第7話 エッグハント
「焦っちゃダメ……」
自分に言い聞かせるように呟きながら、クラリスはひたすら進む。
草をかき分けるたび、指先に、かすかな冷たさが触れた。気のせいだと思いながらも、足は止まらない。
分かっている。焦っては、見つかるものも見つからない。
─それでも。
足は自然と、霊峰の方へと向かっていた。
遠くで、「あった!」という声が聞こえた。
──三日目。
「……まだ見つかってないのは……ひょっとして、もう──わたしだけ…?」
─時は戻り。初日の探査を終えた一年生たちは、特に成果もなく帰還していた。
「まー、そんなモンだよな…。初日なんてさ!」
食堂で遅めの昼食をとりながら、大きく背伸びをしてエリオットがぼやく。
「エリ男をまったく見かけませんでしたけれど、どこまで行きましたの?」
上品にフォークを使いながら、サラが好奇心を覗かせながら尋ねる。
「うーん、とりあえず、なんか“こっち!”って感じの方に行ったんだけど、まだ“甘い”っていうか…」
それは“操者”との絆が、確かにある証拠だろう。
サラも、「わかりますわ…」と頷いた。
「わたくしとクラリスは同行しておりましたが、やはり明日は、別行動の方が良さそうですわね」
今日の目的は土地の感覚を掴むこと、明日から本気で探せばいけると、サラの心の中で確信が持てていた。
「クラリスも、それで宜しいかしら?」
隣で食べているクラリスへと顔を向けて、サラは問いかけた。
「うん、大丈夫…!」
(やっぱり、今日は元気が無いようですわ…)
サラはクラリスの額にそっと手を当てると、熱が無いことを確認し、口を開いた。
「先生も、午後は休息をと仰っていましたし、ゆっくり休んでくださいませ」
…なんとなく静かになったところで、突如ドアがバン!と開いた。
「みんなー!聞いてくれ…!」
バタバタと入ってきたのは、カイルだった。
「おー!どしたー!?」
立ち上がり手を振って、エリオットが応える。
慌ただしく近づいてきたカイルが、興奮気味に告げる。
「やべぇ…俺…!みつけた!!」
なにを、と返したくなるが、みつけたといえばアレだろう。
「まさか…!お前、卵みつけたのか!?」
「おう!…見に来るか?来るよな?」
─昼食をとり終えたカイルに連れられて、クラリス、サラ、エリオットの三人はドラゴン舎へと向かった。
大門が開くのも待ち遠しいといったカイルの様子に、クラリスは微笑ましさと同時に、かすかな焦燥感が心に芽生えていた。
「こっちこっち…!」
自分の卵へと案内するため、カイルが手招きしている。
火ドラゴンの前はおっかなびっくり、黒ドラゴンの前は怖いので、水ドラゴンのそばへ寄りながら奥を目指す。
「これ…!」
二年生のドラゴンたちにも怯えながらなんとか通り過ぎて、やっとたどり着いた。
「まぁ!…これが、“卵”ですの?」
サラが、手を口元に当てつつ驚きに声を上げた。
カイルの卵は、まるで岩の塊のようだった。
「はー。これは…、“絆”なしじゃ分かんねぇだろうな……」
たとえば草原にこれがあったとしても、大きさ的に隠れてしまうだろう。
そんな大きさのものを、よく初日から見つけられたものだと、エリオットはカイルに軽く嫉妬を込めて肩を叩きながら、賞賛した。
「ふふん、まぁなー!…ついでにどうよ、触ってみる?」
答える前に鉄柵を開けながら、カイルが中へと入る。
エリオット、サラ、クラリスの順で誘われるままついて行く。
「おっ…!ちょっと柔らけぇ…?」
「そして温かいですわ。…生きていますのね……」
「ほんとだ…!…すごい…不思議」
三人でわいわいしながら卵に触れていると、卵が身を捩るように微かに動いた。
「うぉっ!?え、卵ってもう動くのか!?」
「教本には、そこまで書かれておりませんでしたが…」
「カイルの方に、行きたがってるみたい…」
クラリスはそう感じると、カイルへの道を開けた。
「マジかー!俺、もう懐かれてんの?」
やっぱ絆かー!と、満更でもない様子のカイルは、まだ世話をするらしい。
彼を残して、クラリスたちはドラゴン舎を後にした。
「あー!くそっ…。明日こそ見つける!」
「そうですわね…」
「うん…」
焦るなとは言われているが、やはり卵を目の当たりにしては、どうしても焦りが出る。
クラリスたちは、明日へと思いを馳せながら宿舎へと戻る。
(…呼ばれてるのは、分かるのに…)
─翌朝の空気は、昨日よりも少し冷たかった。
「っしゃ!…じゃあ、俺、先行くわ!」
通用門が開かれると、待ちわびたエリオットが駆け出した。
「…では、わたくしたちも参りましょうか」
サラとクラリスも、ゆっくりと歩を進めた。
─ざくざく、と下草を踏み固めながら進む。
(村にいた頃も、山に入るときは迷わないように、こうして踏み固めてたな…)
もう、ずいぶんと昔のことのように感じられた。…周囲の音が遠のき、風の冷たさが頬を撫でる。
(…こっちから、呼んでる…)
だが、卵を見つけられないまま、二日目の探査も時間切れとなった。
─食堂に集まり、昼食をとる。
「…まだ見つかんねぇ…」
勇んで走っていったエリオットだったが、風の流れで方向感覚を間違えてしまったらしい。
落ち込んでいる様子に、クラリスは「お互いに、明日も頑張ろうね」と声をかけた。
(明日が三日目だし…)
本当に頑張らなきゃ、と心の中で繰り返していた、そのとき──サラが食堂に来た。
「見つけ、ましたわ…!」
─なんとなく予想はしてた。…でも…
表情を曇らせる二人に、サラは呼吸を整えると、気遣うように続けた。
「明日のためにも、お二人は英気を養ってくださいませ。…きっと、良い結果になりますわ」
クラリスは、うん、と頷き、エリオットも笑みを返した。
─翌朝、最終日。
「残ってんの、俺たちだけかよ…!」
焦りを滲ませるエリオットに、ややぎこちない笑みを浮かべてクラリスが応える。
「頑張ろう…!」
エリオットはまた走り出し、クラリスは昨日作った下草の道を、迷うことなく歩き出す。
振り返ろうとは、思わなかった。
─やがて、草もまばらになり、石が目立つようになってきた。
気がつけば、霊峰の麓まで来ていた。
(どうりで、寒いと思った…!)
吐く息が白くなり、周囲が岩に囲まれてきた。
クラリスが岩に手を置くと、ひんやりとした感覚が伝わり身を震わせる。
(近い…気がするのに…)
岩が視界を遮り、足場も悪くなってきた。
「焦っちゃダメ……」
自分に言い聞かせながらふと見上げると、上空から何かが降ってきた。
「…氷の結晶…?」
─その結晶は空からではなく、ゆっくりと流れるように漂っている。
手のひらに乗った結晶が溶けたとき、妙な確信を覚えて右を向く。
「洞窟…」
何かに導かれるように、ゆっくりと近づいていく。
また氷の結晶が降ってきた。
「…空からじゃない…」
冷たい風に乗って来るのは、洞窟からだった。
中へ入ると、氷の結晶が舞っていた。
「…綺麗…」
まるで、花びらのように舞う結晶の中を進んでいく。
不思議と、もう寒さは感じていなかった。
「…見つけた…」
氷の結晶が舞う中、佇んでいたのはまるで氷で出来た蕾のような卵だった。
光を受けて、淡く青くきらめいている。
「…六花…」
思わずクラリスが呟くと、卵が応えるように、わずかに、息づくように動いた。
クラリスが卵を抱きしめると、冷たい中に不思議な温もりを感じた。
「…待たせちゃったね、行こっか」
─その冷たさは、もう遠いものではなかった。




