第15話 はじめての空
─翌朝。
霊峰の空は、いつも通りに見えた。
だが──昨日の“ずれ”を、誰も忘れてはいない。
訓練場となっている霊峰の麓には、すでに生徒たちが集まっていた。
「……もう安全だとは思うけどさ…」
カイルが、上空を見上げて目を細める。
「昨日、あの辺に“裂け目”あったんだよな…」
「……うん」
クラリスも、空を見上げて頷いた。
「……なんか、まだあの辺…変な感じするよな...」
エリオットが、逆立つ肌を押さえながら見上げた。
『……完全には、戻っていない』
「...六花...」
「──いい観察眼だ」
始業の鐘と共に、セドリックが立っていた。
「だが、怯えていても何も変わらん。
昨日見たものは、“特別な出来事”ではない」
生徒たちを見渡して、セドリックはあえて厳しい言葉を紡いだ。
「問題は──お前たちが、何も出来なかったことだ。昨日のような連携を成立させるには、前提がある。
──空を制することだ」
生徒たちの表情を見ながら、最後にこう告げる。
「本日より──飛行訓練を開始する」
「いよいよか…!」
「がお!」
不安を吹き飛ばすようにエリオットが拳を握り、ヴォルカンも応える。
「いや、俺…まだ飛べる気しねぇんだけど...」
……ズリ、ズリ。
「…頑張ろうね、六花」
「……空を制すぞ、ルクシオン」
─それぞれの決意を乗せて、風が吹き抜けた。
「…まずは単体飛行だ。
無理に乗るな。落ちれば双方に損害が出る」
それぞれ距離を取る生徒たちを見ながら、セドリックが続ける。
「見るのは三つ。高度、姿勢、持続。
…これらが安定していれば、合格だ。
─さぁ、やってみろ」
セドリックが言葉を結ぶと、さっそくエリオットがヴォルカンに伝える。
「ボル──飛べ!」
「がおがお!」
さらに大きくなったヴォルカンが、畳んでいた翼を、バサリと広げる。
空気を掴んで叩きつけるような、力強い離陸だった。
──ボッ!ボ、ボッ!!
「ボルーー!めっちゃ不安定だって!!」
エリオットが叫ぶ。
上昇と下降が激しい。
あれでは、乗れば確実に酔う。
「……及第点だ」
セドリックのひと言に、エリオットは項垂れた。
「出力は十分だ。だが──制御が甘い。…次、カイル」
「…うっす!」
……ズリ、ズリ。
「──飛び上がれ、テラ!」
カイルが命じると、それに応えるようにテラが動く。
ヴォルカンよりも低いが、体長が一番あるのがテラだ。
テラの翼が低い位置で、重く打たれる。
バサ、と鈍い音が響く。
──わずかに、浮いた。
「ナイス!テラーー!」
カイルが拍手する。
「……悪くない。安定している。…次、サラ」
「ゼフィラ」
風が、ふわりと持ち上げる。
無駄のない上昇だった。
「……良い。…次、セリア」
「……ルミナ」
静かに浮かび、揺れない。
まるで最初からそこにあったかのように。
「……良い。…次、──」
セドリックが口を開いた、そのときだった。
「……あ」
クラリスが、小さく声を漏らす。
──六花は、すでに浮いていた。
音もなく、空中に在る。
揺れも、無駄な動きもない。
『……待機している』
「あ、えっと……うん、ありがとう…?」
クラリスは戸惑い、セドリックの方を向く。
「……合理的だ。──だが、合図を待て」
セドリックの言葉が落ちた、次の瞬間。
─ギュンッ!
空気が裂ける。
ルクシオンが、一気に高度を奪った。
直線的で、迷いのない上昇だった。
「……速い…!」
思わず、誰かが呟く。
だが─
そのまま、行き過ぎた。
「おい……『止まれ』」
セリウスが短く命じるが、減速が遅れる。
─高度が過剰に乗り、姿勢がわずかに崩れた。
「……過剰だ」
セドリックが、静かに言い切る。
「出力は十分。だが──制御が粗い」
「……問題ないだろう」
セリウスは言い返すが、
「……問題があるから言っている」
セドリックに、即座に切り捨てられる。
「先回りも、過剰も──いずれも連携を崩す。
基準は一つだ。“合図に対して、必要なだけ動け”」
セドリックに再度目標を告げられると、セリウスは悔しげに頷いた。
「……次は、合わせる」
「クラリス。──もう一度やってみろ」
「…はい」
セドリックに促されて、もう一度前に出る。
「……いこう、六花」
『……応』
─静かに、浮かんだ。
揺れない。
迷いもない。
まるで、最初からそうすることが決まっていたかのように。
「……良い」
セドリックは一度だけ頷き、全員を見渡した。
「本日はここまでだ。
各自、“合図に対して動く”ことを意識しろ」
ひと呼吸置いて、続けた。
「それが出来なければ、空では生き残れん」
その言葉を残し、訓練は解散となった。
続く




