嵐の前触れ -07
「旦那様が…1人の女性とよくお電話や文通をしているのを見かけるんです…。きっとお仕事のことだと思ってたんですけど…」
「けど?」
「……早くお会いしたいって、ラウド様のあんな声私初めて聞いて、それで…。」
ラウラの言葉にショックを受けつつもどこか冷静に受け止める自分がいた。
バレッタはしばらく黙っていた。
「…そう。教えてくれてありがとう。」
「バレッタ様、あの、私…。」
「大丈夫よ。下がっていいわ。」
安心させるように肩をぽんぽんと叩き退出を促すとラウラは泣きそうな顔で部屋を出ていった。
手の中の手紙をゆっくりと机の上に置く。自分の気持ちをごまかすように、いつもは気にしない机の上の小物の位置を触ったり、小さくついた傷を熱心に見つめてみたりする。
それでも自分の心をごまかすことはできない、どれだけ気を逸らせても頭に浮かぶのはラウドのことだけだ。
──ただそばにいて、もう一度恋をさせればいいと思っていた。それだけのことだったはずだ。
(早くお会いしたい、か。)
ラウドからそんな言葉を、バレッタはかけられたことはなかった。社交界で初めて話した日も、面白そうに話を聞く姿はあったが、別れ際はさっぱりしたものだった。
窓の外に広がる、バレッタのために整えられた庭を見やる。季節の花々が咲き誇る、広く美しい庭園は常であれば心を安らがせてくれるのに、いまはいやにひとりぼっちな気持ちにさせた。
(そっか、前に進めていないのは私だけだったんだ、)
泣きたいとは思わなかった。ただ胸の奥にすとんと何かが綺麗にハマったような感覚があった。
恋をしたのは本当だった。でも届かない恋だってある。
それだけのことだ。それが、少しだけ遅く結婚後に気がついただけで。
バレッタは机の引き出しから新しい便箋を取り出してゆっくりと時間をかけて手紙を書いた。きっと、ラウドはバレッタが友人たちと文通を続けていることも、どこかで疎ましく思っていたのかもしれない。
「はやく、手放してくれたらいいのに…。」
口に出して言ってみると、思ったよりも頼りない声が出た。優しいラウドのことだ、どう切り出せばいいか分からずバレッタと距離を置いているのだろう。
公爵家に離縁された伯爵家の次女なんて、貰い手がいるとも思えない。ましてや社交界で悪評の立つ令嬢なんて。
涙はでなかった。それでも何故か、いつもよりも握るペンの力はずっと弱く、まるで嫌がるように小さな文字はゆっくりと書き連ねられていった。
ラウドの忙しさが落ち着くまで別邸で過ごすことを伝える、ごくシンプルな内容だった。
封をして手紙を持ってラウドの執務室へと向かう。案の定、今日も家を空けているラウドの代わりに出てきたのはイリスだった。
「このお手紙をラウド様にお渡しいただけないかしら?それに私…少しの間別邸で過ごそうかと思うの。」
「…ラウド様には?」
「お手紙に書いておいたわ。…できるだけお仕事のお邪魔をしたくないの、イリスからも伝えていただけないかしら。」
「バレッタ様のお望みであれば私はお止めしませんよ。…貴方様のお気持ちをたいせつにしたいのです。」
何も言わずともイリスはバレッタの気持ちを知っているような気がした。
困ったように口元のひげに触れながら眉を下げる。その表情にはこちらを気遣う気持ちがありありと浮かんでいた。
「それに……貴方様は少しお痩せになられました。私でできることならいつでもお力になります。」
「…ありがとう、イリス。」
バレッタも小さく微笑んでその場を後にする。今はとにかく少しの荷物とともにできるだけ早くこの家を立ち去りたかった。




