愛おしい記憶 -01
(この姿を知ってる。)
バレッタが怒る姿を目にしたとき、何かがはじけるように脳の中に大量の記憶が流れ込んできた。
膨大なその量に一瞬頭が苦らりと揺さぶられると同時に、震える身体を叱咤し、マルクの前に立つバレッタの姿に、小さな少女の面影が重なった。
ーー
ラウドが、自身が他よりも目立つ存在だということに気が付いたのは、間もなく中等学校へ進学するかという頃だった。
50を超える数の令嬢とその家族から求婚の話を受けたと父親から報告を受けた。
そのほとんどが会話したこともなく、──あるいは公爵家がいかに素晴らしくその後を継ぐラウドがどんなに有望かを切々と書いた──手紙は、喜びよりも戸惑いのほうが大きかった。
美丈夫な父は、ラウドから見ても周囲から一目置かれている存在だった。
誰よりも正しく、誰よりも領主として領民を守るという意思を持つ父は、その分ラウドには厳しかった。
今となれば、その厳しさが自身と民を思う故だと理解できる。だが幼いラウドには、ただひたすら息が詰まるものでしかなかった。
「…疲れたな。」
家の中で唯一一人になることができる、中庭のベンチに腰掛けたとき思わず口から言葉が漏れ出ていた。
外に出れば、常に誰かの目があった。
学園も、友も、使用人も、父の部下も、来客も、全員がラウドを「公爵家の跡継ぎ」として見ていた。
誰もラウド自身を見ていなかった。
(あたりまえだ。)
そう思うと同時に、心の中に溜まっていく鬱憤はどこにも吐き出すことができない。
ただ、未来の領主として、常に穏やかであれと言い聞かせるうちに、どれが本当の自分なのかわからなくなって言った。
そんな息苦しい日々に嫌気が刺して、悪戯心に屋敷を抜け出したのはいつだっただろう。
衛兵の目を掻い潜り、裏口から忍び出た先に広がる町は、自身を取り巻く環境とはまるで別世界だった。
人々の笑い声、市場の喧騒、石畳を走る子供たち。
─誰もラウドのことなど気にもかけない。
それが、たまらなく心地よかった。




