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嵐の前触れ -05


王城の中でもひときわ静謐な空気を称える一角に、その部屋はあった。


高い天井は室内をより一層奥行きを感じさせ、執務机の背に並ぶ革表紙の書物はこの土地の歴代の統率者達に使用されてきたものだと言うことがひと目でわかる。


王太子との二人きりの時間で交わされる内容は、学生時代からの友人と気の置けない会話をするための王太子に与えられた気晴らしの時間として周知されているものの、その実、秘密裏に進む調査の進捗を共有する場だった。


同じ背格好ながら、自身の明るいベージュ色の髪と対比するように、黒く艶やかな髪を緩やかに伸ばしたその男は、学生時代からどこにいても目立つ存在だった。


次期国王となるに相応しい民を守る意志と平等な瞳を持つ姿は既に国民の多くから愛されているが、今は公務では見せない疲れた顔に気だるげな表情を浮かべている。


人払いされた室内は驚くほど静かで、紙をめくる音や羽根ペンのかすかな擦れさえやけに鮮明に耳に響く。


「これでもう6件目か。しかも…」


手元の報告書に目を落とした王太子の言葉を拾うようにラウドは続ける。


「どうやら当初から記憶を消す目的で作られたものではなく、本来の目的は別にありそうです。それに…いくつか不審死の報告も上がっています。」


「こちらにも不審な報告が上がっている。」


王太子は手元の書類をめくりながら言う。


「市場に妙な薬が出回っているらしい。どうも願いが叶う薬という名目で売り出しているようだが、中身は粗悪な薬を混ぜ合わせたようなもので体調を崩した者、果ては命を落とした者が複数出ている。」


「そこが繋がるとは…。」


王太子から、突如記憶喪失となった人々がいるという報告を秘密裏に受けたのは半月前のことだ。ラウド自身がバレッタのことを一ミリの記憶もなく失ってしまったことを聞いた王太子は、すぐさまラウドを呼びつけなにか良からぬものが動いていると早々に判断し調査に当たっていた。


「こちらの方でも記憶を失った人達の共通点を探っているが目ぼしいものは見つかってない。だが…」


王太子はわずかに声のトーンを落として囁くように言う。


「辿っていくうちにいくつか気になる名前が出てきた。…その全員がトラッド家と取引のある者たちだ。」


ラウドの目が細くなる。公務の場であるということを忘れて旧知の友に話しかけるように問う。


「つまり…俺が狙われたということか。」


「それか、」


王太子は少し間を置いた。その先を言うのを躊躇しているようだった。


「バレッタの方か。」


代わりに答えたラウドの声が、部屋の中に静かに落ち静寂が訪れる。ラウドの記憶が失われたのは婚約直後だ。


狙いがラウド自身であればどのような形で敵意を向けられようと対処できる自信があった。この国で腕の立つ人間として名が上がるほどには鍛錬を積んできた自負もある。


だが──


「…バレッタには近づけさせない。」


知らぬ間に、気がつけばそう口にしていた。

王太子はわずかに目を見開き、口元を緩める。


「記憶はまだ戻っていないのだろう?」


「ああ。」


「それでも、か。」


敢えてなにも答えなかった。いや、答える自信がなかったのかもしれない。窓の外に視線を向けながらラウドは静かにバレッタを思い浮かべる。


目じりを緩め、胸の奥に温もりが広がるような笑みを思い浮かべると、記憶がなくとも危険な目に遭わせたくないという気持ちだけをはっきりと自覚させる。


「早急にあぶりださないとな。」


王太子がちらりとラウドに視線を向ける。ラウドも静かに頷いた。


(そのためには──仕方ないか。)


危険を避けるためには仕方がない。これからの自らの行動にそうそうに嫌気がさすが全てはバレッタのためだと言い聞かせる。室内は夕日の色に沈み込みやけに濃い赤を帯びていた。


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