第6話 それを知るということ
また、閉ざされてしまった。
拒まれた。
幾度目──いや、幾月──幾年──
“それ”は、もう、数えることをやめてしまった。
(──何故、行けないのか?)
あんなにも、眩しい。
あんなにも、美しい。
“ここ”とは、あまりにも違う──
淀んだ、この場所とは。
(こんなにも、焦がれているのに)
何故──
邪魔をするのか?
──また。
──また、開かなくては。
声が、流れ込んでくる。
押し込まれるように。
(──ひらく?)
胸の奥が、ざわつく。
『──閉鎖、完了よ』
一瞬の邂逅。
微かに触れた、だけだった。
しかし、頭に流れてきた“声”に、それも霧散する。
「降りるぞ、クラリス。ゆっくりでいい!」
「はい!」
『ここまで上昇したのは初めてだ。耳を開けておけ』
六花の声に頷く。
気圧でゴーグルの締め付けも酷い。
六花が、ゆっくりと高度を下げる。
(……今のは、なんだったの?)
胸の奥に、わずかに残っている。
「──上空の“裂け目”、消失を確認」
「こっちもほぼ落ち着いて来たな……!」
セリウスの言葉に、カイルが息をつく。
こんなに灰色の景色を見たのは、初めてだった。
「“裂け目”放置すると、こんなになるのか……」
焼かれた訳ではないのに、まるで炭のような色になった、草木。
──触れるのも躊躇われる、どこかおぞましい気配。
生きていないのに、死んでもいない。
「終わったか!?」
「エリオット! そっちはもういいのか?」
「テオに、『仕事してこい!』って怒られてさー」
「出来た弟御だな」
「……まあな?」
ほっとして、軽口を叩く。
──やがて、研究所から増援が来た。
遅れて届く、現実。
「遊撃班、閉鎖班は、補給、休憩のち帰還してください」
「了解しました!」
地上に戻ったクラリス、ルイも頷く。
「話しは後だ。とりあえず休むぞ」
「はい」
村長の敷地内に、簡易テントが張られていた。
「兄さん、おかえり!」
声が、少しだけ震える。
「おう! ただいま、テオ」
ぱちん、と手を打ち合わせる。
お互いの無事を、確かめるように。
その光景を見て、クラリスはわずかに息をついた。
『……大丈夫か、クラリス』
「ありがとう、六花。落ち着いてきたよ」
座るように促され、お茶を貰う。
ほっと息を吐く。
「──村の医師は、その方でしょうか」
テントから、増援で来たマーセル先輩の様子を、ぼんやり見ていた。
「はい。エリオットの弟で、テオドールと言います」
「そうでしたか。──あなたの目から見て、今回の状況はどうですか。
……特に、村人の」
「──おかしな言い方になりますが……」
「構いません」
「衰弱の仕方が、その──栄養失調の症状に似ています」
栄養失調──
クラリスは、湯気の向こうで目を細めた。
「そうですか……。
すみませんが、後日改めて当研究所へ起こし願うかもしれません」
「……お、王立研究所に、ですか……!?」
「重要な参考人ですので」
静かながら、有無を言わせない声音。
「テオー、俺のボルに相乗りさせようか?」
「……遠慮するよ、兄さん……」
即答だった。
「遠慮すんなよー!」
「がおがお!」
「ほら、ボルも『縄があれば安心』だって!」
「……兄さんは、いいパートナーに出会えたみたいだね……」
テオドールは、遠い目をした。
「だろー?」
「がお!」
エリオットとヴォルカンが、自信満々に頷いた。
「──遊撃班、研究所に帰還します」
「閉鎖班、帰還する」
クラリス、エリオット、カイル、セリウスの遊撃班。
ルイ、マーセルの閉鎖班が、ドラゴンに騎乗する。
「じゃ、またあとでな! テオ」
「うん。兄さんも、気をつけて」
手配された馬車に乗り込む。
「──行きよりマシだけど、まだ気流荒れてるから。上昇後、注意!」
「了解!」
それぞれが、空に羽ばたいていく。
灰の名残を、裂くように。
「……本当に、ドラゴン操者になったんだね。兄さん……」
馬車から見上げて、テオドールが目を細めた。
遠くなる背を、追うように。
──王立研究所。
研究所員と、帰還したクラリスたちが、会議室に集まる。
「ではまず、現場からの報告を」
「今回の“裂け目”ですが、以前よりもさらに規模が大きくなっていました」
ルイが告げる。
「……“裂け目”の向こう側から、声が聞こえました」
クラリスが、告げる。
会議室が、にわかにざわめいた。
誰もが、同じ結論に辿り着きかけていた。
「それは──どんな声だ?」
セドリックが、モノクルに触れながら問いかける。
「また『開く』──と」
「……そうか」
仮説と、繋がった。
確信に変わる
「……“裂け目”は、発生しているのではない」
「“開いている”」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
セドリックが、言葉を続ける。
「遊撃班には、学生の頃に伝えていたな。
ドラゴンは、“生物ではなく、循環する現象である”と」
ゾワッ──
カイルの背筋に、冷たいものが走る。
「“黒ドラゴン”が、一番その“現象”に近い」
──だからこそ、干渉できる。
「つまり、“裂け目”は閉じるものではない」
「世界を、“修正している”」
「……そして、それは“異常”ではない」
誰かの、喉が鳴った。
誰も、すぐには否定できなかった。
「──しかし、だ」
セドリックが息をつく。
空気を、切り替えるように。
「その“範囲”が、想定外になった以上──測定の範囲を広げるぐらいしか、出来ることが少ないのが問題だ。
それでも、やるしかない」
「……じゃあ、俺たちは“邪魔してる側”ってことか?」
俯きながら、カイルがぽつりと声を出す。
視線は、上がらない。
「──仮に、“裂け目”に自我あると仮定すれば、そうだろうな」
否定するでもなく、セドリックが告げる。
事実だけを置くように。
「……でも、それでも止めないと」
クラリスが手を握りしめる。
指先に、力がこもる。
「灰化した世界を見たくないのであれば、そうすべきだろう」
セリウスが頷く。
「結論は出ている」
カイルの肩に、手を乗せる。
「我々は、“止める側”だ」
カイルが、セドリックを見上げた。
「観測点を増やし、哨戒の頻度を上げる。会議を終了する」
セドリックが、白衣を翻す。
「──測定班!
風ドラゴンは各自、哨戒を行え。」
「はい!」
コレットが、こちらに手を振り、出撃していく。
人の流れが動き出す中で。
(……まだ、残ってる)
胸の奥に、微かなざわめき。
あの“声”の余韻が、消えない。
『──次は、もっと遠い』
誰にも聞こえない声が、落ちる。
「セドリック主任!」
会議室に、コレットが飛び込んできた。
「どうした」
「東の空に、異変です!」
「東って──」
私たちの、故郷がある方──
「クラリス!?」
目の前が暗くなり、耳鳴りがする。
息が、浅くなる。
『──“開いた”』
嫌な確信だけが、残った。




