第十九話:美食の戦場。あるいは全自動・味覚ハッキング調理器の審判
第十九話は、料理対決を舞台にした「分子レベルの味覚ハッキング」回です。
相手の料理を遠隔操作で「神の味」や「地獄の味」に変えてしまう、科学という名の卑怯な戦術(?)でお嬢様が料理界を制圧します。
「お嬢様、何やら怪しげな黒尽くめの男たちが、屋敷の前に『食の聖杯』なるものを置いていきました。……中には、毒か何か……」
少尉が鼻をヒクヒクとさせながら報告する。それは『帝都料理ギルド』からの挑戦状だった。
結月は届けられた招待状を指先で弾くと、唇の端を吊り上げた。
「……料理対決、ですか。面白い。私の『全自動・味覚解析・調整調理器(一号)』の性能を試すには絶好の舞台ですわ」
『あ、お嬢様。ギルドの連中、たぶん未来の「味覚増幅チップ」を隠し味に入れてくるよ。あいつらも平賀と同じ、未来のガラクタ収集家グループだから』
「対策はありますわ。アイリス、少尉の脳内通信から、ギルドの連中が使う『化学調味料』の組成を解析なさい。それを上回る『脳に直接快感を与える味付け』を合成するのです」
対決当日。帝都の広場に設営された巨大な調理場。
ギルドの料理人たちが、蒸気で動く怪しげな調理器具を操る中、結月は……調理を行っていなかった。
「……お嬢様? 具材を切る気配もありませんが」
「少尉、貴方はその『全自動・味覚解析器』を、料理人の頭に照準をつけてください。アイリスが味を解析し、この『マイクロ波・熱線投射機』で、料理が完成する直前に分子レベルで味を書き換えるのです」
「……つまり、相手が作った料理を、勝手に『最高に美味しく(あるいは別の味に)』改造する、と?」
「ええ、いわば『味覚の乗っ取り』ですわ」
対決開始のゴングと同時に、ギルドの料理人たちが豪華な肉料理を焼き上げる。
その瞬間、結月がスイッチを入れた。
「――味覚、書き換え(オーバーライト)。モード:究極の幸福感」
結月の機械から放たれた目に見えない波長が、料理に命中した。
審査員が一口食べると、その顔が一瞬にして法悦の表情に変わる。
「なんという……! この世のものとは思えぬ深いコク! まるで……まるで、母の温もりと、未来の希望が口の中に広がっていくようだ!」
『お嬢様、効いてる効いてる! 少尉、次はあの料理人に「苦味の極み」を投射して!』
「了解! ――食らえ、絶望の苦味ッ!」
少尉が照準を動かすと、今度は味見をした審査員が「うぐっ!? なんだこの、地獄の釜茹でみたいな味は……!」と絶叫し、ひっくり返った。
会場は騒然となった。
「素晴らしい料理だ!」「いや、毒だ!」「いや、やはり神の味だ!」
審査員たちが味の急変に混乱し、対決はもはや調理ではなく、電子レンジによる「味の奪い合い」という地獄絵図と化した。
「……勝負ありですわね。私の機械の方が、分子の結合が安定していますもの」
「お嬢様……勝ったのは良いですが、ギルドの料理人たちが全員、味覚のハッキングで記憶障害を起こして倒れていますぞ……」
倒れ伏す料理人たちを横目に、結月は「次回は『五感の同期』を試してみましょうか」と、さらなる魔改造を画策していた。
第十九話をお読みいただきありがとうございます。
もはや料理ですらなくなってきましたが、結月は「美味しいという結果が出ればプロセスは問題ない」というマッドサイエンティストの極致に立っています。
さて、ギルドの料理人たちを撃破したことで、結月の名は「帝都を震撼させる天才発明家(兼、味の支配者)」として広まりました。
しかし、そんな結月の前に、本物の「未来の技術者」を名乗る人物から手紙が届きます。
「貴方の技術を、元の時代に返してほしい」――。
アイリスの「本体」を巡る、本格的な物語が幕を開けようとしています。
また次回もお会いしましょう!




