第14話 兆し
「はい、お土産だよ!」
「...まぁ。ありがとうこざいます、クラリス」
─王宮へと戻り、噴水の前にあるベンチで焼き菓子を食べる。
「......美味しい」
セリアが静かに、嬉しそうな笑顔を見せる。
「……当然だ」
セリウスが頷くと、カイルの頬が緩む。─セリウスが睨むと、カイルが慌ててそっぽを向いた。
─夏期休暇が明けた朝。
霊峰の空気が、わずかに重くなっていた。
「...なんだか、空気がおかしくない?」
「……風が、止んでいますわ…」
いつも流れているはずの風が、不自然に揺らいでいる。
『……静かすぎる』
学舎へと向かう途中で、六花からの念話が聞こえてきた。
─空が、裂けた。
光が歪み、空間がひびが走る。
─その奥から、
黒い影が滲み出る。
ガランガランと、いつもよりも大きく、張り詰めたような鐘が鳴った。
「なんだ...!?」
「警報だ...!」
エリオットが驚き、カイルがドラゴン舎から走り出てくる。
「......お前たちは、早く学舎へ入れ!」
後ろから、三年生たちが走ってきた。
「......お兄ちゃん...!!」
「……早く行くぞ!」
セリウスが短く言い放ち、クラリスの手を引く。
反射的に足が動いた。
「え、あっ…!」
ひと足先に、学舎へと向かっていたエリオットが振り返る。
「振り返るな。走れ」
セリウスの低い一言で、空気が締まる。
鐘の音が、まだ鳴り続いている。
「早く中へ!指示があるまで出るな!」
二年生が学舎の入口で手を振り、新入生たちを招く。
既にプロテクターを装着した三年生たちが、無駄のない動きでドラゴン舎へ向かう。
─鉄柵が開く。
鞍が素早く取り付けられ、留め具が音もなく固定される。
「間隔を取れ。上空で合流する」
「了解」
短い合図だけで、全てが通じている。
─霊峰への大門が、大きく開け放たれた。
翼が打つ。
風が逆巻き、砂埃が舞い上がる。
六花が、ゆっくりと鉄柵の前へ歩み出る。
『……あれが、“整えるもの”』
─冷たい空気が、わずかに澄む。
三年生のドラゴンたちは、六花の前を一頭、また一頭と進んでいった。
──空へ。
先頭を飛翔する黒いドラゴンは、ルイを乗せて迷いなく裂け目へ向かっていった。
残された生徒たちは、窓越しにそれを見上げるしかなかった。
手を伸ばしても、届かない高さ。
クラリスは、思わず息を詰めた。
「......お兄ちゃん...」
視線はただ、空へ。
「......よく見ていろ...」
セリウスはクラリスとルイの関係を知らなかったが、余計なことは言わず、共に、空を見ていた。
─裂け目の周囲で、四つの影が交錯する。
「散らすぞ!」
ガレスが操るドラゴンの炎が爆ぜ、裂け目から滲む歪みを焼き払う。
「押さえる!」
マーセルのドラゴンが放つ水の帯が、空間を絡め取り歪みの拡散を止める。
「行くよーっ!」
コレットのドラゴンが風を裂き、空を縫うように駆け抜ける。
散った歪みを、まとめて押し流す。
─その中心に、黒があった。
裂け目へと近づく。
─歪みが、音もなく吸い込まれていく。
だが──
完全には、消えない。
「……以前より、大きい」
生徒たちの傍で見上げていたセドリックが、モノクルの位置を直しながら呟く。
クラリスは、初めて見るルイたち三年生の活躍に、息を飲んだ。
「……すごい…」
「やべぇな…」
同じ火属性のガレスを見上げながら、エリオットが拳を握りしめる。
「……あれが、“届く側”だ...」
セリウスは、そういいながらもやはり悔しそうに見ていた。
─やがて、王都所属の操者たちも加わり、“裂け目”から出ていた“影”が見るからに小さくなった。
「──ルイ!」
「......わかっている」
ガレスが声をかけると、ルイがさらに上空へと上がった。
「......やるぞ、シス」
『オーケー、ルイ!』
─黒いドラゴンが、“裂け目”に体を添わせる。
まるで、インクを吸い取るように、その黒い体へと“裂け目”が消えていった。
─音が、消えた。
空の歪みが、ゆっくりと閉じていく。
だが、その跡は──どこか、残っていた。
空の一部が、わずかに“噛み合っていない”。
─誰も、すぐには声を出せなかった。
「……終わった、の?」
クラリスが、安堵に腰が抜けそうになりながら呟いた。サラが、そっと支える。
「……“今回は”な」
じっと上空を見上げ、歪みの“戻り”を測るように、セドリックが頷く。
「……本日は、このまま解散とする」
セドリックが、短く告げる。
「授業は、明日に回す」
その言葉に、誰もすぐには動かなかった。
ただ、それぞれがもう一度だけ──
空を見上げた。
続く




