第3話 まだ来ていないもの
クラリスたちは、無事に研究所に着陸した。
急ぎ、観測所へと駆け上がる。
「“裂け目”は……!」
「問題なく閉じた」
クラリスの問いかけに、セドリックが答える。
「閉鎖班が戻り次第、報告会だ。しばらく休め」
クラリスは、小さく息を吐いた。
「……よかった」
口にした言葉は、思っていたよりも軽い。
だが。
──あの感覚だけは、消えなかった。
「クラリス!」
振り向くと、エリオットが手を振っている。
「下行こうぜ! 報告まで時間あるし、先輩たち戻ってくるだろうし」
「あ、うん!」
しばらく待つと、やがて閉鎖班が戻ってきた。
「……あ、」
声をかけるより早く、
「クラリス」
名前を呼ばれて──
次の瞬間。
ふわりと、体が浮いた。
「お、お兄ちゃん!?」
くるり、と視界が回る。
「久しぶりだな! 元気そうで良かった」
「ちょ、待って、下ろして!?」
昔と同じ、調子で。
──変わってない。
そう思った、その瞬間。
ふと。
その手の力が、わずかに強かった気がした。
「相変わらず、貴方たちは仲良しね……」
「マーセル先輩、お久しぶりです!」
眩しそうに目を細めるマーセルに、クラリスが微笑む。
「ガレスのアニキー! 今日もカッコよかったです!」
「おう! エリオット! 背ぇ伸びたな!」
それぞれが再会を喜び合う。
「そろそろだ」
セドリックの声が、階上から降りてくる。
「報告会を始める。遊撃班、閉鎖班、上がれ」
「はーい」
軽い返事が飛ぶ中、
クラリスは、ほんの一瞬だけ振り返った。
──あの感覚は、もうない。
それでも。
「……行こう」
小さく呟いて、階段を上がる。
「では、簡単に状況をまとめる」
セドリックが口を開いた。
「今回は、今まで“異常なし”としてきた範囲内での“出現”となった。
これにより、今後の霊峰ホロ鳥の高度観測に加えて、隊列の観測も視野に入れることとする」
「──侵入範囲の拡大、ということですね」
ルイが、淡々と続ける。
「閉鎖対応の優先度を上げるべきだ」
「……あの」
小さく、クラリスが口を開いた。
「あれは、本当に“侵入”なんでしょうか」
「……どういう意味だ」
「あれは、……こちらに“興味”があるようでした」
セドリックの問いに、クラリスが感じたことを述べる。
「……覚えておく」
短く、それだけが返る。
「だが──」
ルイが、わずかに視線を向けた。
「次に出たときは、同じとは限らない」
──排除する。
言葉にはならなかったが、
その意思だけが、はっきりと伝わった。
クラリスは、何も言えなかった。
宿舎へ戻る頃には、すでに日が傾きかけていた。
「あー……疲れた」
エリオットが大きく伸びをする。
「初任務にしては上出来だろ」
「それな!」
軽口を交わしながら、食堂へと足を向ける。
「クラリス!」
明るい声に顔を上げると、サラが手を振っていた。
そばにはセリアも居る。
「お久しぶりですわ……! 初任務のこと、聞きましてよ」
「う、うん……」
「どうですの?」
「えっと……」
一瞬、言葉に詰まる。
──“すごい”。
そう言ってしまっていいのか、分からなかった。
「まぁ、大変だったよな!」
「なんせ、初任務から双牙の狭間だったからな! ボルの火じゃ、うまくサポート出来なかったし」
カイルとエリオットが、すかさずフォローする。
「いや普通にすごかったぞ? な、クラリス」
「……うん」
──一度は消えたと思っていたあの“感覚”が、まだ残っている。
「……顔色が、良くない……」
セリアが、静かに言った。
「え?」
「無理はしない方がいい……。初任務の後なら、尚更……」
「……大丈夫」
クラリスは、笑ってみせる。
──少しだけ、遅れて。
「そうですわ! こういうときこそ、甘いものですわよ?」
「……うん」
サラの言葉に、小さく頷く。
食堂のざわめきが、耳に入る。
いつもと変わらない、はずなのに。
──どこか、遠く感じた。
クラリスは、無意識に空を見上げる。
そこには、何もない。
それでも。
──“向こう側”が、こちらを見ている気がした。
「……ちょっと、外してくるね」
誰にともなく言って、クラリスは席を立った。
「あら、どちらへ?」
「……すぐ戻るよ」
それだけ告げて、食堂を後にする。
夕暮れの気配が、わずかに残っていた。
ドラゴン舎は、静かだった。
「……六花」
名を呼ぶと、
ゆっくりと顔が上がる。
『……どうした』
いつもと変わらない、はずの声。
それでも。
「……あのとき、さ」
言葉を探すように、間が空く。
「“裂け目”の向こう……何か、感じた?」
『……見ていた』
『……しかし、触れてはいない』
「……やっぱり」
小さく、息を吐く。
──自分だけじゃなかった。
『……あれは、まだ来ていない』
「……え?」
六花は、それ以上は何も言わなかった。
ただ静かに、
──空の向こうを見ていた。




