98話 ウォーミングアップ
川の中央で立ち上がったゴーレムは、まるで山の一部が意志を持ったかのような威容を誇っていた。巨体が動くたびに「ゴゴゴゴ……」と腹に響くような地鳴りが響き、足元の川水が激しく波打つ。
その巨躯、肩と胸、職して頭頂部の三箇所に、不気味な赤光を放つ魔力結晶――「コア」が埋め込まれていた。
「いいか、こいつの弱点はあの赤く光るコアだ!」
ガルドが双剣を抜き放ち、鋭い声を張り上げる。
「あそこに攻撃を集中させ、全て破壊すれば崩れるはずだ。だがコアは小さい。魔法を使うなら拡散させるな、貫通系の一点突破を狙え! 前衛は奴のデカい手に捕まるなよ。握りつぶされたら一たまりもねえぞ!」
ガルドは唇の端を吊り上げ、不敵に笑った。
「だが、赤龍戦の前のいいウォーミングアップになりそうだ。――野郎ども、行くぜ!!!」
ガルドの合図と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。
ガルド、アリナ、ゴードンの前衛三人が、水しぶきを蹴り上げてゴーレムの足元へと肉薄する。その後方では、魔法チームが即座に詠唱を開始した。
「――アクアランス!」
「――ファイヤーアロー!」
ショウとエマから放たれた魔法の矢が、空を切り裂いてゴーレムの全身を叩く。それはダメージを与えるためではなく、敵の注意を引きつけるための完璧な牽制だった。その隙を突き、弓使いのアエラが大きく左へと跳躍し、死角から急所を窺う。
「ゴゴゴォ!!」
ゴーレムが怒号と共に、川底に転がる巨大な岩を片手で掴み上げ、前衛へと投げつけた。空気を切り裂く轟音と共に飛来する巨岩。だが、ガルドはそれを紙一重で、流れるような動作で回避した。
「ハァーー!!!」
ガルドが低く鋭い跳躍を見せる。長い双剣と短い剣が閃光となって交差し、ゴーレムの左肩にあるコアを正確に捉えた。
「ガチィィィン!!!」という硬質な破壊音が響き、一つ目のコアが砕け散る。
「ひとつ!!」
「調子に乗るなよ、虫ケラが!」と言わんばかりに、ゴーレムが丸太のような右拳をガルドへ叩きつけた。だが、その軌道には既に「壁」が待ち構えていた。
「まかせろ!!」
巨漢ゴードンが、自身の体躯ほどもある大盾を構えて割り込む。
「ドゴォォォン!!!」
凄まじい衝撃波が水面を走り、ゴードンの足が川底を深く削る。だが、その鉄壁の防御は微塵も揺るがない。
その盾を足場にするようにして、アリナが宙を舞った。
「やぁーーっ!!!」
愛剣を上段から振り下ろし、ゴーレムの頭頂部にあるコアを真っ向から斬りつける。
「ガチィィン!!」
鋭い火花が散る。しかし、コアには深い亀裂が入ったものの、光は消えなかった。破壊しきれない。
「ジュ、ジュジュジュジューーー!!!」
その瞬間、ゴーレムの体から白濁した熱い蒸気が爆発的に吹き出した。魔力の供給が不安定になり、機体がオーバーヒートを起こし始めたのだ。
「アリナ、離れろ!!」
ガルドの警告に、アリナが即座に後方へ飛び退く。
「上のコアは……あたしがもらうよ!!」
横へ回っていたアエラが、巨大な岩を蹴り、空中で独楽のように回転しながら弓を引き絞った。
「もらったぁ!」
指先から放たれた一本の矢が、空気を螺旋状に巻き込みながら飛来する。アリナが付けた亀裂へ吸い込まれるように命中し、頭上のコアが粉々に粉砕された。
「いいぞ、アエラ!」
だが、二つの核を失ったゴーレムは、さらなる狂乱へと陥った。
「ゴゴゴゴゴ!!!」
動きが鈍くなるどころか、全身から蒸気を噴き上げながらその速度を増していく。熱気が顔付近へと収束し、不気味な橙色の光が一点に集まり始めた。
「……何か来ます!!」
ショウが叫ぶ。
「光線がくるぞ! 全員、離れろ!!」
ガルドが即座に撤退の指示を出すが、放たれる熱量の膨大さに、ショウは戦慄した。
(ウォーターウォールでは防ぎきれない……展開が間に合わない!)
「ふん、まかせなさい!」
絶望的な光を前に、エマが冷徹なほど落ち着いた声で短く唱えた。
「我が仲間を守れ――ロックキャッスル!」
「ズドドドドォン!!」
水の中から、一夜城のごとき巨大な岩の城壁が即座に競り上がった。ショウが驚愕するほどの魔法構築速度。放たれた極太の光線が岩壁に激突し、凄まじい爆発音と共に周囲を蒸気で包み込む。
「シュ、シュューュ……」
城壁は崩れ去ったが、その影に隠れていた全員は無傷だった。
光線を放ち、全魔力を排出したゴーレムの動きが、一瞬だけ目に見えて止まる。
その隙を、ショウは逃さなかった。
「……俺の中で、一番早い魔法だ。くらえ!」
ショウはグラウンド・エッジを突き出す。杖の先端に、凄まじい密度の魔力が収束していく。
「――ライトニングボルト!!」
「バチバチバチィィッ!!!」
青白い稲妻が、一筋の光となって一直線に伸びた。残された最後の一つ、胸の中央にあるコアを完璧に射抜く。
「ガチィィィン!!!」
最後の光が潰え、ゴーレムの巨体から力が失われた。
「ゴドゴドゴド……ゴトン……」
意思を失ったただの岩塊へと戻り、それらは自重に耐えきれず、激しい水しぶきを上げながら川底へと崩落していった。
静寂が戻った川。舞い上がる水蒸気の中で、ガルドがゆっくりと双剣を腰に収めた。
「……みんな無事か? 怪我はなさそうだな」
一同を見回し、ガルドは満足そうに口角を上げた。
ゴーレムとの激闘を終えた一行は、再び赤龍の巣を目指して歩き出した。
川を越えた先に広がる森は、午後の柔らかな木漏れ日が差し込み、先ほどまでの死闘が嘘のように穏やかな静寂に包まれている。
ショウは歩を進めながら、隣を歩くエマにずっと抱いていた疑問を投げかけた。
「エマ……そういえば、レテ島でジラード様が魔族のナレッジに使っていた魔法なんですが。なんだか、俺たちが普段使っている魔法とは、空気の震え方というか、根本的な何かが違うような感じがしたんです。あれは一体、何なんですか?」
エマは歩調を緩めず、ふむ、と短く鼻を鳴らした。
「よく気づいたの。あれはな、主にエルフや魔族が使用する高魔法……いわば『原生魔法』に近いものじゃ。奴らは生まれ持った魔力量が我ら人族とは桁違いでな。人には到底扱えん濃度の魔力を、直接現象へと変換しておるのじゃ」
エマは自らの小さな掌を見つめ、指先に小さな火を灯した。
「対して、我ら人族が使用する魔法は、火、水、風、土、雷を司る【五大神】から知恵として授かったもの。自然界に偏在する力を、神が定めた『型』に当てはめて引き出す、いわば翻訳された魔法なのじゃよ。エルフたちの魔法が『己の魂を削り出す刃』なら、我らのは『神から授かった力』といったところかのう」
「五大神……。以前、本で読んだことがあります。でも、ジラード様も人間ですよね? なぜあんな魔法が使えるんですか?」
「ジラードは例外中の例外じゃ。奴の師匠はエルフでな。若かりし頃、その師匠に死ぬ思いでエルフ式の魔力操作を叩き込まれたらしい。……まあ、ショウもなかなかの魔力を持っておる。いずれジラードに教われば、あの領域の魔法も使えるようになるかもしれんぞ」
エマの言葉に、ショウは自分の手を見つめた。グラウンド・エッジを握る掌には、確かに熱い何かが流れている感覚がある。
「みなさん、俺の魔力が高いと言ってくれますけど、あまり自覚がなくて……。本当にそんなにあるんですか?」
「うむ。高いぞ」
エマが立ち止まり、じっとショウの瞳を覗き込んだ。その目は、ショウの体内で脈打つ魔力の奔流を透視しているかのようだった。
「というか、日に日に高くなっておる気がする。お主、戦闘を重ねるごとに、魂の器そのものが膨らんでおるように見えるぞ。まるで戦うたびに、この世界の理に適応していっておるかのようじゃ……」
エマの指摘に、ショウは背筋が震えるのを感じた。死線を潜るたびに、
魔力が以前よりも鋭く、深く自分の中に浸透していく感覚。それは、自分自身がこの世界の住人へと「変質」していく恐怖と高揚が混ざり合ったものだった。
その時、前方を歩いていたガルドが不意に足を止め、力強く手を上げた。
「――みんな。そろそろ赤龍の巣に着くぞ」
その一言で、森の穏やかな空気は一変した。
木々の隙間から見える断崖の向こうに、圧倒的な熱量を含んだプレッシャーが漂っている。
「その前に一度、ここで長めの休憩を入れる。装備の点検と、作戦の最終確認だ。ここからは、一歩のミスが死に直結する。気を引き締めろよ」
ガルドの言葉に、ショウは深く息を吐いた。エマに言われた「肥大する魔力」。それがなんなのか...ショウは気になっていたが、今は赤龍への戦いへ備えることにした。




