第19話 風の衝突点
─食堂で、いつもの六人が朝食をとっていた。
「……うーん、やっぱりあの岩のところが難しいよね…」
「…スタミナの配分が、想像以上に難しいですわ」
レースを控えているとはいえ、いつものように和やかな空気だった。
クラリスが首を傾げ、サラが頷く。
「……もっと高度を上げたらどうだ」
「お兄様のルクシオンのように、安定して上昇できれば叶いますが…」
それぞれの個性が違う以上、最適解もまた一つではなかった。
「ま!頑張るしかねーな!」
「ふはっ。それな!」
エリオットが元気に立ち上がり、カイルが笑った。
─翌日も、霊峰を周回する。
「いくぞー!ボル!!」
「がおがお!!」
エリオットを乗せたヴォルカンが、勢いよく双牙の狭間を迂回していく。
「……それが最適か」
セリウスはさらに上空を通過し、それよりやや低く、セリアとサラが通過していった。
「…うっ、風が…!」
『……軟弱』
クラリスたちも通過する中、テラが入口で一瞬、翼を絞る。
左岩にしっぽをフックし、体が振り子で内側へと流れる。
巻きつけたしっぽをすぐに解放し、右岩へ連結フック──しようとしたが、浅かった。
「──テラ!」
辛うじて墜落は免れたが、翼が岩をかすめた。
「テラ……! 大丈夫か!?」
『……違う…』
突如、脳裏に声が聞こえた。
(──いまの、)
「──テラか!?」
クラリスがピクッと反応し、カイルが驚きに声を上げる。
テラは、低く息を吐いた。
風が、ざわりと揺れる。
先ほどまで乱れていた気流が、ほんのわずかに“形”を持ったように、肌に触れた。
「……今のは……」
クラリスが空を見上げる。
視線の先、霊峰の稜線に沿って流れていた風が、一瞬だけ、歪んだ。
『……ふん。行くぞ』
クラリスを乗せた六花は、ペースを崩さず岩山を後にした。
『……掴み、そこなった』
テラが、小さく唸る。
「掴むって……お前、風をか?」
カイルの問いに、テラは答えない。
ただ、翼を一度大きく広げた。
さっき掠めた箇所から、じわりと鈍い痛みが走る。
──それでも。
『……もう一度…』
「テラ、無理は──」
『無理じゃない』
きっぱりと、遮る。
その声は、先ほどまでとは違っていた。
迷いが、なかった。
テラは旋回し、もう一度“双牙の狭間”へと挑む。
風が、再び渦を巻く。
『……いま』
翼を打つ。
先ほどと同じ軌道──しかし、ほんのわずかに角度を変える。
左岩を、しっぽで絡める。
その瞬間、風が背を押した。
「──っ!」
体が、前へ出る。
振り子の軌道が、ぶれない。
そのまま、右岩へ。
今度は、深く、確実にフックがかかった。一連の動きが、淀みなく繋がる。
「……今の……」
カイルが、息を呑む。
『……見えた』
テラが、静かに呟いた。
「……見えた、じゃないだろ」
低く、抑えた声。
『……カイル…?』
「その翼で、ゴールまで飛べるのか?」
視線が、テラが掠めた翼へと落ちる。
にじんだ赤が、風にさらされていた。
『……問題ないよ』
テラが答える。
「ダメだ、テラ」
即座に、切り捨てた。
「今日はここまでにしよう。飛行は中止。岩山越えたら、高度落とせ」
『……え、カイル…』
『今、掴みかけたのに…!』
「中途半端な状態で、もしお前になにかあったら…どうすんだよ…!
……くそ、」
(俺がちゃんと、もっと早く止めてれば良かったのに…!)
カイルは、拳を強く握った。
ひやりとした空気が流れる。
──誰も、口を開かなかった。
『……』
テラは視線を逸らしたまま、翼をゆっくりと畳んだ。
掠めた箇所が、じわりと熱を持つ。
「……いい判断だ。無理をさせる段階じゃない」
霊峰の中腹で監視していたセドリックが頷き、手当てするべく離陸した。
─やがて、テラと共にドラゴン舎へと戻った。
セドリックが、慣れた手つきで傷を診る。
「……ふむ。傷は浅いが、範囲が広い。…熱は出ないだろうが、安静にしろ」
「……はい。…ありがとうございます」
鉄柵の向こう側に控えていたカイルが、頭を下げる。
「……本番まで、飛行は禁止だ。休め。
“掴みかけ”で焦るのが一番危ない」
セドリックが重ねて言うと、テラが唸った。
『やだ! もう一回やったら、絶対上手くいくのに!』
「……テラ!完治するまで、一緒に飛ばないからな」
『……!』
カイルの辛そうな声に、テラは何かを言いかけて…何も言えなかった。
─夜。
ガチャ、と小さな音を立てて、ドラゴン舎の大門が開く。
「……」
(──テラの様子見たら、すぐ帰る…)
カイルが、自分に言い聞かせながら歩き、テラの前に立った。
「……起きてたか」
『……うん』
なら、と、そっと鉄柵を開けて中へと入る──傷に触れないように、壁に背を預ける。
『……あの風さ、ホントに分かった気がしたの』
「……ああ」
頷きはするが、釘も刺す。
「……でも、まだだぞ」
『……わかってる』
『──ねぇ、カイル』
「……んー?」
『“卵”の頃も、こうやって来てくれてたよね』
「まぁな…。なんか、めっちゃ気になるじゃん?」
『……うん。…ふふ。…いつもありがと、カイル。
……おやすみ』
「……ああ。おやすみ…テラ」
ふたりはそのまま、目を閉じた。
外では夜風が、静かに峰をなぞっている。
─テラが、ゆっくりと呼吸する。
カイルもまた、深く呼吸した。




