第16話 空のカーニバル
─季節は巡り、霊峰の空気は澄んだ秋へと変わっていた。
あの日、わずかに浮いただけだった翼は──
今や、安定して空を捉えている。
セドリックが生徒たちを集合させる。
「……単体での安定飛行は確認した。次の段階へ移る。
──騎乗だ」
「うぉぉーー!!」
「がおがおー!!」
「はー!やっと『良し』ってことかぁ…!」
……ズリ、バサッ。
楽しげな声と、安堵の声が上がる。
「晩秋に、レース形式で“個”の仕上がりを確認する。速さだけでは意味がない」
生徒たちが静まるのを確認し、続ける。
「制御、持続、判断─すべてを統括的に見る」
頷く生徒たちを見て、さらに続けた。
「だがその前に…王都で収穫祭が行われる。ベテラン操者による、飛行演舞もある。
……今年は、例年にはない“特別枠”も設けられている」
──王都の空に、炎の花が咲いた。
ドンッ、と腹に響く音とともに、赤と金の光が空を裂く。火ドラゴンの吐いた炎が空中で弾け、花開く。
それは、破壊ではなく──祝福の火。
次々と打ち上がる炎が、真昼の空を染めていく。歓声が、遅れて地上から湧き上がった。
「……きれい…!」
クラリスが手を叩く。
「うおお!?ドラゴンで花火ってアリかよ!?」
「がおがお!」
初めてのカーニバルに驚くエリオット。
「……カーニバル用に調整された炎だ。暴発しないよう、出力も制御されている」
セリウスが、生真面目に解説する。
─空のカーニバルが、始まった。
風ドラゴンが、空を駆ける。
尾を引くように残された白が、やがて線となり、円となり──
空に、“空紋”が刻まれていく。
その空紋に沿うように、水が舞い上がる。
光を受けて、七色に弧を描いた。
─虹が、空に架かる。
観客の歓声が、空に吸い込まれていく。
─足元に、結晶が生まれる。
土ドラゴンの歩みに合わせて、石畳の隙間から結晶が芽吹く。
透明な柱が、規則正しく並び、光を受けてきらめいた。
まるで、大地そのものが祝福しているかのように。
その上を、操者たちが悠然と進んでいく。観客の歓声が、波のように広がった。
─やがて、その場に静けさが戻る。
……ズリ。
「テラ?」
テラが、残された結晶に顔を寄せた。
……ゴリ。
「食ってるぅーー!…いや、それ食っていいやつ!?」
「……問題ない。残滓だ」
さすがに慌てるカイルに、セリウスが冷静に解説する。
「あはは…、良かったね、テラ」
クラリスが微笑む。
「──そして、今年は特別に!」
風ドラゴンの背から、声が響く。
「王立学園の三年生による演舞です!」
ざわめきが、歓声へと変わる。
「三年だってよ!」
「あの裂け目のときの……!」
クラリスは、思わず空を見上げた。
「……お兄ちゃんたちだ」
──光の中から、四つの影が現れる。
コレットとドラゴンが風を裂き、先陣を切る。
その軌道に、マーセルの水が絡み、流れを作る。
ガレスのドラゴンの炎が弧を描き、空に熱を刻む。
──最後に、黒が来る。
音もなく、しかし確かに“場”を変えた。
「なんだ、あれ……」
「空気が……違う」
その異質さに、人々がざわめく。
『……見ろ』
六花が呟いた。
他の光が消えたあと、
ただ一瞬だけ──黒が空を整えた。
「……すごい」
乱れた光を、黒が静かに収める。
─すべてが、あるべき位置へ戻った。
誰も、すぐには声を出せなかった。
─演舞が終わると、王都の通りは一層の賑わいを見せていた。
香ばしい匂いと、楽しげな声が、あちこちから溢れている。
「あー!腹減った!」
「がおがお!」
エリオットとヴォルカンが、先陣を切って屋台へと駆けていく。
「ボル!あれ食おうぜ!」
屋台の上で、こんがりと焼かれている串。
─霊峰ホロ鳥の串焼きだ。
皮はパリッと、肉はほろりと崩れる。
香ばしい匂いが、風に乗って広がった。
「うっま!これやばい!」
「がおがお!」
仲良く頬張っていると、セリウスが顔を覗かせた。
「……これは、霊峰の湖周辺にいる鳥だな。先日狩ったものと同種だ。…特徴は、肉質が柔らかい」
「あー!こないだの!そうだったのか…!」
「がお!」
「おい!だから焼くなって!これはもう焼いてあるだろ!」
先日の狩りを思い出して、楽しくなったらしいヴォルカンを、エリオットが慌てて止める。
……ゴリ。
「…テラ、さっきの結晶まだ食ってんの?」
……ボリ。
「これ……かわいい!」
透明な器に、赤い実が盛られている。
「…あら、こちら、“霊峰いちご”だそうですわ」
「そのまま食べられるんだって!」
クラリスとサラが、いちごを頬張る。
セリウスも、ひとつ買った。
「……甘い」
「また食ってるし。…何気に甘いの好きなのか?」
カイルが素朴な疑問を口にする。
「食えるものは食う。……セリアも、どうだ」
ぽつりと言い、後ろに居たセリアに勧める。
「…ありがとうございます、お兄様」
みずみずしい霊峰いちごが、光を受けてきらめく。
口に入れると、やさしい甘さが広がった。
「……おいしい」
─小さなドラゴンの形をした焼き菓子が、整然と並んでいる。
翼や尾まで細かく作り込まれ、ほんのりと甘い香りが漂っていた。
火の赤、水の青、風の白、土の茶色──
「これ……かわいい!」
匂いにつられて屋台を覗いたクラリスが、瞳を輝かせる。
「おっ!ボルっぽいやつあるぞ!」
「がお!」
「黒いの、ないんですか?」
エリオットとヴォルカンの楽しげな様子を見ながら、クラリスが店主に尋ねる。
店主は一瞬だけ言葉を選び、
「……あれは、あまり“飾り立てる”ものじゃねぇんだ、お嬢ちゃん」
とだけ答えた。
「……そっか…」
残念そうなクラリスに、店主が続けた。
「……あれは、縁起物じゃねぇからな」
クラリスは、小さく頷いた。
その様子を見て、セリウスは先日の襲撃のことを思い出す。
(……兄が黒を操るなど...。思うところも、あるだろう)
「……これを」
セリウスは、別の焼き菓子を指した。
すかさずカイルが反応した。
「おっ。またお土産か?」
「……ついでだ」
「じゃ、俺は赤で!」
エリオットも買うらしい。
「いやお前、それ食うの?ちょっと抵抗ない?」
「がお!」
「いや、焼かなくていいから!」
『……食用か』
「うん、姿を模してるんだよ」
「…わたくしも、記念に買おうかしら…」
お土産も手に入れて、クラリスがそっと空見上げる。
「……さっきの、すごかったね」
その様子に、セリウスも頷いた。
「……あれが、“魅せる側”だ」
笑い声と、灯りと、涼しい秋の風。
─空のカーニバルは、まだ続いている。
続く




