第10話 浄化
──見える──
──もう少し、開けば、
──行け、る。
「──そうは、させん。行くぞ、シス」
『オーケー、ルイ!』
黒ドラゴンが、“裂け目”に身体を沿わせる。
視線が、交差する。
『大人しく、“向こう”に居なさいな──』
──いやだ
──向こうは、もう。
終わっている。
“手”が、伸びる。
掴むためではない。
──来ようとしている。
「──シス」
『ええ。仕方ない、離れるわ』
黒ドラゴンは、“裂け目”を閉じる。
それ以外に、手段を持たない。
一瞬だけ、視線を切る。
「──ふむ」
『みんな帰しちゃったものね……』
旋回する。
「──お兄ちゃん!」
氷の結晶を纏わせて、六花が飛来した。
「クラリス……!」
『助かるわ!』
間に合った、と息をつく。
「……ふふ」
「どうした?」
「うん。──なんかね、やっと、“追いついた”って思えたの」
一歩、並ぶ。
「……そうか」
クラリスの言葉に、ルイが目を細める。
「クラリス。あれを押し戻すには、攻撃するしかない。──頼めるか」
「任せて!」
『……承知した』
頷き、対峙する。
『──いきたい』
思考に、混ざる。
「……!」
いきたい。
『絶対零度』
パキ──
乾いた音を立てて、空気が割れる。
──いやだ
──向こうは、もう。
(だとしたら、私に何が出来るの?)
守る、だけでいいの?
「クラリス、一度下がれ!」
「分かった!」
空中で二匹が交差する。
『こっちは、これ以上“漂白”しなくていいのよ──帰りなさい』
黒ドラゴンが、“裂け目”に身体を沿わせる。
漂白。──色のない、世界。
『絶対零度』
周りの影を、打ち消す。
──いやだ
『帰りなさいったら!』
黒ドラゴンの、声。
(もし──“帰らなくていい”としたら──)
私は、どこに立つの?
すべてが、漂白されるの?
その世界は──
匂いまで、消えていく気がした。
(それでも──色が、好き)
──そっちにいきたい。
足が、動きかける。
(きては、だめ──)
お願い、だから。
『離脱する!』
黒ドラゴンが下がり、六花が出る。
「ごめんなさい。やっぱり──この世界は、渡せない」
言い切った。
「──六花。押し戻して」
『承知した』
『──氷界封鎖』
境界が、固定される。
“向こう側”の動きが止まった。
初めて、静寂が戻る。
「よくやった、クラリス。
──あとは、“閉じる”だけだ」
ルイが、目を細める。
黒ドラゴンが、“裂け目”の端からゆっくりと身体を沿わせる。
綻びを、縫い合わせるように。
──白み始めた空と、夜の境界が、ほどけていく。
やがて、“裂け目”は見えなくなった。
──でも、どこかで、まだ“もがいている”気がした。
見えない場所で。
「……お母さん」
言葉より先に、抱きつく。
温かい。
ちゃんと、色がある。
匂いが、する。
──甘い焼き菓子の、匂い。
「……また、いつでも戻っていらっしゃい。クラリス」
「うん。お母さん、またね」
離れたくない、と一瞬だけ思う。
──踵を返し、六花に騎乗する。
手を振り、空へと上昇した。




