第十八話:全自動移動式製パン要塞。あるいは銀座大行列の悲劇
第十八話は、前回の「未来の自分」からの助言を盾に、お嬢様がパン業界へ殴り込む暴走回です。
移動式パン焼き要塞から放たれる「パンの弾幕」に、銀座の人々が喜びと恐怖に震えます。
相変わらず「道具」として酷使される少尉の、粉まみれの奮闘にご注目ください。
帝都・銀座。モダンガールやモダンボーイが行き交う華やかな大通りに、突如として「鉄の獣」が現れた。
それは、退役した装甲車をベースに、巨大な煙突と「九条院」の家紋入りの幟を立てた、世にも奇妙な移動式店舗――『九条院式・全自動高速製パン要塞(一号機)』である。
「皆様、お待たせいたしましたわ! 未来の黄金比に基づき、銀河一ふわふわなパンを今ここで焼き上げますわ!」
要塞の天辺に立ち、メガホンを片手に宣言する結月。その足元では、要塞の動力源(兼、パン捏ね機)の騒音が、銀座の喧騒をかき消していた。
「お、お嬢様ぁ! 中が……中が粉まみれであります! それに、この巨大なスクリューに巻き込まれそうですが、私は何をすれば……!」
要塞内部。真壁少尉は、蒸気機関の熱気に炙られながら、アイリスの指示で「パン生地を千切って丸める」という地獄の千本ノックを強いられていた。
『少尉、動きが遅いよ! 未来のレシピはスピードが命。イースト菌を3グラム減らした分、少尉の筋力で二倍速で捏ねて、発酵時間を物理的に短縮するんだよ!』
「理屈が通らん! 私は軍人だぞ! なぜ要塞の中でエプロンを……ぬおおぉぉ、また生地が来たぁ!」
アイリスが制御する「超振動捏ね機」が、少尉の腕をマッハの速度で振り回す。
要塞の煙突からは、香ばしい……というにはあまりに強烈な、パンの焼ける匂いが大砲の煙のごとく噴き出していた。
「……そろそろ焼き上がりですわね。アイリス、射出準備!」
『ラジャー! 銀座の皆さんに、焼きたての衝撃を届けるよ! ――パン・キャノン、装填!』
――ポンッ! ポンッ! ポンッ!
要塞の側面に備え付けられた排出口から、黄金色に輝く食パンが、正確な弾道を描いて空中に放り出された。
「な、なんだ!? 空からパンが降ってくるぞ!」
「……うまい! なんだこの、未来の味がするパンは!」
銀座の群衆が、空飛ぶパンを求めて狂喜乱舞する。しかし、アイリスの演算は徐々に「過剰」へと向かっていった。
『お嬢様、行列が長すぎて配給が追いつかないよ! 射出速度を300%にアップ、さらに「自動バター塗布機能」もオンにするね!』
「よろしくてよ。帝都の胃袋を、私の技術で満たしなさい!」
次の瞬間、要塞は「パンの機関銃」と化した。
凄まじい速度で連射される食パン。しかも、自動で塗られたバターが空中で飛び散り、銀座の目抜き通りは「バター風味の弾幕」が降り注ぐ戦場へと変貌した。
「熱い! 熱いぞ! バターの雨が……! お嬢様、少尉が、少尉がパンの山に埋もれて……!」
要塞の中から、少尉の悲痛な叫びが聞こえる。しかし、結月は舞い散るバターの飛沫を優雅に避けながら、手帳に「パンの空中散布による幸福度の相関グラフ」を書き込んでいた。
「素晴らしいわ。これこそが、未来の食文化……」
「結月ぃぃーー!! 銀座をテカテカにするんじゃありませんーー!!」
パンの匂いを嗅ぎつけて駆けつけた母・楓の怒声が、バターまみれの銀座に響き渡った。
結局、その日のパンは大評判となったが、銀座の道路を清掃するために消防組が出動する騒ぎとなり、九条院家には「道路交通法違反」と「バター不法投棄」の疑いで多額の始末書が届くのであった。
第十八話をお読みいただきありがとうございます。
「3グラムのイーストを減らす」という繊細な助言を、なぜか「パンの機関銃」という過激な出力に変換してしまうのが結月クオリティです。
少尉も、もはや自分がパン屋なのか軍人なのか、あるいは「自動パン捏ね機の一部」なのか分からなくなっています。
さて、銀座をバターまみれにした結月の元に、ある「招待状」が届きます。
それは、帝都の料理界を牛耳る「闇の料理ギルド」からの、料理対決の申し込みでした。
次回、九条院家の厨房が、さらなる地獄の実験室に。
名付けて「美食の戦場。あるいは全自動・味覚ハッキング調理器」。
また次回もお会いしましょう!




