第17話 声の届く距離
─カーニバルの翌日。
食堂に現れた三年生たちを、みんなで囲んだ。
「昨日の、すごかったっす!」
「おう、見てたか!」
エリオットが興奮気味に告げると、ガレスが笑顔を見せる。
「アニキって呼んでいっすか!?」
「がはは!いいぞ!」
二人は、ガシッと拳を合わせた。
「マーセル先輩、とてもお見事な演舞でしたわ。コレット先輩も、風の軌道が綺麗でした」
「ふふ。ありがとう、サラさん」
「ありがとー!」
サラの言葉に、マーセルとコレットが嬉しそうに頷く。
「…お兄ちゃん、凄かっ…!」
「見ていてくれたのか! ありがとう! クラリス!!」
クラリスが言い終わる前に、ルイが抱き上げてくるくると回転する。
「……」
(……杞憂か)
セリウスは一瞬だけ眉を寄せ、何かを測るように、クラリスへ視線を向けた。
「…仲良しなんですね」
賑やかな様子に、セリアが微笑んだ。
─そのとき、ふと。
ざわめきの向こうで、風に混じる声が、確かに届いた気がした。
─冷たいようで、優しいなにか。
(……六花?)
(─呼ばれた?)
振り向いた先には、何もない。
─それでも、さっきの感触だけが残っていた。
─始業の鐘が鳴る。セドリックが教室に入ってきた。
「……昨日の演舞は見たな?
…お前たちも、いずれあのぐらいは出来るようになれ。
竜の“声”を聞け。聞けなければ、飛べないと思え。
…午後から、演習場にて“飛行訓練”を行う」
─いつもの食堂で、今日も六人で昼食をとっている。
「…いよいよ、ペア飛行か…!」
「午後は、プロテクター装着して行くんだよな?」
エリオットが拳を握りしめる横で、カイルが確認する。
「…ええ。各部屋に備え付けてありますわ」
「ちょっと早めに部屋戻らないとね…!」
サラが補足し、クラリスが頷いた。
─ふと、ひやりとした風が、あのときと同じように触れた気がした。
クラリスは、わずかに視線を落とした。
(……さっきの、あれは)
「そういや、セリウスたちはまだ王宮から通ってるんだよな?遠くね?」
「……装備はドラゴン舎に置いてある」
(……確かに、頃合か)
カイルの疑問に答えつつ、セリウスが顎に手を当てる。
操者同士の連携も必要だ。
─宿舎に移るのも、悪くない。
「じゃあ、準備しよ!」
クラリスが立ち上がり、それぞれ準備に向かった。
─部屋に戻ると、さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かだった。
肘のプロテクターを当て、キュッとベルトを締める。
膝下まで覆う装備は、思ったより重い。
それでも──外せば、危ないのだろう。そう思いながら、しゅるりとベルトを回し、カチッと金具を留める。
─遠くで、風が鳴いた気がした。
金具を留める音の合間に、ふと、あの“感触”がよぎる。
(……届いた、気がするけど…)
ゴーグルは、まだ額の上に。
使うのは、空に出てから。
準備を整え、クラリスは部屋を出た。
─ドラゴン舎へ向かう。
「最近どうよ?声、分かるようになった?」
「んー…なんとなく?腹減ったー、とか、機嫌いいとかはわかる」
カイルの問いかけに、エリオットが応える。
「おー!相変わらず仲いいじゃん」
「でもなー。まだ細かいのは無理だな。
訓練も、結局ノリで合わせてる感じだし」
サラが、二人の間にある鉄柵を開けながらゼフィラに話しかける。
「…ふふ。ゼフィラ、何かアドバイスはありまして?」
『……さぁな。理解しているつもりか?』
「…あらまぁ。…確かに、言語化は難しいですわね」
その様子に、カイルが羨ましげにする。
「サラたちは自然な感じするよな!…おっ。…テラ?」
…ズリ…スリ、スリ。
カイルの肩の力が、わずかに抜けた。
「結局さー、近くで見てないとわかんないよな」
エリオットのぼやきに、クラリスが違和感を覚える。
(……違う。さっきは、離れてても──“届いてた”)
『……騒がしい』
六花の呟きが頭に響く。
─それが、誰に向けられたものなのかは、わからない。
クラリスが「ふふっ」と笑った。
─生徒たちが演習場へ集まる。
始業の鐘が鳴り、セドリックが告げる。
「…騎乗訓練の説明をする。
各自、順番に飛行し、赤い旗が立てられている岩でカーブして戻って来い。
速度よりも、安定性を重視しろ。
継続が困難であると判断した場合は、自己判断で中断することも許す。
─では、開始する」
まず先頭に立ったのは、エリオットとヴォルカン。
期待に弾む心のまま、グイッとゴーグルを下ろし、鐙に足を掛けてヴォルカンに跨った。
ここしばらくで、また大きくなったようだ。立派な体躯に、赤い鱗が陽光に光る。
「─いくぜ、ボル!!」
「がおがお!!」
ヴォルカンが羽ばたくと、熱を帯びた風がブワッと広がる。
そのまま上空に上がると、さらに力強く羽ばたいた。
──ボッ!─ゴウッ!
「ぅおっ!?ボ、ボルーー!ちょ、ぉぉぉ!?」
ぐん、と体が後ろに引かれる感覚に、エリオットが慌てて手網を短く持ち替える。
「がおがお!!」
初めてのペア飛行に興奮したらしいヴォルカンが、楽しげに飛ぶ。
「ボル…!ヴォルカン!!カーブ!カーブ!!」
「がお…!!」
タイミングを逃し、赤旗を大きく行き過ぎてからカーブし、折り返してきた。
危険を察して、地上の生徒たちが一斉にゴーグルを下ろした瞬間、着陸の余波でさらに熱風が舞い上がる。
─頬が焼けるような熱だった。
『……騒がしい』
クラリスは、思わず目を細めた。
「……悪くない。だが、曲がるのが遅い」
セドリックの評価に、エリオットは、短く頷いた。
(俺とボルなら、次はもっと上手くやれる…!)
─今度は、ちゃんと曲がる。
確かな手応えを感じて、エリオットは拳を握った。
「次、カイル」
セドリックの号令で、カイルとテラが前に出る。
カイルの身長よりも長くなった体躯は、ゴツゴツした見た目よりも柔らかい。
「……いくぞ、テラ」
テラは、わずかに首を傾けた。
……バサッ
テラの翼が、ゆるりと風を掴み─力強く叩きつける。
ゴウッと重い音を立てて、カイルを乗せたテラが空へ上がった。
エリオットたちよりも高度は低いが、安定した飛行。
「……曲がろう、テラ」
─言葉にするより先に、テラがわずかに傾いた。
……バサッ
赤旗に沿うように翼を旋回させると、綺麗なターンを見せて戻ってくる。
─やがて、ズン、と地面が鳴るような重い音を立てて着陸した。
カイルは、軽く手綱を緩めた。
テラは何も言わず、静かに息を吐く。
風が、わずかにやわらいだ。
「……悪くない。だが、もう少し高度が必要だ」
セドリックの評価に、カイルが頷いた。
─もっと高く…!
「次、サラ」
「はい」
呼ばれて、サラとゼフィラが前に出る。風ドラゴンは成体でも、さほど大きくはならない。
ゼフィラは、サラと同じくらいの目線だった。
「…では、参りましょう」
『…あまり気が乗らないな』
しぶしぶといった様子を見せながらも、サラに促されて空に舞い上がる。
秋の風を纏わせながら、軽やかに飛んでいく。
「…そろそろですわ」
『…仕方ない』
─言葉より先に、風が揺れた。
赤旗ギリギリでカーブする。
─チリ、と翼が旗をかすめた。
「…!危ないですわ!」
『…バランスは崩していない』
一瞬、ヒヤッとしたものの、その後の着地は優雅だった。
─ヒラリ、と風を纏わせながら降り立った。
「……悪くない。だが、切り詰め過ぎるのは改善しろ」
セドリックの評価に、サラが頷く。
─もう少し、ゼフィラと“絆”を深めないといけませんわ…
「次、セリア」
「…はい」
セリアとルミナが前に出る。ゼフィラと同じ風ドラゴンだが、ルミナの方がさらに小さい。
ルミナにそっと騎乗し、セリアが告げる。
「…見てきたこと、活かそう。ルミナ」
『うん。セリア』
ルミナの翼が、の翼が、ふわりと空気をすくい上げる。
派手な音は出なかったが、軽やかに上空へと昇り、真っ直ぐ赤旗を目指す。
「…ここ」
─言葉にする前に、ルミナは応えた。
『うん』
─風が二人を中心に巻きつく。
そのまま赤旗を中心に渦を巻くようにターンし、軽快に戻ってきた。
ふわり、と風を持ち上げながら着地する。
「…良い」
セリアは、静かに頷いた。
「次、クラリス」
「…はい!」
クラリスが、ドキドキしながら前に出る。
『……緊張のしすぎだろう』
「だって…」
いよいよ、ドラゴンと空を飛ぶ日が来たのだ。
(ドキドキするなっていう方が無理…)
『…わからんな』
(心の声まで……聞こえてるの!?)
慌てた様子のクラリスに、六花が『ふん』と鼻を鳴らす。
水ドラゴンは、風ドラゴンよりも背が高い。六花はクラリスを見下ろすと
『…行くんだろう』
騎乗を促した。
「…うん。行こう、六花」
『……承知した』
六花の足元に霜が降り、周囲に氷の結晶が舞う。
翼をはためかせ、六花が空へと舞い上がる。
「んん…!高い…!!」
『…落ち着け。落ちぬ』
強ばるクラリスに、滑空しながら六花が告げる。
(みんな平気そうだったのに…!)
『…知らん』
気づけば赤旗が見えていた。
『…曲がるぞ』
「お願い!」
─六花の翼が、結晶を纏って弧を描く。
赤旗の立つ棒を凍りつかせながら、
綺麗なカーブを見せて戻ってくる。
─周囲が一瞬、静まり返る。
まだ霜が降りたままの地面に、結晶と共に着地する。
「……良い。だが、もう少し連携を鍛えろ」
セドリックの言葉に、クラリスが頷く。
─しっかりしなきゃ…!
「最後、セリウス」
呼ばれて、セリウスが前に出る。
「……ふん」
─一歩も迷いなく、前に出る。
六花が残した霜が、ルクシオンの風で散っていく。
─痕跡すら、残さない。
ルクシオンはセリウスよりも少し背が高い。風ドラゴンの幼体としては、大きい方だった。
「……行くぞ。無駄を無くせ」
『…了解した』
セリウスの言葉に、ルクシオンが応える。
ルクシオンの翼が風を纏い、叩きつけるように地面に放ち─一気に上昇した。
ルクシオンが最適な高度まで上昇すると、次は滑空に入る。
時折翼で風を操りながら、赤旗を目指す。
「……今」
─言葉と同時に、呼吸が一致する。
『…御意』
赤旗が渦巻き、先ほどの氷が割れて散る。
─緑の風になって、ルクシオンが華麗にターンした。
また翼で風を操り、戻ってきて、ぶわりと風を纏いながら着地した。
「……悪くない。だが、上がりすぎている」
セドリックの言葉に、セリウスが一瞥する。
─誤差の範囲だ。
風が、静かに収まっていく。
─だが、クラリスの中だけは、まだ“声”が残っていた。
続く




