第18話 双牙の狭間
木々が、紅く染まっている。
晩秋の風が軽く舞い、落ち葉を巻き上げた。
霊峰の空は一段と澄み、いつもより高く、峰の輪郭がくっきりと浮かぶ。
演習場に集まった生徒たちの装いも変わり、ドラゴンたちもまた少し大きくなっていた。
その中で、テラの視線だけが、まだ見ぬ山の裏側へ向いていた。
─岩の気配が、わずかに混じる。
「前回の飛行訓練を踏まえて、予定通り一週間後にレースを行う。
今日は下見だ」
セドリックと共に現れたのは、その倍はあろうかという体躯の、灰色の土ドラゴンだった。
鈍い灰色の鱗に、擦り傷が幾重にも重なっている。翼は大きく、尾は長い。
土ドラゴンが着地するのと同時に、空気がわずかに押し潰された。
「…!先生のドラゴン…初めて見た」
どよめく生徒たちを一瞥する。
いつものモノクルの代わりに度が入ったゴーグルを装着し、
「…全員、騎乗しろ。…行くぞ」
と告げる。
「せんせー!レースって、どんな感じだったっけ!?」
ぶわり、とヴォルカンを上昇させながらエリオットが問いかける。
「…霊峰を一周回る。…裏側が難所だ」
全員が飛び立つのを確認し、セドリックが続ける。
「裏側かー!どんな感じなんだろうな?」
「……ペース配分が鍵になりそうだな」
カイルが好奇心を覗かせて、セリウスが早くもレースを想定し始める。
まずは、見慣れた赤旗まで飛ぶ。
「…ここまでは直線だが、慣れたからといって気を抜くな。…霊峰の周囲は、気流が読みにくい」
バサリ、と羽ばたかせて滞空しつつ、セドリックが説明する。
それぞれが頷くのを確認し、手網を操るとさらに奥へと移動していく。
「…そろそろ裏側に入る。裏側は特に気流の乱れが酷いから、気をつけろ」
速度を落とし、セドリックが注意を呼びかける。
「この難所は、“双牙の狭間”と呼ばれている」
双牙の狭間は、まるで巨大な牙のように地面から突き出ていた。
左右から突き出た二本の岩が、行く手を阻むように立ちはだかる。
左の岩の隙間はまだ広い。だが奥へ進むほど、道は急激に絞られていく。
左から横風が吹き込み、右からの吹き返しが中央でぶつかる。
その衝突音は、まるでドラゴンの咆哮のようだった。
「…ここは風がぶつかる。軽い奴は持っていかれるから、気をつけろ」
セドリックのドラゴンが左の岩に尾を巻き付け、一度だけ軽くフックし、外周へと回る。
「風の音からして、やべぇもんな…」
エリオットが頷き、生徒たちが次々と外周へ回る。
「……テラ?」
カイルが首を傾げる。
テラだけは迂回する流れに乗らず、双牙を見据えていた。
ぶつかり合う風の、その奥。
視線は、一直線に双牙の中心へ。
─岩の筋が、見える。
しっぽが疼く。
セドリックと同じ線を、なぞるように。
左の岩へ、軽くフックした。
その後も、鋭い先端を見せる大小の岩が立ちはだかっていた。
「…この辺りも、岩により気流が乱れている。…むやみに高度を下げると、岩肌に当たる。
─高度を保て!」
双牙の狭間ほどではなかったが、確かに危険な景色が広がっていた。
生徒たちはバランスが崩れないように、慎重に手網を握る。
「…ちょっと怖いね…」
『……恐れるな』
─やがて岩肌が途切れた。
視界が、一気に開ける。
風は穏やかに変わり、眼下には湖が広がっていた。
水面が光を返し、揺らめいている。
─そのとき。
水際の茂みから、白い影が一斉に飛び立った。
「うおぉーー!?」
霊峰ホロ鳥だ。
ばさりと羽ばたき、群れが空へと散っていく。
「がおがお!」
「おいボル、落ち着けって!」
興奮したヴォルカンが、ぐっと前へ出る。エリオットが慌てて手綱を引いた。
─次の瞬間。
「ボルーー!?」
─ボッ!
ボボボ!!
「だから、燃やすなってーー!!」
前のめりになったヴォルカンの口から、短く、しかし連続して炎が弾ける。
エリオットが慌てて手綱を引き、進路を逸らした。
羽ばたく白と、かすめる火の色が、水面にちらりと映る。
「……集中しろ」
「相変わらずだなー!」
セドリックに注意されるエリオットを、カイルがからかう。
テラは一瞬だけ湖を見下ろし、すぐに視線を前へ戻した。
─砂が静かに落ちる。
やがて羽ばたきの音が止み、演習場に沈黙が戻った。
ドラゴンから降りたセドリックが、一瞥する。
「明日から一週間で、ペース配分を組め。攻める箇所は、自分で決めろ。
全周を全力で飛ぶな。
──お前たちのドラゴンは、まだ幼体だ。持たん」
生徒たちが頷いた。
─勝つための一週間が、始まる。




