第8話 そこに在る影
世界が、灰色になる。
花冠を被せてくれたお母さんが──
「──村は!?」
跳ね起きる。
視界が、まだ揺れている。
頭の奥で、あの声が残っていた。
「クラリス。落ち着け、ここは研究所の仮眠室だ」
「ルイ──お兄ちゃん、」
座って仮眠を取っていたらしい、ルイがクラリスの肩に手を置く。
「軽食が用意してある。とりあえず食べよう」
「お兄ちゃん、村は!」
「──まだ、報告は来ていない」
その言葉が、妙に重い。
──ひらく
足元が、わずかに揺れる。
それでも、立ち上がる。
「……行きます」
「クラリス。食べろ、もたんぞ」
「……はい」
短く頷く。
一口、無理やり流し込む。
頭の奥に、まだ残っている。
「──起きたか、クラリス」
「はい。主任、状況は」
観測所に上がってきたクラリスとルイを見て、セドリックが続ける。
「──コレットを始めとした、哨戒班は未だ戻っていない」
「でも!──」
クラリスの言葉を、セドリックが手で制する。
「遊撃班、セリウス」
「はい」
「発煙筒の使い方は、覚えているか」
「勿論です」
「この研究所で一番速いのは、お前だ。先行し、異変があれば使用するように。──出ろ」
「了解しました。遊撃班、セリウス。出ます」
礼を取り、踵を返す。
「遊撃班、クラリス、カイル、エリオットは、スタミナを考慮し飛行すること。
──前回よりも遠いことを、念頭に置け。分かったなら、出ろ」
「はい!」
クラリスたちが、駆け出す。
「閉鎖班、ルイ、ガレス、マーセル」
「はい」
「ルイは、発煙筒が見えるまでスタミナを温存、ガレスと行け。マーセルは、コレットを探せ。
──出撃しろ」
「はい!」
踵を返し、出る。
「……」
自分も出るか、それとも──
選択は、一瞬だ。
ここを、空けるわけにはいかない。
──まだ、空は闇に包まれている。
「……夜間飛行は、初めてだな」
『……同意』
セリウスの独白に、ルクシオンが頷く。
灯りもない地面と対象的に、空には満天の星が煌めいていた。
静かすぎる、夜。
地上は、ほとんど見えない。
ただ、闇が広がっている。
(──何もないといいが……)
希望的観測が、頭を過ぎる。
そんなはずがない、とどこかで分かっている。
──だが、それでも──。
「……ルクシオン」
『なにか?』
「風が、妙だ」
夜風に混じるのは、どこか乾いた風──
湿り気が、ない。
嗅覚は異常を伝えて来ているが、いかんせん──闇が、深い。
視線が、届かない。
「まだ見えない──」
──見えないが、右手で発煙筒を握りしめる。
まだ、使わない。
風が、肌を撫でる。
冷たい、ではない。
──削がれる。
『……セリウス』
「ああ。……有る」
一瞬遅れて、視界が追いつく。
村の向こう──
「止まれ、ルクシオン」
『御意』
発煙筒を空に向けて──放つ。
パシュ、と音を立てて、赤い火が夜空を照らす。
「──ドラゴン。哨戒班か」
一瞬の光が、村の手前にある影を映した。
背を伝う違和感。
──動いていない。
「ルクシオン、降下。ゆっくりだ」
『御意』
自分の任務外だが、そのまま単騎ではどうしようもない。
ここはまず、哨戒班と合流して──
「……どうした?」
様子がおかしい。
「……応答しろ」
返事はない。
「おい──」
『セリウス!』
「っ──!」
ルクシオンがセリウスをすくい上げ、上空に退避する。
風が、裂ける。
「──今のは、」
『たぶん、“影”に──』
触れた。
「チッ」
判断が、遅れた。
思わず舌打ちする。
貴族らしくない──
違う。そんなことではなく──
「どこまで影響を受けている?」
目を凝らしても、夜なのか“影”なのか、判別がつかない。
境界が、曖昧だ。
「──離脱する」
『御意』
「……ルクシオン。やつら、息は」
『生命反応は、ある』
だが、弱い。
「……そうか」
──まだ、栄養失調で済んでいる。
今は、まだ。
赤い光に、影が集まる。
いや──集まってくるのは、味方だ。
「──セリウス!」
ぼ!
「……エリ男……ボルを落ち着かせろ」
先に姿を表したのは──エリオットと、ヴォルカン。
闇を引き裂く、赤い炎。
視界が、明るくなった。
「いや──そうか」
周囲を見渡し、ポツンとある木を見つける。
「エリオット、あの木を燃やせ」
「分かった。──ボル」
「がおがお!」
ヴォルカンの火球が飛び、木を燃やす。
炎が、思ったよりも早く広がる。
──周囲の闇が晴れる。
「──! コレット先輩!」
呼びかけても、動かない。
瞼すら、反応しない。
「クラリス。──近づくな。“影”にやられている。だが、呼吸はある」
「そんな……!? じゃあ、村は──」
「──未確認だ」
言い切るしかなかった。
「……とりあえず、村の松明に火をつけて回ってみる。──ボル!」
「がおがお!」
「念の為、俺も同行する!」
「分かった。──気をつけて」
エリオットとカイルが飛び立つ。
迷いは、ない。
「東なら、夜明けも早いはずだが──」
夜明けはまだ、遠い。
「テラ。ちょっと松明持つけど、驚くなよ」
『うん。我慢する。それよりも──』
「ああ。……こないだより、酷いな……」
夜だから静か、だと思いたかった。
音が、なさすぎる。
松明に照らされた村は、あちこちに人が倒れている。
動かない。
『触ったらダメだよ』
「やっぱそうなのか……」
原理は分からない。
──でも、触れたら、“吸われる”。
命が、削られる。
「……だれか、起きてるか!」
「……ここに居るわ!」
二階の窓から、複数の人が手を振っている。
「良かった、無事か!」
思わず、息が漏れる。
エリオットが、安堵して近づく。
「夕方に、ドラゴン操者さまが来てくれて。
──二階に避難を、って言われて。そのあと、どうなったのか──」
住民が、不安げに眉を寄せる。
「──哨戒班か!」
エリオットの声に、カイルも合流した。
「──良かった。とりあえず、一旦クラリスたちのところに戻ろう」
エリオットが頷き、住民たちに待つように伝えようと──
「クラリスですって!? あの子が来てるの?」
「……ひょっとして、」
「あの子の母です!」
二階の窓から、身を乗り出している。
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
「来てます。──無事です」
エリオットが、絞り出すように答えた。
「ここは無事ですので、このまま待っていてください」
カイルが補足し、エリオットに戻るよう促す。
「分かりました。──ご無事をお祈りします」
頷きを返し、後にする。
「……話しても、いいよな?」
「そうだな。──一番知りたいことだろうし」
ふと、陰が一段濃くなった気がした。
地面に、張りついている。
長い。
『飛ぶ!』
『全力で──』
「「うおっ!?」」
二頭のドラゴンが、急加速した。
内臓が、引っ張られる。
「なん───」
後ろを見ると、黒い塊があった。
そこに、在る。
──影。




