で散っていく。
控え室に置いていた簡素な荷物を手に取り、
新入生たちは列をなして歩き出した。
ドラゴン操者は、国のために働く存在。
そのため、宿舎も校舎も、王宮の広大な敷地内にある。
外へ出て、右へ。
視界が開ける。
手入れの行き届いた緑と、きらめく噴水が目に入った。
「手前の建物が宿舎、奥が校舎になります。ドラゴンの宿舎はさらに奥にございます」
先導してくれている衛兵が、手を差し伸べながら説明した。
曖昧に頷く新入生たちを見て、
「すぐに慣れますよ」とやわらかく付け加える。
どうやら、新入生の案内には慣れているらしい。
宿舎はひとつの大きな建物で、内部で男女に分かれているようだ。
中に入ると、大きな階段が左右対称に伸びていた。中央奥が食堂、右が女子棟、左が男子棟。
先導してくれていた衛兵は男子棟へ、女子棟には女性の衛兵が案内に立った。
「本日はこのまま、自室でお過ごしください。宿舎はお一人ずつの部屋ですので、ゆったりできますよ」
やわらかな声に導かれ、クラリスたちは階段を上がる。
女子数名が続き、それぞれ名札の掛けられた部屋へ案内された。
「いまは持ち物も少ないでしょうが、毎月生活費が支給されます。
必要なものはその都度お求めください。
学習に必要な物は別途支給されますので、ご安心を」
説明を終え、衛兵は一度言葉を切った。
「ほかにご質問はございますか?」
クラリスは特に思い浮かばず、黙っていた。
すると──
「家族からの仕送りは、お願いしてもよろしいかしら?」
(……よろしい!?)
思わず、目を丸くする。
声の主は、あの黄金の髪の少女だった。
衛兵はすぐに頷く。
「はい、サラ様。宿舎の者にお申し付けいただければ、ご実家へお取り次ぎいたします。過度でなければ、問題ございません」
「そう」
サラはそれだけ言って、小さく頷いた。
(……やっぱり、お貴族様……)
まぶしいものを見るように、クラリスは瞬きを繰り返す。
「夕刻に鐘が鳴ります。その合図で食堂をご利用ください。それでは、失礼いたします」
衛兵は周囲を見渡し、ほかに質問がないことを確認すると一礼した。
クラリスたちもそれに倣い、頭を下げる。
やがて、衛兵の背が見えなくなると──
新入生たちは、それぞれの部屋へと向かっていった。
クラリスも部屋へ入ろうとした、そのとき。
隣室の扉に手をかけていたサラと、目が合った。
「あなた、お名前は?」
「……あ、ええと、クラリスです」
「クラリス……素敵なお名前ね。私はサラ。よろしくね」
差し出された手に、クラリスは慌てて両手で応える。
ぎゅっと、包み込むように握った。
その様子に、サラがくすりと笑う。
「ふふっ、そんなにかしこまらないで。わたくしたち、同じ新入生でしてよ」
やわらかな微笑み。
さっきまで感じていた“遠さ”が、少しだけほどける。
「……よろしくね、クラリス」
その言葉に、クラリスもようやく笑顔を返した。
「うん。こちらこそ、よろしく……サラ」
思い切って名前を呼ぶ。
恐る恐る、表情をうかがうと──
サラは、楽しそうに微笑んでいた。
(……よかった)
ほっと胸をなでおろす。
「それでは、また夕食のときに。……ご一緒していただけるかしら?」
小さく首を傾げるサラ。
「……!もちろん!」
クラリスは、ぱっと顔を明るくして頷いた。
(よかった……!なんとかやっていけそう)
(ね、ルイ!)
胸がじんわりとあたたかくなる。
そのまま、少し弾む足取りで──
自室の扉を開けた。
続く




