分岐した道の先で -02
「かつて、ある貴族が地方の領地を治めていました。長らく統治していたその1家は、ある日、突然全てを失ったのです。財産も、邸宅も、名誉も、一夜にして消えた。原因は、王家に近い貴族が不正を正すと言って、すべてを奪っていった。」
マルクは淡々と続ける。
「気がついた時には、母は父を置いて逃げた。全てを失っても、自尊心だけは捨てられなかった父は、いつまでも自分の地位はいつか戻ってくると思い込んでいました。残された子は可哀想にも、父親の怒りの捌け口として扱われていました。」
「そんな…。」
「可哀想でしょう?でも、仕方の無いことなんです。だって汚職をするような貴族でしたから、没落して喜ぶ者のほうが多かったと。」
マルクはなんて事ないように続ける。
「成長し、その粛清を行った家がトラッド家であると知ったときは驚きました。」
「…ラウド様を恨んでいたからこんなことを?」
「いいえ。そんな短絡的なこと僕がするわけがない。」
マルクは一切の迷いもなく答える。
「…ずっと日の下で生きてきました。でも、ある日運命的な出会いを果たすんです。まるで神様が僕がもう一度人生を始めるためにチャンスをくれたみたいだった。ねえ?」
それまで穏やかに話していたマルクが途端に表情を変える。ちらりと目線を送った先には、バレッタを運んできた男の姿があった。
(あの男が…!)
おそらくこの団体を取り仕切るのはあの男なのだろう。
しかし男は特に何かを言うこともなくこちらを見つめるだけだ。
「最初は、別の方法を試そうとしたんです。でもなかなかうまくいかなくって。」
バレッタが言葉の意味を理解できていないと気が付くと嘲笑を浮かべる。
「あれ?まだ気が付いてないんですか?ラウドが記憶を失った理由。見おぼえがあるだろ?”なんでも願いが叶う薬”だよ。」
「な…⁉」
いつかやってきた行商人の姿が思い浮かぶ。バレッタの変化に気が付いたマルクが勝ち誇ったように言う。
「あれ、本当は人の意識を奪う…催眠の術をかけたモノだったんだ。…でもあんまりうまくいかなくってさぁ。いろんな貴族にばらまいたんだけど、なんでか記憶を失うだけで全然いうこと聞いてくれなくって。」
唖然とするバレッタの髪をくるくるともてあそびながらマルクは歌うように続ける。
「ほんとはお前に飲ませたかったんだ。だけど俺はラウド付の執事だったからタイミングが難しくってさ。あそこの侍女たちは優秀だね、おバカな見習い以外は。ラウラって言ったっけ?」
くすくすと種明かしをしていくマルクは、弄んでいたバレッタの髪から手を離すと、その手をバレッタの頬へと寄せる。そしてそのまま頬に口を寄せ、ぬるりとその頬を舐めた。
「いや…!」
咄嗟に顔を逸らして逃げ出そうとするが、マルクはすかさず反対の手でバレッタの肩を掴む。拘束された手枷が、じゃらりと音を立てた。
「悲しいなあ。そんなに嫌がらないでよ。仕えている間も可愛らしい方だと思ってたんだ。
「それに、あんなのは本当にやりたかったことじゃない。目的はお前だよ、バレッタ様」
「…わたし…?」
そのまま抱き寄せるようにして耳元で囁く。
「ご実家のザミット家のことをどれほどご存知ですか。」
「…何?」




